第18話 これは恋愛?


 カイトと結月が僕らをお昼に誘ったのは、菱山たちに相当の不満があったからのようだった。

 自分たちと同じ、人間とアンドロイドのカップルである僕たちと話をしたかったのだ。


「ともかくさ、あいつらはアンドロイドを目の敵にしてるだろ。あんな奴らの前で『付き合ってる宣言』なんかしちゃったら絶対に標的にされちゃうしさ。だから俺たちは、教室ではそんなに仲良しに見えないように気をつけてたんだ」


 不満そうな顔で言うカイト。そりゃまあ、そんな状況に置かれたら誰だって不満に思うだろう。誰も彼もが菱山たちを煙たがっている。

 リンは、プンスカしながら言った。


「好き同士なのに、そんなの悲しいよ!」

「ああ。その通りだよ。いい加減そんなのストレス溜まっちゃってさ。君たちの言うとおり、俺たちは付き合ってるのに。そんなとき、君たち・・・があんなふうに正面切って奴らに喧嘩を売ったから。ほんと、すげースッキリしたよ!」

「任しといてよ! 私、あんな奴らには絶対に負けないから!」

「私たちは表立って戦う勇気はないんだけど、でも、応援してる。あなたたちを見てると、なんだか元気をもらえるんだ」


「君たち」と言うのはやめてほしい、と思いつつも、もう周りから見たらそういうことなのだろうと思って諦めることにする。


 カイトと結月は、屈託のない笑顔になった。

 

 不思議だな、と思った。

 別にリンは、結月とカイトのために何かをやった訳じゃない。

 なのに、こんなふうに友達ができる。


 僕だけだったら。

 リンがいなかったら、絶対に友達なんてできていなかっただろう。

 

 リンと結月が二人で料理の話をしている間、カイトは持ってきていたサッカーボールを一緒に蹴ろう、と僕を誘った。

 僕も小学校の頃は習っていたことがあるから、少しはできる。

 休み時間にまでしようとするなんてカイトはサッカーが好きなんだなぁ、と考えていると、


「あの……夕真。実は、ちょっとだけ相談があるんだ」

「相談?」


 どうやら彼は、女子二人に話を聞かれない環境を作るためにこうしたようだった。


「うん。学校の帰り、一緒にカフェかファミレスでも行ってさ。結月には、あまり聞かれたくなくて」


 何だろう。今まで生きてきて、相談なんてされたことがない。そもそも友達がいない僕は、悩み相談の相手なんて超初心者なのだ。

 この感じ、かなり真剣な話の予感がするし、果たして僕なんかが受け止め切れるのだろうか、と得体の知れぬプレッシャーで胃のあたりがモヤモヤしてきた。


「じゃあ、後でリンに聞いてみていい? 今日は帰りに買い物に行きたいって言われてて」

「あっ、そうなんだ。じゃあいいよ、そんなの悪いし。また今度で大丈夫だから」

「そう? ごめんね」

「全然! こっちが急に言い出したんだから、謝らなくて大丈夫だよ。また今度ね」


 今度って、いつぐらいがいいのだろう。

 誘ったのは向こうだけど、断ったのは僕だから、僕が都合の良い日を提示してあげないといけないのだろうか。

 なんかちょっと煩わしい。人間関係の進め方がよくわからない。

 いずれにしても、リンに伺いを立てないといけないな……。


 ……ん?

 リンに伺いを立てる?


 僕の予定なのに? 別にリンの許可は必要無い気がするが。先に予定を入れていたリンに対して、僕がどちらの予定を優先するか決めて伝えるだけでいいはずだ。


 だって付き合ってるわけじゃないし。いや、仮に付き合っていたとしても伺いなんて立てなくていいと考える人だっているだろう。

 どうして僕は許可が要るなんて思ったんだろうか?

 

 カイトとのサッカーを終えてリンの横に腰掛け、水筒のお茶を飲みながらしばし休憩していると、リンは僕の袖をつまんでクイクイと引っ張った。

 

「なに?」


 と、そこそこ大きな声で回答する僕を、上目遣いでじっと見つめる。

 

 ……これ、なんの合図? 

 全くわからない。

 

 僕は「え?」という顔をして無言でリンへ説明を求める。すると、リンは拗ねたようにほっぺを膨らまして、コンクリの段差の上に腰掛けたまま足をパタパタさせた。


 非常に難解な合図だが、イメージ的には、リンは急に、まるで僕の恋人のような振る舞いを始めた……という感じ。僕にアプローチをしているという演技中だから、僕に恋してる人っぽく振る舞っているのだろうか。


 ふむ。仮にそういう観点で考えてみた場合、恋愛漫画やドラマなんかのパターンを思い出す限り、こんな感じの態度をとるケースは、かまってほしいか、二人っきりになりたいか──……。

 


 ……は?



 それをいちいち演技に乗せて伝えてくるなと言いたくなった。

 口で言え、口で!


 仕方がないのでカイトと結月へ断りを入れるために僕が二人のほうを向いたとき、二人はリンの様子にとっくに気がついていたようで、すでに微笑ましそうにこっちを見ていた。どうやらリンの演技にすっかり騙されているご様子だ。


「……えっと。カイト、結月、僕らは先に教室に帰ってるよ」

「うん。また後でね!」


 カイトと結月は、昼休みが終わるギリギリまで二人でここにいると言った。 

 僕はリンと手を繋いで歩き始める。すると、リンは校舎の外側を回って──つまり、遠回りをして歩くコース取りをした。


「こっちだと、ちょっと遠回りになっちゃうよ」

「うん。知ってる」


 知ってるならどうして最短距離を通らないの? と言いかけて、口をつぐんだ。

 二人っきりになりたいのなら、筋は通るのだ。

 


 ……本当に、二人っきりになりたかったってこと?

 あの二人に対する演技じゃなくて? 



「夕真、サッカーしてたことあるの?」

「うん。小学校の頃にね、習ってたことがあるんだ。どうしてわかったの?」

「動きがすごく様になってたよ。夕真がサッカーしてるの見てたら、何だかキラキラして見えて、すごくカッコよかったなあ。だからかな、夕真のことを大好きな気持ちがブワッてなって、すぐにでもこうしたくなっちゃったんだぁ」


 リンははち切れんばかりの笑顔になって、僕の腕に自分の腕を絡ませてギュッと抱きついた。


 焦茶色に戻っていた瞳がまた水色に変化しているが、その理由として考えられる可能性は大まかに二つ思いつく。

 

 一つは、別のことで感情が昂ったが、こんな話をして誤魔化した。

 もう一つは、これが本心。


 他にリンを興奮させるめぼしい事象が見当たらないので、普通に考えるとこの言葉はリンの本心の可能性が高いと思われる。



 ……本心。

 僕のことが、キラキラして、カッコよく見えた、っていうのが、本心……。



 どうしていいかわからなくなって、僕は全然違う話をすることにした。


「あ、あのね、さっきカイトと話をしてたら、何か僕に相談に乗ってほしいことがあるって言うんだよ」

「へえ、そうなんだ。いつ? どこで? もう昼休みも過ぎたし、学校とかじゃないよね?」

「うん、今日の放課後にカフェかファミレスでも行かないか、って言われたんだけど、リンとの約束があったから、断ったんだよ。だから、いつどこで、ってのはまだ未定」

「私のは今日でなくてもいいよ! 今日相談したいんだったら、もしかすると急ぎたいかもしれないじゃない? 私は明日でも大丈夫だから、今日はカイトのほうへ行ってあげてよ」


 想像していたのと違う反応だった。


 カイトのことを優先なんてしたら怒られちゃうんじゃないかと思っていたのだ。

 だって、最短で僕を落とすことを考えたら、カイトの相談に乗ることを許可するなんて時間の無駄だ。リンの約束のほうが先に入っていたのだから、譲らなくてもリンは悪くないのに。


「わかった。それなら、今日はカイトの相談に乗ることにするよ。ごめんね、リンのはまた明日にしよう」

「うん!」


 リンの横顔に残念そうな色が浮かんだ気がして、何か罪悪感のようなものを感じる。もしかしたら、リンにさみしい思いをさせてしまったのかもしれない。

 ああ、恋愛って難しいな……とか思ってしまって、僕はハッとさせられた。

 


 恋愛? これは、恋愛なのか。



 リンは、さみしがっているのか?

 そんなはずはない。僕を落とす機会が伸びたから残念そうにしているんだろう?

 あくまで疑似恋愛のはずだ。なのに、いつの間にかガチな恋愛をやってる気になっちゃってる。


 そういや、リナにも言われた。恋は恋でしょ、と。

 確かに、この勝負、やってることは恋愛そのものなんだ。


 偽物の愛情表現だったはず。リンがやってることは、僕に恋してる演技か、それとも僕を落とすためだけのモーションか、いずれかのはずなんだ。


 でも、そもそもそういう類のものなら瞳が水色に変わること自体が理屈に合わない。つまり、なんらかの本心がリンの心に入り混じり、気持ちを昂らせているのは間違いないのだ。

 

 僕は、瞳を水色にしながら嬉しそうに僕の腕に抱きつくリンと一緒に、混乱しながら教室へと戻った。

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