第14話 やっぱバイト先までついてくるのかぁ
いつもの定位置から眺めるアルカーナの店内。
天井まで伸びる高い本棚と、いつ建てたんだろうと思うほどにアンティークな内装、それらを照らす薄暗い照明が織りなす神秘的な空間は、レジの椅子に座って見渡すと感嘆の吐息が漏れるほど。一言で言い表すなら「魔法の国の秘密基地」か。
店の入口から見える外の景色がまるで異世界のようで、僕にとっては家にいるより格段に満足できる時間だ。
「あ〜〜、これ、良いソファーだねぇ! ねえ夕真、紅茶が飲みたいよぉ。ロイヤルミルクティーね」
ただ一つ、こいつを除けば。
レジの横にあるソファーにダラァっと座って、僕を見上げながら飲み物を注文するアンドロイド女子高生。
「完全に仕事の邪魔してるよね。これはルール違反だ」
「なんの仕事があるの? お客さんなんて全然来ないけど。それまでは私の相手でも良くない?」
「あるよ! ごくたまに本を並べたりとか、リュークさんのお出迎えをしたりとか──」
「よくそれでバイト代もらえるよね。なんで雇ったんだろ? やっぱお迎え屋さんだぁ、夕真は。でも、雨の日にリュークさんが傘を忘れなかったらクビだねっ」
「アンナさんの子育てが大変だから、そのための店番だよ!」
「なら、なおさらお客さんがいない時は私の相手をしても職務執行妨害にはなりませんなぁ。ほら、夕真もコーヒー淹れて、私の横に座りなよ。どうせいつもそうしてるんでしょ?」
自分の横の空きスペースを手でぱんぱん叩いて、ニコッとする。
やはり口喧嘩ではこいつに勝てる気がしない。こういう場合、逆らわないのが一番だ。僕は口にチャックをしてコーヒーを静かに淹れる。
抵抗がてら僕がモタモタ──もとい、敢えてゆっくりしていると、リンはソファーをバンバン叩いて「急げ」と促した。
「あんまり叩かないでよね! ここのは色々古いんだから」
「このソファーはそこまで古くないでしょ。まだ買って五年くらいだよ」
「ああ……そういえばそうだったな。え? なんで知ってんの?」
「ん? い、いや、ほら、革の具合とかでそうかなって」
「へぇ──……」
お店の奥のほうから足音がした。この音は、たぶんアンナさんだ。
僕の予想通り、レジの奥にある廊下の先の部屋から頭を覗かせたアンナさんは、僕らに目をとめると微笑んだ。
「あら、いらっしゃい。えーと……そうそう、確かあなたは……リン、だったよね?」
「はい、そうですっ! お邪魔してますっ」
もう一つ、バタバタと足音がした。
アンナさんの後ろから元気よく飛び出したのは赤毛の女の子、リナだ。
リナは、リンの顔を見るなり大きな声で挨拶した。
「あ────っっ、ほんとだぁ、確かにあのリンだ! 全然わかんなかったよ、ほんとお久しぶり! 元気してたぁ?」
「リナ! あなた、違うでしょ」
何やらハラハラしてそうな顔をするリン。リナにウインクするアンナさん。
ん? 何この雰囲気。
「久しぶりってほど前じゃないでしょ、リンが前にここへ来たのは。え、全然わかんなかったって、リナ、リンのこと前から知ってたの?」
「えーっとぉ……。そのぉ、リンが、この前と印象が違って、今まさに一瞬わからなかったというか」
「全然一緒だよ。どこか違う?」
「ぜ、全然違うよ! 女の子は少しのことでガラッと印象が変わるの! 髪の分け方とか、お化粧とか……」
「そうかぁ……? ってか、年上でほとんど初対面のお姉さんを呼び捨てにすんなよ」
「ご、ごめんなさぁい……」
「いいんだよ! リナちゃん、リンでいいよ!」
「あっ、ありがとう、リン!」
リナは汗だくになりながら、僕を肘でツンツンした。
「ところでさ、まさか夕真、こんな超キレイなお姉さん、彼女にしたんじゃないよね?」
まさかってなんだよ。掛け値なしで、僕にだって1パーセントくらい可能性は……
無いか。まあ、彼女じゃないのは間違いない。大丈夫だ。
「してないよ」
「胸張んなって。ねえ夕真、ロイヤルミルクティー」
「はい」
僕はそそくさとリナの飲み物を準備する。
なぜかその様子を眺めながらニヤニヤするリン。
ゆっくりしていってね、と言ったアンナさんは、リクトくんを揺らしながら奥へ戻っていった。
リナはリンの横に座ったので、僕はロイヤルミルクティーをその真ん前のテーブル上に置いてやった。
「それにしても、改めてお礼を言わないとね。リナのこと助けてくれて、本当にありがとう」
僕は、レジ席に座り直そうとしながら後ろから聞こえるリナの言葉を聞いていた。
リンがいなかったら、僕もリナも、二人とも大変なことになっていた。僕だって、それには心の底から感謝してるんだ。
リナは、心に傷を負っていないだろうか。
あんなことがあったんだ、何も負っていない訳はない。
それでも、少しでも軽い傷で済むといいな。
考え事をつつ席に座ると、リナは僕のすぐ近くに、僕に向かって立っていた。
僕は二度見してしまう。
「えっ? 何?」
「だから、改めて、お礼」
「えっと。……僕に?」
「他に誰がいんの」
「リンでしょ、助けたのは」
「リンには、もう言ったよ」
「僕は、なにもできなかったよ」
「そんなことない。きっと、夕真にしかできないことだったと思うよ」
「…………」
リンにもそんなこと言われたけど。
僕は、助けられなかったんだけどな……。
「ほらね、言ったでしょ。最高にカッコよかったと思うよー」
「うん。弱虫夕真にしてはガンバッた」
「お褒めに預かり光栄です……」
ソファーに座るリンは、手も足も組んで、なぜか自慢げに言う。
その姿勢、パンツが見えそうだからやめてくんない?
まあ、感謝するというなら拒否はしない。
褒められるのは、いつも晴翔。
僕が褒められることなんて、滅多にないからね。
リナは、僕にギュッと抱きついた。
いつもならこういうことはしないんだけど、僕の胸に顔を埋めているリナのことを、僕はそっと抱きしめてやった。
なぜなら、リナはうまく誤魔化していたけど、僕の服でさりげなく涙を拭ったのを僕は見逃さなかったから。
「さ、夕真もソファーに座りなよ!」
むこうを向いて目の辺りに手をやったリナは、僕の手を引っ張ってソファーに座らせる。
僕は、リンとリナの間に押し込まれた。二人掛けのソファーだから、三人座ると、おしくらまんじゅうだ。
「さ、それじゃ、二人の恋バナでも聞かせてもらいましょうかね」
「僕がリンに勝負を持ちかけられた時、リナも聞いてたでしょ。リンはね、僕を落としてアンドロイドの尊厳を保とうってだけなんだから」
「うーん……そりゃそうかもしんないけどさ。でも、恋は恋でしょ?」
恋?
そんなもの、してるつもりはなかったんだけど。
でも……
相合傘をしたり、手を繋いだり。僕らがやってることは、確かに、非常に恋愛的だ。
なのにその実、目的は純粋な恋ではなく相手を落とすゲーム。
やってることは恋愛っぽいけど、中身は勝負。
だから、これは言わば……
「そうだね。疑似恋愛、ってことになるかな」
「擬似のまま、耐え抜けると思ってる?」
「こら、小学生なのに一体何を知ってるってんだ? リナだって、まだ恋愛経験なんて無いだろ!」
さすがに小学生には偉そうに言わせんぞ!
と鼻息荒く言ってやったら、僕に体を引っ付けて座るリナは、じっと僕を見上げてきた。
何か言いたいことでもあるのかと思ったが、今まで見たこともない大人びた表情に、僕は汗が滲んでつい焦る。
「……え。な、なに?」
「いーえ。なんでもありませーん。ともかくね、高校生なのに恋愛経験がない君は、リンの
まあ確かに、さっきの「手繋ぎ下校」は、はっきり言って土俵際だった。見る人によっては「負け」の烙印を押されても仕方がない無様な戦いぶりだ。
上等だよ……もう僕は、絶対にあんなふうにはならないからな!
「当然でしょ。僕は、絶対に落とされないよ」
「わざわざ何度もフラグ立ててくれてありがと。落とし甲斐あるわぁ」
リンのセリフで、リナも意地悪く微笑む。
何がおかしいんだ? そもそも、仮に落とされたとしても擬似は擬似だろ。
そこでゲームオーバー。ゲーム終了に違いはないはずだ。
不敵に笑う女子二人に挟まれて、僕は縮こまりながらコーヒーに口をつけた。
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