第16話 初めての友達


 教室内では、クラスメイトたちはいくつかのグループに分かれている。

 

 僕のクラスでは、基本的にはアンドロイドだけのグループと人間だけのグループに分かれていて、それぞれそのうちの何人かが、仲のいい異種族・・・と交流している感じだ。


 社会全体で見れば人間とアンドロイドが決定的に対立しているという訳ではないし、この学校でも全てのクラスがそうだという訳ではない。

 が、僕のクラスは比較的、分断されているほうだ。


 その原因は、間違いなく葵一派。


 僕はあまりこういう呼び名は好きじゃないけど、みんなからこんなふうに呼ばれちゃうのは、はっきり言って葵が仲良くしている川口と菱山のせいだと僕は思っている。


 川口と菱山はアンドロイドが嫌いだ。二人は人間の不良たちとつるんで、しょっちゅうアンドロイドたちにちょっかいを出している。だから、このクラスのアンドロイドたちも奴らのことは嫌がっていた。


 葵本人がどう思っているのかは、ここ数年まともに話すらしてもらえていない僕ではあまり詳しく知ることはできないのだが、リンのことを「お人形さん」なんて言ったところからすると、葵もまたアンドロイドが嫌いなのかもしれない。

 いずれにしても、葵はこの学校一の美少女だから、「川口一派」とか「菱山一派」とか呼ばれず、葵の名前が前面に出てしまうのだろう。きっと葵もいい迷惑をしているに違いないのだ。


 川口や菱山にとって、人間とアンドロイドが仲良くするなんてのは、何より気に入らない案件のはず。

 葵すら凌ぐんじゃないかと噂され始めたアンドロイド美少女・リンが、人間であるうえ根暗でいつもクラスの端っこにいる僕なんかと仲良くしているなんて、特に。


 もしかして、葵が僕らに突っかかってくるのは、その可愛さで人気が出始めたリンが気に食わないとかだろうか? それか、川口たちと同じく人間至上主義者にありがちな排他的思想なんかも影響して?


 いつ何時奴らから襲撃を受けるかわからないので僕はヒヤヒヤしていたが、とりあえず転校初日である昨日は、リンの葵に対する宣戦布告案件だけで、それ以外特に動きはなかった。

 というか、あんな宣戦布告をすれば、今後色々起こっちゃうことは絶対に避けられないだろう。

 ああ、嫌だ嫌だ。


 本来なら、アンドロイドであるリンへは、うちのクラスのアンドロイド連中が寄ってきてくれるはずだ。

 だけど、あからさまに葵一派に喧嘩を売っちゃったリンへ声を掛けるのは、このクラスのアンドロイドたちも二の足を踏んだらしい。


 その結果、今日は転校二日目だったが、リンへはアンドロイドも人間も誰一人として声を掛けてこなかった。声を掛けてきたのはこのクラス以外の部活勧誘者だけだ。


 いくら本人の意思とはいえ、本来ならクラスの中心に祭り上げられて然るべき超絶美少女に、一人の友達も作らせず学校生活を送らせるなんてあまりに可哀想だと思ってしまった。

 ひとりぼっちは陰キャの僕だけで十分だ。僕は元々誰からも見向きもされていないし、一人でも大丈夫な人だから……。


 今後のことを思案していると、僕の悩みなど梅雨知らず、リンは陽気な笑顔で僕の怪我してないほうの脇腹をツンッ! とつつく。


「あぅんっ」 

「夕真ってホントいい声で鳴くよね。ゾクっとくるわぁ」

「何その言い方! 人を奴隷みたいに言わないでくれる!?」


 ニシシ、と笑うリンは、どうも僕をイジメるのが楽しくなってきているようだ。

 こういうとこ、なんだか昔の葵とカブるなぁ……。 


「そんで、何?」

「次の授業の教科書、タブレットに入れ忘れてた。見して」

「あのさ。肝心のやつ忘れてんじゃない、何しに学校来てんの? ってか脇腹弱いんだからもうやめて」

「だってさぁ。そもそも私、勉強なんてするために来てるんじゃないし。知ってる。知ってるからやってる。ふふふ」

「じゃあ何のために来てるんだよっ! 知ってるならやるなっ」

「だから夕真を落とすためだって最初から言ってんでしょっっっ!!? ちょっとくらいスキンシップしたっていいじゃないバカっ」

「しぃ────っっ、だから声が大きいって……」


「あの……」

「「なにっっ!?」」


 僕らのやりとりにおずおずと割って入った声の持ち主へ、さっきまでの会話のノリそのままについ声を荒げて反応してしまった僕とリン。

 見ると、どうやら同じクラスの男女二人組が、僕らに声を掛けてきたところらしい。

 リンはすぐさま笑顔を取り繕う。

 

「あっ、ごめんね! なになに?」

「……あのっ! 私、中島結月なかじまゆずきって言います! 初めまして、ラミレスさん」

「俺はカイト・マーレイって言います」

「あ、うん、よろしくね! 私のことは『リン』でいいよ」

 

 リンが自分のことを「リンと呼んでいい」と答えたことが原因なのだと思うが、なぜか僕もまとめて互いのことを下の名前で呼び合う運びとなる。何をどうしたらこういう展開になるのか全く不明だが、こんなこともまた初めての経験だ。


 僕はクラスでも孤立しているから、この二人とは初めて話す。初めて話したのにいきなり下の名前で呼び合う羽目になるとは、ほんと照れ臭くて仕方がない。

 そんな一匹狼 (狼は言い過ぎた。一匹ねずみ、くらいか……)の僕でも、普段から多少は人間観察しているから、ざっくりとした雰囲気というか、キャラくらいは把握している。

 

 結月は、元気いっぱいな感じで背の低い人間の女の子。

 茶色というよりオレンジ寄りの髪は肩にかかるくらいの長さで、めちゃくちゃ可愛いというわけではないけど愛嬌のある感じの顔をしている。

 まあ、僕程度がこんな言い方をすると殴られてしまうかもしれない。つい葵と比べてしまうのでこんな評価になってしまうが、この子も十分に可愛いと思う。

 女子たちが話しているのを横耳で聞いた感じ、確かそこそこ良いところのお嬢様だったような気がする。


 カイトは「真面目」という印象のアンドロイドの男子。髪はショートボブで、光加減でうっすら青色に見える。

 AIでもこのくらいの性格は余裕で再現できるだろうと思ってしまうくらいのおとなしめの性格で、普段の様子を見ている限り、特段僕に蔑みの念など抱いているような印象はなかった。


 僕が持っている情報なんてこのくらい。はっきり言って何もわかっていないのと同じだが、なんせ友達がいないのだから無理もない。


 なんにせよ、敵対することを目的として近づいてきたっぽい葵を除いて、初めてリンに声を掛けてくれるクラスメイトが現れた。

 というか、もしかするとリンが僕とばかり話しているから声を掛けずらかったのかもしれない。少し反省だ。


 しかしそれは別に僕のせいとかではなく、リンが遠慮なしにズイズイ僕に話し掛けてくるので、僕としては当然その対処に追われることとなる訳で。


 そこに割って入ってまで声を掛けてくれるということは、相当にうちのリンへ興味を持っていただいたということだろうか──などと考えながらこの二人の男女を見ていて、カイトの目が薄っすらと黄色に灯っているのに気づいた。


 そんなに明るくはないが、灯っていることに気づける程度には光っている。

 その弱い輝度のせいか、瞳は外周が黒で中心部が黄色、という感じに見えていた。


 光っているということは多少なりとも感情が昂りつつあるわけで、このシチュエーションから推察するに、僕らに話しかけることがどうやら少し勇気のいる行為だったのだろう。


 結月は、大袈裟にニンマリして微笑ましそうにする。 


「二人って、本当に仲が良さそうだよね! 最初に先生が言ってた感じ、前から知り合いなんだよね?」

「んー、そういう訳じゃないんだけど。本屋でバイトしてる夕真を見かけて、私の一目惚れだったんだけどね。その時は一言二言喋っただけだったんだけど、たまたま転校してきたら、なんとその人がいるじゃない? こりゃあもう、運命だ! ってなって」

「すごっ!! そんなことある!? マジでドラマの世界みたい!」

「ちょ、あの……」

「そんで、絶賛猛アプローチ中、ってわけで」

「わぁ、いいなぁ! そこまで『ビビっ』ってくる恋愛できるなんて羨ましー。どんな感じだった!?」

「そりゃもう、体中に電気が走ったようになって──」


 なんか嘘ばっか言ってない!? 

 これほどつらつら嘘が出るとは、この女、やっぱ信用できない。

 しかし陰キャの僕が、陽キャたちの会話に割り込むことなどできるはずもなく……。


 陽キャたちが次々と紡いでいく事実無根の言葉の羅列は、僕が修正できないせいでどんどん事実として積み上げられ、もはや十階建てのビルくらいにはなっている。

 いったん建てられた建築物をぶっ壊すのは相当の労力が必要だ。今の僕には、猛烈な勢いで建てられていくビルをただ黙って見上げ、自分の中で消化するしか方法がなかった。


 こんな感じで進む初めてのクラスメイトとの会話は、僕に喋らせてもらえる隙なんて一ミリもなかったけど、話好きでもなんでもない僕は、実は会話を振られても逆に困るところだった。

 正直、ちょっと嫌だなぁって思っていたのだ。だから、ほとんどリンが話してくれてむしろ大いに助かった。


 僕とは正反対で、お喋り好きな印象の結月。

 一方、カイトは完全に結月に喋らせ、自分はニコニコしながら頷くだけ。僕はカイトに、なんだか妙な親近感を持った。


 高校二年にもなって、事務連絡以外の会話に参加したのは初めてだ。

 だから僕は少し緊張してあまり周りを気にする余裕がなかったんだけど、ふと見ると、川口と菱山は、気に入らなさそうな目つきで自席から僕らを睨んでいた。

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