第17話 初めての友達とお昼を食べよう


 初めてできた友達と、さっそくお昼を一緒に食べることになった。


 リンと一緒に居るようになってから、なんか初めての体験が多い気がする。友達作りなんて、本来、彼女のいる・いないと関係ないはずなのに。不思議だ。


 中庭のベンチだと四人で弁当を広げるには手狭なので、僕らは校舎裏のコンクリの段差に一列になって腰掛けてお昼を食べることにした。

 ここも中庭と同じように桜がたくさん植えられていて、春には生徒たちでいっぱいになって席取り難易度が高い日もあるくらいのスポットだ。

 

 さて、それぞれが何を食べるのかというと。

 結月は家から持ってきたお弁当、カイトは食堂で買ったサンドイッチ。

 

 そして、リンが作ってきた僕のやつは、きっと昨日と大差ないはず。

 軽い恐怖感で心拍が速くなっていく。リンの持っているお弁当の包みを、恐る恐るうかがうと……。



 …………あれ?



 昨日みたいなタッパーじゃない。

 今日は、中身の見えない二段重ねのお弁当箱か。うちの母さんが僕の弁当を作る時に使ってるのと同じようなやつだ。


 意外と普通……だな。


 一瞬チラリとリンへ目線を動かす。リンは、完全に僕よりも不安そうな顔をしていた。

 そんなに不安そうにされると、こっちも不安になっちゃうよ……。


 昨日の今日だし、これ以上リンを悲しませるのも可哀想だ。今日は「微妙」とか絶対に言わないようにしよう、人として。

 口にする言葉は「おいしい」だ。これ一択。

 よし。準備はOK。さあ、行くぞ!


 覚悟を決めて、二段重ねのお弁当のロックをパチっと外し、上蓋を開けてみる。


「……うん?」


 上の段に入っていたのは、おかずだけ。

 その中身は、二つに切ってハート型に見えるようにくっつけた卵焼き、タコさんウインナー、鶏肉のグリル焼き、春巻き、ブロッコリー、ほうれん草のおひたし、ミニトマト。

 上段の箱を取り外して、次は下段を確認する。こちらはご飯だけが入っていて、ご飯の上にはハート型に切った大きさの違う海苔が何個か載っていた。


「…………」


 箸を手に取り、まずは鶏肉のグリル焼きを口に運ぶ。

 真剣な眼差しで僕の一挙手一投足を見守るリンが、ごくっと喉を鳴らす。



「…………美味しい!」



 僕の感嘆の声を聞いたリンは、表情をぱあっと明るくさせた。同時に、スイッチが入ったかのように瞳が水色に移り変わる。


 それからは、箸が止まることはなかった。どれもこれも、母さんが作ったものより美味しい気がする。


 きっとこれ、冷凍食品とかは使ってない。うちの母さんはほとんどの品を冷凍食品で済ませるので、それとは違うな、と思ったからだ。味も違うし、焦げ具合とか、形とか、そういうところにも手作り感がある。


「リン、めちゃくちゃおいしいよ! すごいじゃない、こんなの作れるなんて」

「ほんと!? やったぁ!」


 胸の前で、両手をグッとしてガッツポーズするリンの姿に、なんだか胸が熱くなる。

「おいしいって言わなきゃ」って身構えていたけど、そんな必要なかったな。何も考えなくても素直に言葉が出た。 

 

 はっきり言って、毎日作らないといけないお弁当を全部手作りするのは厳しいんじゃないかと思う。これに関しては、母さんが手抜きとかじゃなくて、そういうもんだと思うんだよね。


 こんなの作るのは、大変だっただろうなぁ。

 なんか嬉しい。これって、僕のために作ってくれたんだよね。


 まあ……でも。


 僕を落として勝負に勝つためか。

 そうか。そうだよね。

 

「……どうしたの? 何か、味が良くないやつがあった?」

「え? あ、いや……」


 明るかった表情を曇らせて、リンが心配そうに尋ねる。

 その様子が、なんだか僕の心をざわつかせた。まるで僕の感情の浮き沈みが、リンの表情の浮き沈みとリンクしているみたいで……。

 

「そうじゃない! お弁当はめっちゃ美味しいよ! ありがとう。作るの大変だったよね。すごく嬉しいよ」


 本当にそう思っていたから、素直に感想が出た。

 きっと演技していたら、こんなふうにはできなかっただろう。


 感情が昂ったアンドロイドの瞳は色が変わる。

 その色合いは、抱いた感情の強さによっても微妙に変わる。


 僕の言葉を聞いたリンの瞳は、混じりっ気なしの水色へと変わっていく。それにつれて、僕の気持ちに掛かっていた雲も晴れていく。

 眩しいほどの笑みを向けてくるリン。僕は、ふと思った。


 僕は今朝、リンが晴翔に向けて作った笑顔を見た。

 明らかに社交辞令だとわかる笑顔は、人間関係に乏しい僕ですら理解できるレベルで形式的だった。


 今、僕に向けられている笑顔は、それとはあまりにも違う。

 でも、この笑顔は出会った頃からだ。今に始まったことじゃなく、最初からずっと、リンは僕にこの笑顔をしてくれている。


 本当に、幸せそうに笑うんだ。

 それに、瞳だって水色に変わる。晴翔にニコってした時は、瞳の色が変わったりはしていなかったのに。


 どうして、僕の時だけ瞳の色を変えるの?

 ねえ。その色は、感情の昂りを誤魔化せないはずだよね……?

 

 吸い込まれそうなほどの笑顔に向けて、僕は無言で尋ねていた。


 勝負の最中だから、こんなこと尋ねるのは良くないのかもしれない。でも、恋愛経験なんて無い僕は、尋ねない限り、この疑問の答えを知ることはできない気がする。


 現時点で明らかに判明しているのは、リンが僕のことを落とそうとするのはアンドロイドの魅力が人間に劣ってなどいないことを証明するためであって、あの時、リンは、それ以外のことは口にしていないということ。


 つまり、ただそれだけだ。リンの言葉をそのまま受け取るなら、リンはただそれだけのために僕を落とすのであって、断じて恋愛などする気はなく、所期の目的を果たせばリンは僕の前から消えていなくなるだろう。アンドロイドの魅力を証明して、それで終わりだ。


 でも……前に二人で話した通り、期限は決めていない。


 僕が落ちてないって言い続ければ、リンはずっと……この先もずっと、僕のことを落とそうと頑張り続けるのかな……。

 

「すごいね。リン、彼氏にお弁当作ってあげてるんだ。私は無理だなー、お料理苦手なんだよね。このお弁当だって作ってもらってるし」


 結月の言動は勘違いに満ちているが、僕はもはや訂正する気にもなれない。

 僕が一つ訂正をしても「なんで? だって、じゃあこれは──」と話が続くだろう。

 その原因が僕という人間の信用性のせいであるとはいえ、勘違いを一つ訂正するのに幾つかの情報を訂正したり、別の説明を付け加える必要性が生じると見込まれるため、もうなんだか面倒くさいのである。


「それにしても、リンはすごく可愛いよね。もしかして、読モか何かやってる?」

「えっ? いやぁ、そんなことやってないよ、ただの高校生」

「本当に? チャレンジしてみなよ、モデルとかアイドルでもおかしくないくらい可愛いから」


 褒め倒されたリンは、照れ笑いをしながら「そんなことないよ」と言いつつまんざらでもないご様子。

 自分のことをすごく可愛いと思っていて、見た目だけで言えばそう簡単にそこら辺の男子が付き合える女じゃないって自覚している癖にこんな反応をしやがって、と僕は心の中で毒づいた。

 

 リンはデレデレしながら結月とカイトへ尋ねる。


「そういやさ。二人は付き合ってるの?」


 結月とカイトは、互いに目を見合わせて、小さく頷いた。


「うん……そうなんだ。だから、君たちが気になったんだよ。すごく羨ましかった。みんなの前で、それも川口と菱山の前で、あんなふうに自信満々に宣言したのがさ。俺らはあの二人の前で堂々と言い切る勇気はないよ」


 カイトは、うつむいて表情に影を落とす。どうやら相当にあの二人が怖いらしい。

 その気持ちは痛いほどわかった。僕も、ああいうタイプが一番苦手だから。


 正面切って悪党と戦うのが仕事のリンには、こんな気持ちはわからないだろう。その証拠に、彼女はカイトへ軽く言い返す。


「どうして? 付き合ってるんでしょ? 言えばいいんだよ」

「だって、その後のことが怖いじゃないか。奴らに何をされるか……」

「だけど……隠れてコソコソ付き合うなんて、辛くない?」

「辛いよ。だから君たちが羨ましかったんだ」

「羨ましいって、私たちもそんなにいいもんじゃないけどね。私なんて、告ったのにまだ拒否られてんだよ、夕真に」


 結月の「彼氏」発言がここにきてやっと訂正される。しかし今度は別の作り話が出てきた。

 告白を拒否られてるだって!? よくもまあいけしゃあしゃあと嘘ばっかり並べられるもんだ、この嘘つきめ!


「それが信じられないよね、逆なら納得できるんだけど。あ、いや、ごめんね夕真くん」


 余計なお世話だこのやろー、と危うく口から出そうになった。

 出ていても別に僕は悪くなかったと思うが、このクラスで見せている僕のキャラとは違い過ぎるセリフを吐くと彼らをびっくりさせてしまうだろうから、一応控えようと思う。


 結月は思ったことを正直にズカズカ言っちゃうタイプらしい。

 僕はとりあえず、ははは、と笑って誤魔化しておいた。

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