第4話 影絵スクリーンで一緒に復活?

VR環境を全て売り払った所長室で、大兼は任天堂スィッチのマリオに熱中していた。

 どんな環境にでも適応できるのが大兼の最大の長所でもあった。

 そろそろゲームにも飽きて寝ようかとビールを飲み始めたときに、井伊と沙織が所長室に入ってきた。

「所長、新しい発見がありました」

 相変わらず間の悪い奴だと思いつつ「ああ、そう」と大兼は答えた。

「これまで影スプレーでとった影を直ぐに折りたたんでいたので、気づかなかったのですが、影全体を見るととても興味深いことがわかったのです」

「影全体をみる?うんと面倒でしょう」

「はい、それで沙織さんにこれを作ってもらったんです」

 沙織は丸めて持っていた筒を広げた。筒はガラス張りの大きな板になった。

 影スプレーでとった影を井伊はガラス張りの板に貼り付けた。すると、最初は不明確だった影がだんだんと人型になっていった。

「この影は、僕がヤーと片手をあげた時の影なんです」

「ふーん」

「沙織さんのも見せて」

 沙織が、もうひとつの丸めていた板を広げると、そこには両手をあげた影が入っていた。髪型や影の形で沙織とすぐにわかる。

「これは、お金がなくてお手上げーって作品」

 楽しそうに沙織が言う。

「僕はこれを影絵ポケットと呼んでいます」

 大兼は顔をしかめた。

「ポケットはいかん。ろくなことがおこらん」

「おじさん、そこは問題じゃないでしょ。じゃあ、影絵スクリーンにしましょう。それで、いいわね」

「ああ」

「おじさん、これはかなりの長い時間影を残しておけるの。スクリーンで熱の発散を抑えるから三ヶ月くらいは十分残しておけると思う。それから、ほら」

 沙織はスクリーンを四つ折りにしたり、丸めたりした。

「持ち運びに便利でしょ」

「それからですね所長。影というのは、当たり前と言えば当たり前ですが、自分の瞬間瞬間を残しておけます。写真も同じですが、なんというか、写真とは違い、手に取ることができる、そうそう写真と違って身体性があるんです。いやあ、僕はこの事実を見つけた時に感動しました」

 井伊と沙織の熱量との開きが大きい大兼は眠そうにしている。

「あー、そう。面白いけど、何が売りなの」

「見てくださいよ、なんとなく私だとわかりませんか」

「確かに井伊の影だけど。で、これが?」

「だから、明らかに僕の一瞬がここにあるのです」

「で?」

 井伊と沙織は顔を見合わせた。返す言葉が見つからないようであった。

「分かった。分かった。偉大な発明というものは、発明した者さえも超えるのである。ということで、ちょうど私も暇だから研究所のHPで販売しようではないか。ということで、このビール飲んでいい?」


 翌日に大兼は休眠していた大兼研究所のHPで影スプレーと影絵スクリーンのセットを格安で販売し始めた。

 全く期待もしていなかった大兼の予想は外れ、数週間後から注文が殺到した。

 海外のセレブが偶然影絵スクリーンセットを入手し、面白半分にダンスの動きを切り取った影をSNSで公開したのであった。

 影絵スクリーンを連続してみると影のお化けがパラパラ漫画で踊るように見える。しかし、影のお化けでなく、やはりセレブその人と分かる不思議な世界となっていた。 

 セレブを真似して、様々な動作をSNSにアップする人が日々増えていった。

 そこに芸能会社が飛びついて、サイン入りの影絵スクリーンを販売するようになった。

 三ヶ月後には消えてなくなるため、三ヶ月毎に新しい影絵スクリーンを販売するというサブスクリプションモデルも生まれた。

 女優の影は匂いさえするという噂も出回り、影絵スクリーンセットは世界中でヒットした。

 

***


 影絵スクリーンの特集番組の打ち合わせが始まった。

「どうもその節はお世話になりました」

 服部がMCのモーニングショーに出演した時のディレクターであった。

「君か」

 てっきり国営放送かと思っていた大兼が不愉快そうに言った。

「あのさ、君の番組に出てから、うちはゴロゴロ、そうゴロゴロと転げ落ちたんだよなあ」

「おじさん、いいから、いいから。また取り上げてくれるんだから、私がオッケーだしたの、黙って聞いてて」

 大兼はぶすっとして頷いた。

「それでですね」

 ディレクターは何事もなかったように話を続けた。

「それで今回の番組ですが、前回と同じ時間を考えています。つまり、8時40分から20分です」

「はい、はい」

 沙織が答える。

「で、テーマとしては「不屈の大兼研究所」でいこうかと考えています」

「はい、はい、なるほど、そういうことですね」

「具体的には、まず影絵スクリーンの紹介となります。発明秘話ということで、井伊先生と桜田先生にお話を伺います」

 井伊が「はい」といい、沙織は「了解でーす」と答えた。

「それからですね。この影絵スクリーンで入手した影絵を奪う、影絵カツや、有名人の偽を影絵を販売する組織的な詐欺が始まっておりまして、そのことについてのご意見も…」


<了>

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影、影、影 nobuotto @nobuotto

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