第3話 誰のせいなの?
これまでの儲けを注ぎ込んで所長室をVR専用室に改造した大兼は、大型扇風機の風をうけて、ハワイでのサーフィンを楽しんでいた。
すると、ハワイの青空が一瞬にして消え、カメハメハ大王の如く威厳に満ちた沙織の顔が目の前に現れた。
「おじさん、テレビ局の人が来たわよ」
階下の研究室におりていくと、TVSのスタッフが手際よく準備を行っていた。
「こちらでテレビの放送を流します」
「ああ」
「それから、40分後に、8時40分に特集が始まります。服部から適宜質問をしますので、先日頂いた回答と全く同じではなくても結構ですが、あまり外れないように、こちらのカメラに答えていただきますか」
「はあ?」
キョトンとしている大兼に沙織が言う。
「昨日おじさんと練習した質疑応答シナリオよ」
「ああ」
「それでは本番始まりますので、宜しくお願いします」
服部とアシスタントが「おはようございます」と爽やかな挨拶をして番組が始まった。
定番の犬のビデオが流れ、コメンテータの紹介、そして天気、政治問題と淡々と番組は進んでいった。
「コマーシャルのあとに、先生方とスタジオを繋ぎますので、宜しくお願いします」
セッティングされた椅子に、中央に燕尾服を着た大兼、そして両脇に沙織と井伊が座った。
「それでは本日の特集です」
服部の声で画面に「影スプレーと影ポケット。その光と影」と大きく映し出された。
「皆様もご存知のように、影スプレー、影ポケットそして、影ポケットを利用した各社各製品で今年の猛暑も涼しく過ごすことができた方も多いかと思います」
「私も毎日使っています」
そう言って、アシスタントは携帯扇風機を回した。
「しかし、光あるところに、影あり。この影スプレー、影ポケットが今、社会的な問題を生み出しています」
画面に「影カツ、影詐欺、動物虐待」と大きく映し出された。
「本日は影スプレー、影ポケットを開発された大兼研究所の大兼浩二所長、井伊芳雄研究主任、桜田沙織技術主任に出演して頂いています」
ディレクターの始まりますとの声で、スタジオと画面がつながった。
テレビにブスっとした顔の大兼がアップが写され、そして並んで座っている三人が写された。
「最初に影カツです。影カツとは影ポケットのいわゆるカツアゲです。国内の至るところの中学校、高校でこの影カツが増加しています」
画面に、この半年間の影カツの発生件数棒グラフが映し出された。倍々で棒は伸びていた。
「この背景には、影ポケットを利用した製品を開発販売する各社が、社員の影だけでは十分な量が得られないことから、影の買い取りを始めたことがあります。影スプレーで一度影をとると、次の影が現れるまで1,2時間かかります。一人で集められる影は一日に10枚が限度です。個人で利用するには十分ですが、製品用となると足りません。そこで、各社で影の買い取りを始めたのですが、一枚の買値が5円程度となるのでひと月で1500円程度にしかなりません。新しい影スプレーを買えば消えていく額です。そこで、影ポケットを奪って、各企業に売る、影のカツアゲ、「影カツ」が、中、高生で事件化するまでになったと言えます。西園寺さんのご意見は」
コメンテータの西園寺が答える。
「これは、企業側の問題が大きいですね。この影カツについては、どの企業も知っていて、知っているのにも関わらず買い取りを進めている状態です。教育の問題ではなく企業・各社のコンプライアンスの問題です」
「特に中小の会社だと影を集めるのは大変ですね。それでは本日出演して頂いている大兼研究所の皆様にもお聞きしたいと思います。大兼所長、折角発明されたこの技術が犯罪に結びついていることをどう思われますか」
「うーん。けどカツアゲって昔からやってますよね」
ディレクターの顔が一瞬ひきつったのを見た井伊が話し始めた。
「とても心を痛めております。これも、やはり影スプレーで取得できる影の枚数が少ないという技術的な問題もあるので、より多くの枚数を取ることができるように改良を進めています」
「えー。そんなことをしているの」
大兼の口を沙織が塞いだ。
テレビ画面に「影詐欺」のパネルが大きく映し出された。
「次に影詐欺ですが」
顔をボヤかした70代後半の女性が映る。
「影ポケットに100枚集めて持ってくれば、5000円で買うというんですよ。最初は半信半疑だったんですが、本当に5000円もらえて。それで次もお願いしますって影ポケットを5個くらいもらって、私だけじゃ無理だから家族や友達の分も集めて、そのうちにノルマがどんどん増えて、最後は1回に50ポケットも集めたんです。そしたらそれから連絡来なくなって。もう、今年は猛暑でしたでしょ。少しは自分や家族用に残してはいたんですが、ごっそり持っていかれて、もう暑くて暑くて熱中症になりかけました」
影カツとおなじように影詐欺の件数が棒グラフで写し出された。影カツの10倍の詐欺件数がグングンと伸びている。
「背景には、反社会勢力がいると言われています。海外の拠点で掛け子が影ポケット買い取りを打診し、それから彼らは影っ子と呼んでいるようですが、影っ子が詐欺対象者から影ポケットを集めるということです。西園寺さん、段々と大掛かりになっていきますが」
「これも同じ問題ですね。結局詐欺集団であろうと、それを買い取る企業がいることが問題です。それにしても警察も、新しい詐欺への対応が遅すぎます。まったく熱中症で亡くなる人が出たら重い腰をあげるのでしょうか」
「それでは研究所の皆様にもご意見を頂ければ」
「詐欺をやっている奴らは、うちより儲けているのですかね」
大兼が話し始めたのを止めるように服部が「桜田先生、いかがでしょうか」と聞いた。
「私達ができることはないと思いますが、私は影ポケットを子どものように思っていて、いや、もちろん私は独身で現在彼氏募集中ですが、そのポケットが犯罪に使われるのは心が痛みます」
「そうだと思います。影ポケット詐欺、または、怪しいと思いましたら次へご連絡下さい」
消費者センターの電話番号が画面に出る。
「それでは最後になります、動物虐待です。次のビデオを御覧ください」
炎天下の囲いの中に数え切れない程の犬がいた。その犬の影を一人の男が集めている。
「人間ではなく、動物、この映像では犬ですが、こうして炎天下の動物を閉じ込めて影を集める業者が増えてきております。人間より影が小さいため、影ポケットの影も100枚以上、150枚程度必要で、もちろん影を取れば日陰で休ませていますが、トータル数時間も日中の炎天下にさらすことを、動物愛護団体を中心に動物虐待の声があがっております。これにつきまして、西園寺さんはどう思われますか」
「結局買う人がいるから、売る人がいる。問題は買う人、つまり企業が…」
「はい、問題の根っこは同じだということですね。それで、大兼研究所の…そう、井伊先生はいかが思われるでしょうか」
「影が小型だとどうしても保冷効果が下がります。もちろん単純に影の面積が少ないからということもありますが、現在単位面積の保冷効果をあげる研究を進めております。例えば保冷効果が倍になれば、動物から集める影の枚数も減り…あれ、これでも動物虐待?、けど、保冷効果が倍になれば、小型犬でも必要な影の枚数は…」
「ありがとうございました」
と服部が言うと画面はスタジオに切り替わった。
「発明した技術、勿論発明者には何の罪もありません。新しい技術を正しく使える社会になるため、私達利用者が犯罪を許さない、そうした社会をつくることが最も大切なことだと言えます。どうも大兼研究所の皆様ありがとうございました」
***
この番組の影響なのか、各企業は影の購入年齢を20歳以上とした。
警察も「影ポケット詐欺」に本格的に取り組み始めた。
そして、その矢先に事件が起こった。
それは「影ポケット詐欺集団」を警察が追っている時だった。影ポケットを大量に積んで逃走していたトラックが山中のカーブを曲がりきれずに崖下に落ちてしまったのであった。
崖下の落ちた弾みで、運転手はトラックから投げ出されるとともに、積み荷から落ちた大量の影ポケットの下敷きになった。
真夏にも関わらず、大量の影ポケットの下敷きになった犯人が一瞬にして凍死してしまうという悲惨な事件であった。
この事件をきっかけに影ポケットの安全性についてマスコミが騒ぎ始めた。
ちょうどそのタイミングで、国立大学の教授が「影ポケットによる温暖化現象」という論文を発表した。本来影が吸収すべき熱が吸収されなくなることで、舗道の表面温度が上昇し、10年後には先進国で平均気温が2度もあがるという研究内容であった。
「影」を取ること自体が、温暖化を促進するのですと、各局のコメンテーターも声を揃えて騒ぎ始めた。
「個人の快楽のために地球環境を破壊するな」とスローガンを掲げた学生デモも起こった。
こうした社会の流れに逆らえるわけもなく、企業は次々と影ポケット関連製品から撤退していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます