第13話 手を繋ぐのはセーフ?
学校が終わってこれから下校という時、リンは、僕と一緒に帰りたいと提案した。僕とリンは、家が同じ方向なのだ。
しかし今日はアルカーナのバイトへ復帰する日だ。それに、色々あり過ぎてあまりにも疲れた。
だから、僕はリンの
「バイトだから無理」
「じゃあ、私もバイト先まで行くよ」
「はっ、はあっ……!?」
「あの本屋さん、カフェスペースあったじゃん! 私、ちょっとくつろいでいこうかなっ」
こんな反応、想定できるわけがない。バイトなのだから、「そうか、残念!」って反応が普通じゃないのか!?
「バッ、バイト先まで来られたら困るっ!」
「あのさ。自分で言ったこと、ちゃんと覚えてる? 『私に何をされても、夕真は私に落とされない』。仕事の邪魔するわけじゃないんだから、これは許容範囲と判定します!」
「仕事の邪魔かどうかは僕が決めることじゃない?」
「客観的評価によって決めることだよ。じゃあ、お店の人に判定してもらお?」
「い、いや、大丈夫。今のは忘れて。あはは……」
アンナさん公認になんてなっちゃったら大変だ。
ってか、なんかそうなりそうな予感をヒシヒシと感じるし。
僕は、口でリンに勝てそうにないなぁ……。
もうどうしようもないのでとりあえず下校しようとしたんだけど、僕らが二人で歩いていると、教室を出てから校舎を出るまでの間にすごい数の男女が殺到した。
一目見るだけで学校一の美少女であることが無条件認定されるほどの転校生・リンの噂は、葵たちに正面切って喧嘩を売ったこともあって瞬く間に学校中へ広がり、クラブ活動の勧誘がドッと押し寄せたのだ。
これほどの美少女が入部すれば他にも大量の入部員が見込めるだろうし、だからどの部もリンの獲得に必死の様子だった。
が、「佐々木夕真のことが大好きで猛アプローチ中」を公言しているリンは、その群衆へ向かって「私、夕真と一緒にいる時間が大切なんで」と言い放ちガッツリ断る。
勧誘者たちの顔を見る限り、断られたこと自体よりもその理由に驚愕しているのは間違いなかったが、もはや僕としても失礼だとは思わない。むしろ納得できる自然な反応だ。
それらの人混みをかき分けて、二人で並んで校門までの道のりを歩く。
「ねえ。別にクラブ活動くらいやってもいいと思うよ。ずっと僕に張り付いているなんて、青春の使い方として正しいとは思えないけど」
「あのね。そんなことがしたいなら、そもそも転校なんてしなくても前の学校でできたよ。出動があれば命をかけて戦う孤高の戦士には、そんな暇はないの」
そういや、リンがなんでこんな仕事をしているのか、そういうことも全然知らないな。
人付き合いの希薄な僕は、人のことを知りたいなんて思うことが基本的には無いんだけど、リンのことはちょっと知りたいかも……
と、考え事をしながら歩く僕の手の甲のあたりに、リンの手が触れる。
近づきすぎたのかな……くらいに考えていた僕はリンからスッと体を離した。
が、僕が離れると、なんかリンのほうから距離を詰めてくる。どうやら手が触れるか触れないかくらいの距離感にキープされているようだ。
ってことは、こりゃ意図的だよね……。
どうする? どうする? と心の中で盛んに問い掛けた結果、とりあえず現状把握に動くことに。
僕は、気づかれないようにリンの様子を窺うため、顔の向きはできるだけ変えずに目線だけを思いっきりリンのほうへ向けてみる。
リンはこっちを見たりはしていない。そして、部活に勧誘されていた時には茶色かった瞳の色は、いつの間にかすっかり水色。
朝イチのホームルームでの自己紹介の時や、お昼を食べる時なんかはリンは瞳を水色にしたが、それ以外のときには彼女は瞳が焦茶色に戻っていたから、どうやら感情の昂り具合が落ち着くと、それに合わせて元に戻るらしい。
今日の授業中、何気なく隣の席にいるリンを見たとき、リンもこちらを向いて微笑んでくれたのだが、僕と目が合った瞬間、リンはまるで瞳の中で水色の爆発が起こったかのように急激にその色合いを変化させた。
内なる感情を表すアンドロイドの瞳の色は、光っていないかのようにカモフラージュすることは可能だが、わざと光らせることはできない。
だから、水色になった時点で感情が昂っているのは間違いないわけだが……問題は「色が変わった理由が何か」ということだ。
僕と目が合った瞬間に変化しているのだから、彼女の感情の昂りの原因は僕であると推察される。
……どうして? 無意識に変な顔でもしていたか、僕は。
学校にいる間ずっと考えてみたけど原因はよくわからない。しかも、水色の瞳になったリンが微笑むと、僕もなぜかつられて笑顔になってしまうという……。
これも理由はわからない。謎だ。きっと、無邪気な子供に向ける笑顔とか、そういう類のものだろう。
先生がこちらを見ていない間に無邪気な子供に微笑みを返していると、唐突に先生がこちらを向いた。リンはきっちり真顔に戻していたが、僕は反射的に対応できず微笑んでいるところをまともに先生に見られてしまった。
「何をニヤニヤしてんだ佐々木、そんなに勉強が好きか?」と先生から揶揄される僕を見ながら、リンは意地悪そうに目を細めてペロっと舌を出す。
やばい。なんか楽しい。まるでカップルみたいだ。これじゃどんどんこいつの思うつぼじゃないか……。
と、こんなことがあったので、僕は今日、改めて気を引き締めようと誓ったところなのだが…
…いずれにしても、僕と手が触れ合っている今、リンの瞳は水色。
周囲の状況的に見て、他にリンの感情を昂らせそうな要素は見当たらない。女性経験のない僕みたいな根暗と同じように、リンが頭の中で妙な「思い出し妄想」でもしているなら話は別だけど。
つまり必然的に、僕と手が触れ合っているこの状況に興奮してるってことに。
わからない。謎だ。バカバカしい。
リンは僕を落とせるかどうかの勝負をしてるだけであって、僕と手が触れ合ったからってリン自身がドキドキして気持ちが昂ってるなんて、あるはずがない。
……あるはず、ないよね?
だってそれじゃ、君が先に落ちてるってことだもんね?
もしそうならこの勝負、僕の勝ちにして欲しいところだ。
あっつ。なんか体温が上がってる気がする。ほかほかして、汗ばんできた。
まずい。これはまずい傾向だ。リンを人間の女の子と誤認したときに現れる反応。
僕は、リンに気づかれないように深呼吸しながら、もう一度横目でリンへと視線を移した。水色になった瞳を目の当たりにすれば、リンがアンドロイドであることを思い出せるかと思って。
でも、水色の瞳なんて人間でも世界にはいくらでもいる。
むしろ、こんなことを考えている間にもリアルタイムで頻繁に触れてくるリンの手……肌と肌が触れる感触、僕より少しだけあったかい体温が、到底アンドロイドだなんて思えなくて──
って、あっぶなっ!
もう一度よく考えろって。思い出せ。リンはあくまでアンドロイド! ロボット!
今、僕がこうやってドキドキしているのも、まるで人間のような見た目と感触がそう錯覚させているだけで、彼女の中身はAI!
錯覚。そう、錯覚させられているだけ。
リンといると楽しいと感じている僕の気持ちも錯覚。
リンと一緒にいると温かくなるこの気持ちも、錯覚……。
……なんなんだよ。なんかイライラする。
錯覚錯覚って。抱いた感情が偽物だなんて、これじゃまるで僕のほうがロボットみたいじゃないか……。
待てよ? というか、よくよく考えてみれば、だ。
そもそも手を繋ぐのって恋人同士がやることなんだろうか。親が子供と手を繋ぐのは、別に異性として好きだからとかじゃない。
じゃあ、ここで仮に僕がリンと手を繋いだとして、それは別に彼女のことが異性として好きだということを証明しているわけではないよね!
そうだ。それは親密度を表すかもしれないが、だからといってそれが即恋人同士だとは言えないのだし、よって僕が落とされたとも言えない。あくまでアンドロイドの友達と仲がいいだけだ。つまりは気持ちの持ち方が大事。
だから、これはきっとセーフでいいはず──。
また手と手が触れ合う。とうとうリンは、自分の指を僕の指に引っ掛けてきた。
ちょっとドキッとしたけど大丈夫。理屈をきちんと準備していれば耐えられる。
ただの友達、ただの友達。
僕は自分の出した結論に従い、拒絶しなかった。
と、リンは僕が受け入れた瞬間に手を繋いできて、僕の指の間に自分の指を一本一本絡めていく。その感触は完全に想定外だった。
頭の中で思い描いたのと違う。
実際に、意図してしっかりと触れられた体の感触は、さっきまで考えていたような屁理屈ではどうにもならないほどに、リンの魅力を僕の心と体に叩き込んできた。
感触が、心まで伝えてくる。
触り方が、僕のことを好きだと言ってる。
反射的に、手を振り解いた。
リンから体を離すことでしか、リンの攻めから心を守れなかった。
「あっ、あっ、あのっ。手は繋いだけど、その、これは、落ちたとかではなくて」
「うん、わかってる。手を繋ぐのは、恋人同士でしかしちゃいけないことじゃないよ。手を繋いだって、君が落とされたことにはならないよ」
「……うん。そうだよね……。僕もそう思うんだけど、でも、」
「私たちが出会った日、相合傘をするときも手を握ってた。学校で廊下を走った時も、ずっと握り合ってたよ」
リンは優しく微笑んだ。僕の心を否応なく昂らせる、綺麗な水色の瞳をして。
思考が回らない。理論武装が間に合わない。
心を防衛する手段を無理やり剥がされ無防備になった僕の手を、リンはそっと握る。
リンの手は、汗ばんでいた。その感触で、少しヒヤッとした。
僕の手もそうだったから、二人の汗が混ざって、同じ温度になっていく。
歩きながら、なんとなくリンの顔を見たくなって顔を向けたときには、リンも同時に僕へと顔を向けてきた。
微笑み合うと何か照れ臭くなってしまって、また顔を真正面に向けて。それを、何度繰り返しただろうか。
校門を出たときには、もう何の抵抗感もなく手を繋いでいた。
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