第2話 影ポケット

 国営放送の番組録画で放送局の一室に大兼と井伊と沙織がいた。

 カメラの多さとあちらこちらから照らしてくるスポットに井伊も沙織も驚き緊張するばかりであった。

「昔は生放送にも、よく出たものだ」と落ち着いている燕尾服の大兼を見ると、本当に昔は有名人であったことを感じる二人であった。しかし、打ち合わせも終わり、もうすぐ録画開始というのに、「ねえ、僕知ってる」と何度も青木アナウンサーに言い寄る大兼をみると、きっと昔も放送事故を起こしそうな大兼は生放送でなく録画だけだったに違いないと思う沙織だった。

 ディレクターの声がする。

「はい、最初にこのビデオが流れます。まず、ビデオをご覧ください」

 ビデオは、影スプレーの誕生の物語、そして一時はヒットしたが、その後失速したという内容であった。

 ディレクターの「インタビュー始めます」の声で青木は井伊にマイクを向けた。

「せっかくの発明でしたが、商品としての問題点は何だったのでしょうか」

「まあ、失敗こそ成功の母ですからな」と背の高い大兼が井伊の頭越しから言うが、青木は無視して井伊の返事を待った。

「はい。影の保冷時間がどうしても5分程度という限界を超えられなかったことがあります。それを超えるには影スプレーの製造過程で必要となるレアメタルの増量が必要なのですが、単価が上がりますし、入手が非常に難しいという現実的な問題がありました。レアメタルに変わる材料も再度試してみました。そもそもレアメタルと言っても31種類あり、影スプレーで利用しているのは、コバルトが主原料なのですが…」

 話が終わりそうもないと思った青木は話しに割り込んでいった。

「なるほど、影スプレーの原材料となると、技術だけでは、解决が難しかったということですね。あと影スプレーの利用において想定しなかった問題が生じたということもお聞きしましたが」

 青木は沙織にマイクを向けた。リハーサルで、要領を得た話ができるのは沙織だけだと分かったスタッフは、なるべく沙織に聞くようにと青木に指示を出していた。

「はい。影スプレーで影を固めて体に巻けば保冷できるのですが、そのためには、影をとるときにしゃがまないといけませんよね。やはり人前でしゃがみ込むということに抵抗がある人がいて、特に若い女性には抵抗が大きかったんです。暑くてしょうがない日中に影で冷やしたいけど、人前でしゃがむのは恥ずかしい、端的に言うと、影スプレーを使うのは”みっともない”となってしまったのです」

「そうですか。これらの問題を解決したのがこれですね。本当にポケットにすっと入る大きさですね」

 青木は4cm四方で薄さ1cm程度の箱、影ポケットを沙織に渡した。

「はい。影の保冷時間を伸ばすことと、人前で影を拾うのではなくて、都合がいいときに集めておいて、まとめて使うことができないかと考えたのです。つまり影スプレーの問題を解決するのは、影スプレー自体の改良ではなく、影スプレーを利用する環境だと気づいたわけです」

「そうして影ポケットが生まれたわけですね。もう、皆さんご存知だと思いますが、桜田先生からご利用方法を教えて頂けますか」

「はい、影を折りたたんでこの箱に入れると、入れた影の量だけ冷たくなります。最大で100枚程度の影が保存できて、その場合は零度まで下がります。箱の保冷機能は非常に高く零度状態を10日は十分に保つことができます」

「ひと月で開発されたとお聞きしたんですが、すごいですね」

「はい、私なんでも作れちゃうので」

「あっ、はい、そうでしょうが…えっと、それではこの影ポケットを利用した各種製品についてご紹介します」

 影ポケットを使った製品のビデオが流れた。影ポケットを使った小型扇風機、小型冷蔵庫などなど、各電気メーカーが競うように開発販売している製品の紹介ビデオであった。

 ビデオが終わると最後にと青木は大兼にマイクを向けた。

「大兼研究所はこれからも画期的な発明をされていきそうですね」

「いやあ、もうかりました。当分は何もせんでもよさそうです」

 大笑いして、また何か話始めようとする大兼に「ありがとうございました」と青木が言い収録は終了した。



「なにが儲かりましたって、偉そうに」

 収録が終了したのを確認して沙織が大兼をつついた。

「え、これだけのヒット商品なので、その、私は分かりませんが、相当の利益をだされたのでは」

 不思議そうな顔をしている青木の手を握って沙織が言った。

「ですよね。そう思いますよね。青木さん聞いて下さいよ。おじさん、いえ所長は影ポケットの特許を出していなかったんです。信じられますか」

「はあ、なぜ」

 収録してはいないが、青木は思わず大兼にマイクを向けた。

「この発明は人類に貢献するものだからな。神が人類に下さったものであるからですよ」

 沙織がマイクを青木から取った。

「いえいえ、青木さん聞いてくださいよ。おじさん、いや、所長は影スプレーの売上で遊び回っていて、それで特許を申請するの忘れたんですよ」

「番組では触れませんでしたが、それで、影ポケットに似た類似製品が出回っているわけなんですね」

 青木が納得したように頷いた。

「まあ、まあ、影スプレーだけでも、かなりの収益だし」

「収益って、影ポケット用に、影スプレーを企業が買うだけだから。本当は今の何百倍も利益があったのよ。大体影スプレーだって井伊さんの発明なのに、所長室だけ、あんなゲームセンターみたいに改造して、だからおじさんは、大兼じゃなくて大法螺研究所とか言われるのよ」

 呆気に取られている青木にちょっと頭を下げて「まあ、まあ」と間に入る井伊であった。

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