第19話 本心


 今日の放課後に相談に乗ることができるようになった、ということをカイトに伝える手段として、僕はチャット型メールアプリを使った。


 教室で顔を合わせるのにどうして直に言わなかったのかというと、教室で人間とアンドロイドが交流しているところを、川口と菱山の目に極力入れたくなかったからだ。


 その理由は、カイトと結月が最初に僕らへ話しかけた時の、川口と菱山の表情。これ以上は教室内で余計な接触をしないほうがいいように思ったのだ。


 この教室でもアンドロイドと仲良くしている人間はいるが、異種族交流しているのはごく少数だし、その少数派も教室内ではあからさまに仲良くしたりしなかった。

 概ね、教室の外──お昼休みの時や、放課後がほとんどだ。


 さっきお昼を食べた時に、僕ら四人はメールアプリで繋がった。

 リンという特異事案を除いて、僕のスマホに、アルカーナ関係、親族以外で初めての連絡先が入った。

 いくら「一人でも大丈夫」と言っても、こういう状況が続くと正直さみしい気持ちになってしまっていたところもあったので、ちょっとだけ嬉しかった。


 マナーモードにしているのでブブ、とバイブが振動する。

 僕は帰ってきたメールを確認した。


【大丈夫? 俺はそのほうが嬉しいけど、リンは怒ってなかった?】 

【うん。大丈夫だよ】

【すごいじゃんか! 尻に敷かれてそうだったけど、言う時は言うんだな!】


 こいつもあんまり遠慮しない物言いをする奴のようだ。

 全く、カップル揃ってこんなふうに僕を。尻に敷かれてそうに見えるのはあくまで陰キャ・陽キャの属性効果であって、僕も言う時は言うんだぞ!

 まあ、でも今回は……


【リンが、自分の用事は明日でも大丈夫だって言ってくれて】

【お許しが出たんだね www  ありがと! じゃあ、授業が終わったら、校門の外で】


 お許し・・・とかいう言い回しが引っかかりはしたが、僕はいちいち訂正したりはしない。理由は前述の通り。

 ともかく、同じ教室にいながら、僕らはこんなやりとりをスマホでしていた。


 放課後になり、みんながそれぞれ教室を出ていく中、葵や川口たちが出ていくタイミングを見計らいながら、それを避けて教室を出る。

 ここまでコソコソする必要があるかは不明だが、余計ないざこざは可能な限り避けたい。


「校門までは、一緒に行ってもいいよね」


 リンはやはりさみしそうな顔をして、僕と手を繋ぐ。

 今日は「好き」という言葉も聞いたし、腕ではあったけど抱きつかれたし、手も繋いだ。リンは自分で宣言したことを守っている。本日のノルマ達成だ。


 校門を出たところでカイトが待っていた。カイトは申し訳なさそうにリンへお礼を言う。


「ごめんね、リン。ありがとう」

「ううん、大丈夫だよ! 気にしないで、ゆっくりね」


 リンは手を振って僕から離れ、一人歩いていくが……


「あれ? リン、どこかへ行くの?」


 リンは、駅のほうへ歩こうとしていた。

 彼女の家は僕の家と同じ方向のはずなので、家へ帰るならそっちじゃない。


「あ、暇になっちゃったから駅前でお店にでも入ろうかな、と思って」

「そっか。気をつけてね」


 僕がこんなふうに心配するまでもなく、気を付ける必要性など全くない国内頂点レベルの実力者だが、普通に学校生活を送っているとついただの女子高生だと勘違いしてしまう。

 まあ、勘違いするくらいでいいのだ。リンは、他の生徒たちには正体がバレないようにしたいようだから。


 歩いていくリンに手を振り返して、僕はカイトと一緒に歩き出す。僕らは、学校の近くにあるファミレスに入ることにした。


「ごめんな。知り合ってばかりなのに、二人の邪魔しちゃってさ」

「いや、いいよ。リンも、君の相談に乗ってあげて、って言ってたから」


 四人用の席に向かい合わせで座り、二人ともがドリンクバーを頼んだ。

 僕は、味はともかくホットコーヒーがあれば生きていけるので、迷うことなく取りに行く。カイトは紅茶党らしく、ミルクティーだ。


「相談って、川口や菱山のこと?」

「え? ああ、いや……」

「実はさ、僕、人の相談になんて乗ったことなくて。だから、君の助けになれるかちょっと心配なんだけど」

「大丈夫だよ。夕真の本心を教えてくれるだけでいいんだ」

「本心?」


 どうして僕の本心が関係するのだろうか。

 てっきり、結月との関係で悩んでいると思っていた。いきなり話の雲行きが怪しくなって、僕は若干緊張した。


「ところでさ、夕真とリンは、まだ付き合ってないんだよね?」

「えっと……まあ、そうだね」


 僕はホットコーヒーに口をつけて、カイトのことは見ずに答えた。

 

「でも、今日のお昼に話をした感じだと、リンはもう夕真の親にも挨拶したんだよね。うまくいかなかったの?」

「想定していなかった不可抗力のせいで僕の親と挨拶なんて意味不明な事態になっちゃったけどね。うちの親は、こんなバカ息子でよければいくらでも持っていってくれ、って言ってたらしいよ」

「らしい?」

「僕が入院している間、リンが僕にずっと付き添ってくれてたんだけどね。僕が眠っている間にリンが僕の両親と話をまとめてしまってたんだ」

「はは。すごいな。でも、そんなふうに認めてくれるなんて、羨ましいよ。……なのに、どうして付き合わないの?」

「…………」


 僕は、言葉に詰まった。


 まだ葵のことが好きだってことをここで話すのはぶっちゃけすぎな気がするし、アンドロイドであるカイトの前で「アンドロイドとは付き合うつもりがない」なんてとてもじゃないけど言えないし、僕とリンとの勝負のことなんてペラペラ話すことでもない。


 それに、悪いけど、カイトは今日初めて話したばかりの友達だ。そのカイトに、僕の詳しい事情を一から十まで話す気になんてなれなかった。


 そう思ったから僕は何も話さないことにしたんだけど、僕が口をつぐんでいると、カイトが話し始めた。


「……俺、この前ね、結月の家へ呼ばれたんだ。ご両親に紹介したい、って結月が誘ってくれて」

「そうなんだ。すごいね、彼女の家に呼ばれるなんて。それって公式に親も認めてくれてるってことだよね」


 リンなんて、付き合ってもないのにうちの親と挨拶を交わしてしまったんだから。

 しかも僕が寝ている間に。本当のところは何を話したのか気になるところだ。


「率直に言うと、別れてほしい、って言われた」

「え…………」


 カイトはテーブルに視線を落としたまま固まる。


「もう、どうしていいかわからなくなった。俺、マジで結月のことが大好きなんだ。結月だって、俺のことを好きだって言ってくれる。でも、本当はどうするのが正しいんだろう、って思っちゃう自分がいて」


 悩み相談力レベル1の僕にとっては、あまりに深刻な話。

 居ても立ってもいられなかったんだろう。今日にでも相談したいという理由に納得がいくと同時に、僕なんかで解決できるレベルを完全に超えていることが判明した。

 とりあえずは、話の続きを聞くしかない。


「最初は好意的に話をしてくれていたんだ。でも、『高校を卒業したら真剣に結婚も考えていきたい』って話をしたら、顔色が変わって」


 カイトは、痛みに耐えるような顔をする。


「未来がない、って」

「未来?」

「人間とアンドロイドが、将来にどういうビジョンを持っているのか、って聞かれてさ」

「……将来」


 同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。そうする間に、相談相手として相応しいことが言えるようにと必死で頭を回した。「未来」も「将来」も、僕が一欠片でさえ考えたことのないものだったから、自分の中に話せる材料が何一つ見当たらない。


「子供も作れないのに、真剣な付き合いなんてできないだろう、って。高校生の遊びで済むなら交際自体は許すけど、って言われて」


 僕は、アンドロイドとは付き合わないと言った自分のことを棚に上げて、心のどこかから湧き上がってくる気持ち悪さをどうにかして吐き出す方法を探っていた。

 吐き出したい気持ちが勝ってしまって、考えがまとまる前に口をついて言葉が出た。


「子供が作れなきゃ真剣じゃないっての? そんなこと、誰が決めたんだよ。それに、それは親が判断することじゃない、二人が決めることだ」

「その通りだと思う。でも、それを相手の親に面と向かって言える?」

「………………」

「彼女の家系は、由緒ある中島一族の分家なんだ。それが影響しているからだと思うけど、彼女の両親は血を繋いでいくことに特別な思いを抱いているみたいで……。そんな期待を背負った結月とアンドロイドの俺が結婚するなんて、彼らには許せなかったんだろうな。そういうことまで含めたとしても二人だけの問題だ……なんて言えなかった」

「それは……」


 無言が僕らの間に流れた。

 他の席でワイワイと話す客たちの雑音に、今は助けられた。


「カイトの親は、なんて言ってるの?」

「自分の気持ちに従いなさい、ってさ。俺の家は大家族だから兄弟は一五人いるんだけど、ほとんどみんな、人間と付き合ってるんだ。アンドロイド同士で付き合ってるのは三人かな。だから理解があるんだ」

「そっか。すごいな。いい親だね」

「夕真の親だって、即決で許しをくれたんだろ? 人間のほうが異種族恋愛・・・・・には嫌悪感を示しやすいから、一般的には俺の親より理解がないのが普通だと思う。なのに許してくれたなんて、夕真のところのほうがすごいよ」

「まあ……そうなのかな」


 でも、それは、僕の親にとって大事なのは晴翔であって、僕のことなどどうでもいいからだ。

 ここでカイトに言うことではないが……


「どれだけ話をしても、僕を見る彼らの目は変わらなかった。『人間に惹かれてしまうアンドロイドがたくさんいることは理解しているけど、自分たちは人間同士で結婚して本当に幸せだから、娘にも人間としての幸せを掴んでほしいと思ってる』って言われて」

「それで、君はなんて答えたの?」

「結月のことを本気で好きなんです、絶対に幸せにします、って」

「それで、相手は?」

「お願いだから、娘の人生を壊さないでほしい、って」


 その言い方に、やはり胸をモヤモヤさせる気持ち悪さが込み上げた。

 

 なんなんだこいつら、という気持ちにさせられる。親なんて、やはりどいつもこいつも自分たちのことしか考えてはいないのだ。

 幸せかどうかは当の二人にしかわからないことなのに……。


 結局、いつまで話を聞いてもこういう結論になった。

 

「もちろん納得はいかなかったさ。でも、結月の幸せって何なんだろう、って思うようになって」


 大きくため息をついて、カイトは天井を見上げる。


「結月は、どうしてそんなこと言うの、って親に言ってた。だから俺は……俺は、結月も俺と同じ気持ちでいてくれていると思って、俺は結月と一緒に彼女の家を出た後、『いざとなったら君を連れてどこかへ逃げる、そうして二人で暮らそう』って結月に言ったんだ。

 でも、結月はすごく暗い顔をして、それには答えなかった。そこでハッとしたんだ。結月は親のことをすごく尊敬してる。俺は勢いに任せて、結月と両親を引き裂くようなことを言ってしまった。

 結月の幸せって何なのか。やっぱりアンドロイドは、人間とは結ばれないのか。俺は自信がなくなって……。だから、」


 カイトは、僕を見据えて問い正す。


「君に教えてほしいんだ。どうしてリンと付き合わないのか。その理由を」


 ようやく、カイトが僕を相談相手に選んだ真意に辿り着いた。

 そして、前準備をさせてもらえなかった僕は、いきなり突きつけられた問いに口を閉ざす。


 もはや、今日出会ったばかりだから深い事情を話したくない、という理由で回答を拒む状況ではなくなった。カイトも自分の事情を話したのだし。

 

 それでも「話さない」という選択はできるが、僕を頼って相談しにきてくれたカイトにそんなことはしたくなかった。それに、そんなふうに答えればカイトの信用を得ることは今後無いだろう。

 正直に話したところで信用など得られないかもしれないが、やはりここは正直に話すべきな気がした。


「僕は、アンドロイドと付き合うつもりがないんだ」


 さっきまで、怒りに任せて自分で言っていたことと真逆の結論を口にする。

 どの面を下げてこの言葉を言えばいいのか迷ったが、これ以外にないのだから仕方がなかった。

 カイトは、いつかアルカーナで見たリンと同じように、下唇をキュッと噛んだ。


「それを、リンに言ったの?」

「うん」


 カイトの目の前のテーブルに、ポタポタと涙が落ちる。

 黄金色になった瞳には、どういう感情がこもっていたのだろう。

 カイトは、絞り出すように言った。


「どうして? どうして俺たちじゃダメなんだ」

 

 カイトの表情が、僕の胸を突き刺したかのようにする。

 でも、きっとカイトはそれ以上の痛みを味わっているんだろう。

 

 言い訳したくなった。


 僕らのは、「アンドロイドとは付き合わない」と言った僕に怒ったリンが、僕を落とそうとしているゲームなんだ、と。

 でも、リンは「僕のことが好きで熱烈アプローチ中の女子」を演じている。必ずしもそれに付き合わないといけない訳ではないけれど、一度その話に乗った以上、今さら言い出すのも変だし。


 それに、それだとそもそも「アンドロイドと付き合わないのはなぜか」という質問への正しい答えにはなっていない。

 カイトの問いに嘘偽りなく真正面から答えるためには「お前らには人間らしさがない」と言い放つしか方法はない。


 そのセリフを思い浮かべただけで、もしこれを言われたらカイトが一体どんな気持ちになるのだろうかと胸に刃が突き刺さる。

 同時に僕は、アンドロイドの心をなます斬りにするこの言葉を、特に何も考えずにリンに向けて突き刺したのだと気づいてハッとした。


 結局、カイトの切なる疑問に、僕は回答しなかった。


「……君も、僕らのことを『人形』だと思っているのか」

「そうじゃない。それだけは言っておくよ」


 信じてもらえたかはわからない。

 自分の気持ちすら、明確にはわからない。その歯痒さに、僕はイライラしていた。

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