第2章 4は最初の不運な数(9)
よく朝、ドリアン卿にご飯をあげながら「おまえ、可愛がってもらえよ。ま、ラルフと一緒だったら大丈夫だな」といって頭をなでるとドリアン卿は顔をあげて食べるのをやめてキャットフードの入った器を前足でブラッドに押し返してきた。
「なんだ。俺に出て行ってほしくないのか?」
するとドリアン卿はミャアと鳴いた。
「そうか。可愛いなあ。でも行かないといけないんだよ」
立ち上がってキッチンを出て荷物を取りに行こうと廊下を歩いているとラルフと会った。
「あの」と二人が同時に言ったときに、玄関のチャイムが鳴った。
ちょっとまってとブラッドに指で合図してラルフが一階に降り、玄関のドアを開けるとシェリーとモーガンが立っていた。二階の吹き抜けから下を見ていたブラッドも急いで下に降りて行った。
「今日はなんですか? 朝から」ラルフが聞いた。
「ラルフ・ローレンスとブラッド・ロックウェル。ボーシャ男爵一家殺害の件で重要参考人としてご同行願います」
ボーシャ一家が殺害された? 驚きのあまり声も出ない二人をシェリーは外に連れ出した。パトカーに乗る直前ラルフはブラッドに小声で「きみは弁護士が来るまで黙秘しろ!」といった。
「早く乗って」
「どういうことですか? 本当にボーシャ家の人が殺されたんですか?」
パトカーの中でラルフが聞いたがシェリーは「署についてから話しましょう。今度はパパの力は通用しないわよ」といった。
ヴィクトリアシティ警察につくと、また二人は別々の部屋に連れていかれた。今回はシェリーがラルフの取り調べを行った。シェリーは現場の写真をラルフに見せた。三日前に話したばかりのボーシャ未亡人が血まみれで床にうつ伏せで倒れている写真と、おそらく別室と思われる場所で血まみれで男性が倒れている写真だった。
「昨夜、ボーシャ男爵とその母親である前ボーシャ男爵夫人が殺害されたわ」
「誰に?」
「それはあなたが知っているんじゃない?」
「どういう意味ですか?」
「執事の話によると、あなた三日前、ボーシャ家を訪ねているわね。何しに行ったの?」
「ボーシャ家にクラレンス・ホールの来歴を聞きに行きました。なぜ手に入れたのか、なぜ手放したのか知りたくて」
「そしたら?」
「ボーシャ未亡人が対応してくださり、初代男爵がエリザベス・ガードナーから購入したということと、代替わりしたから維持費がかかるので手放したという話を聞きました」
「それだけ?」
「はい」
「昨日の夜はどこにいた?」
「ブラッドと一緒にケラー子爵家主催のチャリティーパーティに出席していました。同伴した女性もいます」
「その女性の連絡先とパーティの場所を教えて」といってシェリーはメモ用紙をラルフに差し出した。ラルフがアイビーの名と連絡先、パーティ会場を書いて返すと、シェリーは同室で待機している警察官にメモを渡した。
「あなたが行く先々で事件が起きるのよねえ。なぜかしら?」
「テロリスト容疑はそっちが勝手にかけただけで何も起きてはいない。未亡人はどうやって殺されたんですか?」
「……。首を切られて失血死よ。男爵もね。ボーシャ男爵家と黒薔薇の庭学会はどういう関係?」
「知りません。僕も尋ねましたが未亡人は何もご存じありませんでした」
そこへ警察官が入ってきてシェリーに耳打ちすると出て行った。
「あなたが昨日バレンシア家の令嬢たちとパーティに行ったのは確認がとれたわ。けど面白いわね。会場が黒薔薇の庭教会の隣。どういうこと?」
「すごい偶然だ」
「いい加減になさい!」といってシェリーはバンッと机を叩いた。「わたしは偶然を信じないのよ」
「僕もですよ」
「なんですって?」
「ここでテロリスト容疑で取り調べを受けた日の朝、不動産屋が来てあの家を売ってほしいといわれました。僕の屋敷の番地が333。ボーシャ男爵家の番地が555。ボーシャ男爵家を訪ねたあとその不動産屋の番地が444だと気づきました。
偶然ではないと思い不動産屋にいってみたら黒薔薇の庭教会だったというわけです。黒薔薇の庭教会に入って話しを聞きましたが、全く別の団体だといわれました。サンチェス司祭という方ですから聞いてみてください。
そのとき隣でケラー子爵家パーティがあることを知りパーティに参加しました。もっと何かわかるのではないかと思って。もちろん、何もわかりませんでした。あなたにエリザベス・ガードナーが悪魔崇拝者であの家が聖地だと聞いて興味が出てきて調べたくなったんですよ。何しろ僕は暇な金持ちですから」
「その不動産屋の名前は?」
「ドリュー・ビギンズ。ブラッドが名刺を持っていますが住所はさっき言った通りですがそれ以外の連絡先はでたらめです。強盗とか物取りの犯行ではないのですか?」
「家の中が荒らされた形跡はないし、執事の話によると何も盗まれていないそうよ」
やはり現学会員はドールハウスに手掛かりが隠されていることを知らないんだ。ラルフは改めてそう思った。
そこへ警察官がマクシミリアンが手配した弁護士を連れて入ってきた。弁護士はシェリーに「ラルフ様の昨夜のアリバイははっきりしていますので、釈放をお願いします」といった。
ラルフが弁護士と取調室を出て行くとシェリーはモーガンに
「ボーシャ男爵家と黒薔薇の庭学会との関係を調べて。ローレンスは何か隠しているわね。二人を監視しましょう」といった。
+++
ブラッドが取調室を出て一足先に署の一階のフロアに降りるとマクシミリアンが立っていた。
「ラルフももうすぐ降りてくると思います」
「そうですか。ラルフ様と一緒にお車でお送りします」
「今朝あの家を出て行く予定だったのでこれから荷物を取りに帰って出て行きますよ」
「そうですか。ではこれを」といってマクシミリアンが内ポケットから封筒を取り出して差し出した。「ヴィクトリアタイムズ紙への紹介状です」
「え?」
「先日ここに連行されたときに、テロリスト容疑が掛かったら新聞社に入れないとおっしゃっていたのが聞えたものですから。この紹介状があれば即日採用されて好きなポジションで仕事が可能です。お受け取り下さい」
なるほど。こうやってラルフの周りから人を遠ざけていたってわけか。でもまあ、いずれにせよ紹介状を貰うという条件であの家での仕事を引き受けたわけだし、こっちの紹介状の方が威力がありそうだ。これを貰えばこのままラルフと顔を合わせずにあの家を出られる。
「どうぞ」とさらにマクシミリアンが受け取るように差し出した。
「いりません」気が付いたらそう答えていたので自分でも驚いた。
「え?」
「それよりあのお人よしがハリーに騙されないようにちゃんと調べてやれよ」
そういってブラッドはさっさと歩いて署を出て行った。そのままクラレンス・ホールに直行し、荷物を持って出て行った。ドリアン卿は姿を現さなかった。
ラルフが署のホールに降りるとマクシミリアンが待っていた。
「アイビー様から連絡を受けてお迎えに参りました」
「ブラッドは?」
「一足先に釈放されて、もう帰られました」
「じゃあ僕も帰る」といって歩き始めたラルフにマクシミリアンがいった。
「出ていかれるそうです」
「え?」
「そうおっしゃっていました」
「お前が追い出したのか?」
「わたくしは何もしていません。ただ……もしかしたらヴィクトリアタイムズ社への紹介状を渡そうとしたので気分を害されたのかもしれません。断られましたので」
「断わった?」
「はい。要らないといわれました」
「……」
「マクシミリアン、送ってくれ」
「かしこまりました」
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