第20話 オマジナイ


 ファミレスを出て、カイトと別れた。

 カイトは「色々言ってごめんね。さっきのことは忘れて。また学校で」と僕に言って微笑み、帰っていった。


 僕は家へ帰るために歩き始めたが、足取りは重くて、ただ惰性で足を動かしているだけだった。

 歩きながら、リンとの勝負の発端となった事柄についてもう一度考えてみる。

 


 ──アンドロイドと付き合うつもりがない理由。


 

 人間らしさがない。社会的にいくら人間と同等だと言われようとも彼女らは所詮AIで、人間の恋人は、人間らしさを持ち合わせた人間以外にあり得ない。


 ずっとそう思ってきた。


 本当に、それで間違いないか? 

 今までのところ、僕の主張を立証する要素は一つも見つかっていない。

 反面、リンは、自分の主張を一つ一つ着実に立証しているんじゃないか。

 

 リンの主張を完璧に立証されたら、その結果、どうなる?


 僕はリンに心を奪われ、恋をし、彼女以外、何も見えなくなる。

 盲目的にリンを求めて、心の底から愛してほしいと切に願うようになる。

 でも、リンは僕を落として自分の正しさを証明したいだけだから、僕を落とせば、彼女は僕の前から去っていく……。


 僕は身震いした。


 単なるゲーム、気まぐれで始まった勝負だと思っていたけど、もしかするとこれ、結構危険な状況かもしれない。

 葵を晴翔にとられた時、人生で初めて自殺が頭をよぎった。次に本気で好きになった人に心を弄ばれたりしたら、僕はどうなってしまうんだろう。


 リンが、自分の主張を一つ一つ立証している。

 それは、すでに僕がリン行きの道を実際に歩み始めていることを意味する。あの水色の瞳を見ていると、心が掻き乱されて仕方がないんだ。

 それを防ぐには……


 道を進むことを放棄し、この場で引き返す。

 賭けは僕の負けでいいと伝え、勝負を継続しない。

 被害を最小限に食い止めたいなら、それしかないだろう。


 今は反転・・してもきっとまだ「10」が「マイナス10」になるくらいだと思う。

 しかしこのまま放置すればどの程度の数値にまで跳ね上がり、そしてマイナスに転じた時のダメージがどれほどのものなのか、もはや見当もつかない。

 ルシファーになるまでボケッと待っていたら、いずれ僕の中でサタンが誕生してしまうかもしれない。そうなったら内から心を食い破られて死亡は確実……。


 そんなことを考えていると、瞳を水色にして微笑むリンの顔が思い浮かんだ。


 ……ったく。呑気な顔で笑ったりして。僕がどんだけ悩んでるか、君はわかってるの?

 よく考えれば、僕がこんな奴にそう簡単に落とされるか? ほら、よく思い出せ。

 

 確かに可愛い。それは認める。控えめに言って学校一のアイドルだ。


 胸は……大きいのは認めよう。ただしそれを喜ぶのは大きいのが好きな男子に限っての話だ。

 僕にとってはそんなのデメリットにしかなり得ない。制服が内側から押し出されて苦しそうな様なんて見せつけられると一瞬頭が真っ白になるし、そのうえアホみたいに僕へひっついてくるから、無意識に揉んじゃったりして痴漢扱いされやしないかと常にハラハラさせられるし。


 声だって、そんなに魅力的とかじゃない。聞こえたらちょっと体が痺れる程度だ。


 性格的には、そうだな……。時折見せる、僕をいじめ抜こうとする葵ばりの加虐性溢れる視線は正直やめて欲しいと思っているくらいだ。背筋からゾクゾクして、頭も体もフワフワさせられるし。


 そのほかは。


 ま、良いところもあるといえば多少はある。僕が傷つきそうな時には僕を守ろうとしてくれたり、自己肯定感の低い僕のために自分で考えた「一日一回ノルマ」を実行しようとしているし、お弁当だって最初はヤバいかなと思ったけど次の日にはめっちゃ美味しいやつが作れるようになっていたし。


 うん。まだ全く落とされちゃいないけど、早い目に手を打っておいたほうがいい気はするな。

 

 ってか、たぶんカイトの話が深刻すぎて、何だか僕までつられて深刻な気分になってしまっているんだ。

 よくよく考えてみたら、手を打つとかそんなことする必要ある? 全然、落とされてないよ?


 僕は、スマホを取り出してリンに連絡する。


【カイトとの話、終わったよ。リンは今、何してるの?】


 特に根拠はないが、すぐに返信は来ないだろうと踏んで僕はスマホをポケットに入れようとした。

 すると、スマホが手から離れる直前にブブブ、とバイブが鳴る。一度ポケットに滑り落ちたスマホを僕は慌てて拾い上げ、画面を確認した。


【今、まだ駅前にいるよ。暇だぁ〜〜っ! 終わるの早かったね! なら、これから会わない?】

【いいよ! じゃ、今から駅前へ向かうね】

【わぁい、嬉しい! 事故ったらダメだからゆっくりでいいよん】

【君こそね】

【え、超一流の戦士捕まえといて、まさか私のことドジキャラだと思ってる?】

【それって、僕のことドジキャラだと思ってたってことだよね?】

【可愛いキャラだと思ってるよ♡】

【僕だってねぇ、可愛い女の子が事故っちゃダメだと思ってそう言ってるんだよ! ちゃんと気をつけなさい!】

【はぁい! 夕真に可愛い認定されたリンちゃん、気をつけまぁす!】 


「可愛い」は前に自分で言ってたろ、と思いながらもメッセージを確認してスマホをポケットに入れた頃には、僕はニヤニヤしていた。


 駅前に着いてリンの姿を探す。

 駅の入口に立っていたリンへ僕は声をかけた。


「お待たせ」

「夕真っ」


 こうなるんじゃないかとは思ったが、僕を視界に入れた途端に瞳を水色にしたリンは、勢いよく抱きついてくる。

 今日のノルマはもう達成してるよ? と言いたかったが、彼女にそんな理屈はきっと通用しないんだろう。

 僕はされるがままに抱きつかれつつ、これからの目的を尋ねた。


「それで、どこへ行く? 買い物がしたい、って言ってたよね」

「うん、そうなんだ」


 リンは僕を連れて歩いていく。

 迷いなくスタスタ歩くので、目的の場所はどうやら決まっているらしい。リンは、駅と直結する大きな商業施設の中に入っていった。


 そして、専門店街の中にあるアクセサリー屋さんの前で立ち止まる。

 ブランド物とまではいかない、中学生や高校生が買えそうな価格帯のお店だ。


「ここ? これって……」

「うん、私が買うからさ、お揃いのやつをつけて欲しいなって」

「え!? それって……そんなの、完全に恋人同士じゃない!?」

「だから何?」


 ……おい。開き直るな!


「何って。だって、僕らは恋人同士じゃないよ! まだ落とされてすらないし」

「かっちーん。ゼッテー落としてやるからな。付き合ってからじゃないとつけちゃダメってどこの法律で決まってんの?」

「ほうりつ……いやそんな問題か! 第一、そ、そ、そんなのつけたら、学校で見られちゃうよっ?」

「いいじゃない、見せつけてやれば。あのね、相変わらずすっかり忘れてるかもしれないけど、君は私に何をされても──」

「はぃ」


 ああ。もうちょっと、条件絞っときゃよかった。


「……それで、例えばどんなのがいいの?」

「私、ペアリングが欲しいなあ」

「ペア……リング?」

「そう」


 ペアアクセの中でも「ザ・恋人」の代表格と言えるラブアイテムを口走るリン。

 重っ。だから付き合ってないし落とされてすらないって言ってんのに……。

 僕は、頭がクラクラしてきた。


「そんなの買っても、僕は外すからな!」

「外したりしたら、つけてる指をファルシオンで斬り落とすよ♡」


 これって脅迫だよね?


 僕が喘いでいると、リンはふうっとため息をついた。


「しょうがないなあ。二人で合意しないと、こういうのはダメだし。ペアアクセは、どうしても嫌かなぁ。ねぇ、ゆーまぁ……」


 でた。伝家の宝刀、悲しそうな顔。

 こんなの卑怯だ。反則技だ。

 ったく、しょうがないなぁはこっちだよ……


「……ペアで何かをつけること自体は、別にいいよ」

「ほんと!? やったぁ! じゃあ、二人で選ぼっか」


 途端にぱあっと表情を明るくする。

 どっちかというと、こっちのほうが反則具合は飛び抜けている。


 二人でお店の中を歩いて、一つ一つ手に取って、あーだこーだと話をした。

 僕はアクセサリーなんてつけたことがないから、どれが良いとか判断できる経験的材料が一つもない。

 

「外からちゃんと見えるものがいいな」

「うーん、僕は見えないほうがいいんだけど、恋人っぽくないものなら、まあいいか」

「そこにこだわるね。ちょっとショック。じゃあネックレスは?」

「うーん、体育の授業の時にジャラジャラと目立っちゃうよ」

「体育の授業のことなんて気にする!? まあ、確かにネックレスは夕真のキャラじゃないか」

「足首は?」

「見えなさすぎ」

「そこにこだわるね。じゃあ……」


 陳列されている革製のブレスレットに目がとまる。

 僕とリンは、目を見合わせて、声を揃えて「これだ!」と言った。


「外す必要がある時は簡単に外せるし、値段もお手頃だね」

「だから外すなっての。ブランド物が欲しかったら、私は仕事してるから買えるよ」

「ブランド物なんていらないよ。それに、僕だってバイトしてるから、君のぶんくらいは買えるよ」


 リンは照れくさそうに耳の辺りの髪をかきあげながら微笑んだ。


「恋愛経験無いくせに、『自分のぶん』とか言わないあたりが天性のスケコマシだよね。ありがと、嬉しいよ。じゃあ、お互いの分を買い合いますかぁ」


 生まれながらのスケコマシ認定を受けつつレジに行く。

 お会計の時に「袋に入れますか」と尋ねられ、「ここでつけていきます!」と元気よく答えるリン。店員さんも笑顔になる。


「夕真は左手につけてよ。私は右手につけるから」

「え? どうして?」

「夕真は、私と手を繋ぐときは、私の右側になることが多いでしょ。あ、そういや……道路を歩く時は、いつも車道側を歩いてくれるよね。そんなふうに女の子に気を遣えるなんて、やっぱりスケコマシだぁ夕真は」

「ん──……リンはなんだか車に轢かれちゃいそうな印象があるんだよね。普段から落ち着きがない動きしてるからかな」

「だからドジキャラじゃないっての! ……まあいいわ。いずれにしても、だいたい夕真は私の右側になるから。そうやって手を繋いだとき、二人とも繋いだ側の手にこれが来るからさ。手を繋ぎながら見ると、ああ、お揃いだなあ、って思って楽しくなりそう」


 リンの言う通りに手首へ取り付け、手を繋いでみる。


 手を繋いだ二人の手首にある、お揃いのブレスレット。

 繋いでいない時には何もわからないが、繋いだ瞬間、二人を繋ぎ止める力を発揮するマジナイが働き始めるような、そんな気分にさせられる。


 リンは水色の瞳をキラキラさせながら、へへへ、とくしゃくしゃにした笑顔で嬉しそうにしていた。

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