第21話 許されざる恋①(結月視点)
自分がどんな男の子と付き合うことになるのか、私は小さい頃からすごく楽しみだった。
白馬に乗った王子様じゃないけど、私が困った時には飛んで助けに来てくれるヒーローみたいな人がいいな、ってずっと思ってた。
王子様は、困った状況に置かれたお姫様を、強引に連れ出してくれるもの。
まあ、私は別に困ってなんかいないんだけどね……。でも、そういう物語には憧れる。
一番大事なのは、イケメン王子様に一目惚れすることだ。
ビビって電気が走ったような恋をする。そんな夢を、ずっと思い浮かべてきた。
お父様は弁護士で、お母様はお医者さん。
二人はお仕事が忙しかったけど、なかなか子供ができなかったのは忙しかったからじゃないみたい。
だから、不妊治療の末にできた一人娘の私のことは、私自身がはっきり感じ取れるほどに、すごく大事にしてくれた。
困っている人を法廷で守るお父さんと、人の命を救うお母さん。
すごいな、ってずっと思ってたし、私にとってそんな二人は誇りなんだ。
「これが恋だ!」と初めて自覚したのは小学校四年生の春だったかな。
ビビッ! って来た。
ほんとに電気が走ったみたいになって、私、その男の子を見つめたまま呆然とその場に立っていたらしい。気がつけば、友達のアズハが私の目の前で手を上下に振って、私の意識状態を確認していた。
私は、何がなんでもその男の子と仲良くなりたかった。
頻繁にスキンシップしたし、お昼休みに何人かでドッヂボールをするときは絶対に一緒に混ざりに行ったし、登下校の時にはその子の経路と時間を調べて、二人っきりになれるように頑張った。
その他にも、みんなでお誕生日会したり、お手紙を書いてみたり、プレゼントをあげてみたり……。
頃合いを見て、私は告白した。
「あの。私、カズくんのこと好きなの。付き合ってほしいな……」
「え〜〜? でも、結月はドッヂボール弱いしなぁ。そんなことしても戦力にならないし……もっと強くなってから言ってくれる?」
普通にフラれた。
でも、私のことが好きじゃないとかそもそもそういう問題ではなかった。その男の子は恋愛にはまだ興味がなかったのだ。
くそぅ。うまくいかないや。
次に好きになったのは小学校四年生の夏。
その次は秋。
冬。
うん。私、年中恋をしてるなぁ。
小学校も高学年になると、好きな男の子が同時複数並行励起。
大なり小なり、みんなビビってくる感じがある。
だってみんなカッコいいんだもん。なんか気持ちがフワフワして、恋をするって気持ちいいなあ、って思ってた。
好意を抱くのとは裏腹に、成功率は著しく悪い。おかしい。私、どうみても結構可愛いほうだと思うのに。
男子たちはスポーツしたり外で遊んだりゲームしたりして、その中で一歩抜きん出るのがステータスのようだ。女子となんて話す奴はカッコ悪いとでも思ってるのだろうか。
ちっ。このガキどもが。
それとも、二兎を追う者は一兎も得ず、ってのが原因なのか?
仲の良い友達ですら、裏では私のことを男狂いだと噂する始末。
どうして陰口に気づいたかというと、そりゃもう、小学生のコソコソ話なんて脇が甘いから。もうちょっと用心しろっての。
私が常に男の子のお尻を追っかけるタイプだってのは、完全に噂になっちゃった。
そのきっかけとなったのは、クラスの中心にいる、ある女の子が好意を抱いている男子に、私が無断でアプローチしちゃったこと。マジですげぇ目で睨まれた。
それから小学校を卒業するまでは、まあまあ辛かった。
私ってお喋り好きなのに、ひとりぼっちでいることもそこそこあった。ただ一人、アンドロイドのアズハだけは私と一緒にいてくれた。
中学生になっても、アズハとは同じクラスになった。アズハと私は特進クラスだったから、クラス替えでも離れなかった。
私は勉強よりも恋愛に気合を入れてたけど、相変わらず何かうまくいかない。男子の反応についてはさすがに小学校よりは良くなった感があるけど、まだまだだ。ボケッとしてる奴が多い。こいつら、恋愛する気があるのか!?
「中島さん、いっつも辛そうにしてるね。何かあったの?」
中学二年になった頃、こんなふうに私に声をかけてきたのはクラスにいるアンドロイドの男の子。
名前は確か、カイト……だったか。いつもアズハと一緒にいる、きっとアズハが好意を抱いている男の子。
アズハとは男子の趣味が合わない。だから、かち合うことはない。
例によって、私はあんまりこのカイトくんには興味はなかった。まあまあカッコいいんだけど、私の趣味じゃないというか。なんかビビッとこない。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
「悩んでることがあったらいつでも言ってね。俺でよかったら話し相手くらいにはなるからさ」
優しい微笑みを浮かべて、悩んでいそうな女の子を心配して声を掛ける……か。
他の男子と違って、恋愛する準備ができていそうな空気を感じる。
あぁ、ビビッとくる感じさえあれば完璧なんだけどなぁ。
てか、あっても困るんだけどね。アズハに怒られちゃう。
教室では、カイトくんはアズハとよく一緒にいて、アズハとよく話す。
私はそれを、机に片肘をついたまま眺める。
あーあ……いいなぁ……。
私も、ああいうのを求めていたんだけどなぁ。
アズハがいなくなると、カイトくんは私の机のところにやって来た。
私の一つ前の席の椅子へ逆向きに座り、私の机の上に、私と同じように片肘を突いて言う。
「やっぱ、なんか悩んでるでしょ。結月は可愛いんだから、もっと笑ってて欲しいな」
何言ってんのこいつ? 人の気も知らないでさ。そんな気分にはなれないんだよ、こっちは。
笑えって言われても、いつも元気な私にだって落ち込む時はあるんだよ。
同じ机に片肘を突き合ったまま、顔と顔の距離なんて三〇センチもない状態で、私とカイトくんは話している。
友達だと思っていたから油断した。
「なんであんたは私に笑って欲しいなんて思うわけ?」
「結月のことが好きだからだよ」
「…………は?」
優しく、包み込むような笑顔。
真正面から私を見つめる瞳は燃えるような黄金色へと移り変わっていく。
ボワっと体温が上がり、とくん、と自分の鼓動が鳴る音を聞いた。
あっ……だめ。これはダメなやつだ────。
自分からは散々告白してきたけれど、真正面から好きだと言われたことは、今まで一度もなかった。
机から慌てて肘をどけて、アズハが帰ってきてないか急いで確認する。
アズハが帰ってくると、カイトくんは何事もなかったかのようにアズハと話していた。
「カイト、ゆずと仲良くしてあげてね。あたしの親友だからさ!」
「うん。もちろんだよ」
「あっ、う、うん、あり、がと」
動揺する心を抑えて辿々しく答える。
カイトくんはアンドロイドだ。人間が選ぶパートナーは最終的には人間だと世間では言われてる。
だいたい、別にビビッときたってわけじゃないし、カイトくんは私の好みのタイプってわけでもない。
それに、カイトくんはアズハの好きな人。私が好きになんて、なってはいけない。いや、なるわけがない。
さらに言うなら、あいつだって私のことが好きって言っても、それはあくまで友達としてであって、女の子としてだなんて一言も言ってないし。
それに、それに──。
こんなふうに思い込もうと頑張ってはみたけれど。
美しい黄金色へと変化した瞳の意味を、知らないわけもなく。
人間と何一つ変わらない──いやむしろ、人間の男子どもが誰一人として満たしてくれなかった私の感情は、このアンドロイドの振る舞い一つで簡単に満たされてしまった。
その日を境に、私の視線はカイトを追うようになった。
◾️ ◾️ ◾️
カイトは、アズハの前では私にほとんど話しかけなかった。なぜなら──。
カイトは、アズハの前では瞳の色を変えないのだ。
にもかかわらず、私の顔を見るだけで色が変わり始める始末。もう、三人で会えばバレるのは時間の問題だと思った。だから、私たちは、アズハに隠れて二人っきりで会うようになった。
放課後になってから、特に目的もなく、校舎の裏へ彼と二人で歩く。
目的は言葉で共有していないが、心の底では共有されていると思った。それは、彼の目や表情を見ればわかる。
こんなのダメだと思いながらも、ただ校舎の裏へと歩くだけなのに何が悪いのか、と自分自身に言い訳し始めた。
「ここに座ろっか」
「うん」
もう暑くなり始めた初夏の日差しのなか、校舎裏にあるコンクリの階段に座り、ヒヤッとした感触をお尻に感じながら互いのほうを向く。
しばらく話をしていたが、話が途切れた瞬間、さほど変わっていないはずの彼の表情の中に
確信し、なんの躊躇いもなく私たちは唇を重ねる。
じわっと汗ばむ二人の体が、溶け合うような感覚を生み出す。初めてのキスなのに、私たちは夢中で求め合った。
それからは、完全にタガが外れた。
公園で、ショッピングモールで、夜の路上で、キスをする。
とうとう休み時間の学校で隠れてやり始めた時にはさすがにブレーキが掛かりそうになったが、それはあくまで頭のほうで、際限なく熱くなる下腹部が私に行為を止めさせない。カイトも、そんな私にシンクロするかのように熱が入っていく。
こいつ、頭の中はいったいどうなってるんだ? アズハは? 罪悪感はないのか?
アズハが悲しんじゃう。この人は、アズハの想い人なんだ。こんなことしちゃダメだ。
ダメだよカイト、舌を入れないで────。
暴走を止めようとして自分自身にかけた言葉が、背徳感を掻き立て熱を跳ね上げる。
もうだめだ。無理だ。止められない。誰かに見られるまで──。
ワイワイ会話する男子たちの声がすぐ近くで聞こえたのに、余計に背筋がゾクゾク痺れてやめられず、その声を聞きながら唇を合わせ続けた。
このままじゃ、すぐにでも誰かに見られてしまう。そして噂されてしまう。
私たちは、互いを求め合う場所をカイトの家へと移す。カイトは家族と離れて暮らしていて、たまに祖父母が来るらしいがほとんど一人暮らしだ。
彼の家へ行くことを決めた時点で、何を行うことになるかは完全にわかっていた。
ずっと憧れ、高いと思っていたハードルは、ぴょん、とハイジャンプ一つで軽く超えてしまった。
本や動画でしか見たことはなかったが、こういうものなのだろうか。体が痙攣し、何度も意識が飛びそうになった。カイトが上手いのか?
ここまでくると、アズハに言わないわけにはいかない、と思うようになった。
私はもう本気なのだ。もう、カイトを誰にも渡せないところまで来てしまった。
話が話だけに、私たちは改まってアズハに話す。
カイトと初めてキスをした校舎裏。大事な話をしないといけないのに、この場所へアズハを呼び出していることにまた背徳感を覚える。
「……そっか。そうだと思ってた」
そう言って、アズハは微笑む。
ちょっとだけ待って、と言ったアズハは、胸を鷲掴むようにして、目を閉じて、呼吸を整えていた。
もちろん悪いと思ってる。
後から出てきて、大切なものを奪っていったのだから。
でも、私だって引き下がれない。
好きになってしまったのだ。こればかりはどうしようもない。
「二人、仲良くね」
私たちと仲良くするのは辛いようで、距離を置きたいとアズハは言った。アズハとはこの時から話さなくなってしまった。
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