十四話 結婚準備について

 こうして私は着々と、アズバーグの、第四王子の妃として王国に受け入れられつつあった。


 国王陛下と王妃様の覚えもめでたく、アズバーグの兄王子からの評価も上々。お妃様たちも表立っては文句を言わず、公爵家の皆様も好意的。


 貴族の皆様に至っては私を畏敬するような雰囲気すらあるからね。あれから何度か出た社交でも私は極めて丁重に扱われた。


 ……私、十八歳の小娘のただの錬金術師なんだけどね。


 私としては首を傾げざる得ないのだけど、今や我が王国のどこの誰も、私の扱いに疑問を持ってはいないようだった。


 錬金術師としても順調で、豊富な予算を得た私は魔力貯蔵装置以外にもいろんな研究に手を出した。


 なにしろ貴族としても色々忙しくなってしまったので、研究の方向性を決めた後は助手達に実験を繰り返させ、そのデータを元に研究をして更に実験をさせる。


 助手は当面三人雇った。錬金術師としての才能はあまりない(魔力が低いので)が科学知識はそこそこあり、実験の経験も多い者たちだ。こういう人材は錬金術師の助手用に平民から集めて錬金術師協会が育成しているのである。


 バーム、ベイス、ローという三人の少年である。年齢は十四から五歳。私より下の年齢の年齢の者ばかり選んだのは、やはり年上の助手は経験は豊富だけど扱いが難しかったからである。


 その点この三人は私が年若い女性錬金術師でもバカにすることなく真面目に働いてくれた。ただ、彼らに科学知識や錬金術師の基本を教えるのも私の務めになるので、そんな事をした事がない私にとっては結構大変だったけどね。


 本当は助手じゃなくて弟子が欲しかったんだけどね。魔力がある弟子がいれば、錬金術師協会から回ってくるような面倒な実験は丸投げ出来るんだけど。


 ただ、魔力持ちが錬金術師になりたがるのは珍しいし、そういう弟子はやっぱり高名な錬金術師の弟子になりたがる。私もそこそこ名は売れてきたと思うけど、そういう弟子を呼び寄せるような名声は一朝一夕には身に付かないのよね。


 それでも助手のおかげでいろんな実験が出来て、いくつかの発明をしたんだけど、私の発明は全て王族預かりになることになっていて、その特許は私の儲けにはならない事になっていた。


 その代わりに王族予算から多大な援助を頂いているので私には全く不満は無かったけども。たぶん特許で稼ぐよりも遥かに多大な予算を頂いていたしね。


 ただ、この頃からさすがに私も分かり始めていた事があった。それは、私も準王族になったからには、私の全ての行動は、何もかも王族のために王国のために為す事が期待されているという事だ。


 つまり、自分の私心を捨てて私利私欲を捨てて、王族のため王国のために全てを捧げる。それが王族の在り方なのである。だから私の錬金術師としての発明も王族のため王国のために行わなければならない。


 まぁ、本来は錬金術師は全員国王陛下のお抱えで、その研究は全て国王陛下の御為に行われる、というのが建前なのだけど、余程の事がない限りその研究が国王陛下に召し上げられるような事はない。


 しかし私は個人的にも将来のお妃様なのだから、名実ともにその研究は全て王国の為のものなのである。


 もちろん、研究だけではない。日々の生活、社交、儀式なにもかも、私の行動全ては王族のため、国王陛下のため、王国のために行われなければならない。それが王族という特権を与えられた一族の義務なのだ。


 正直、それに気が付いた時には体を鎖で縛られたかのような息苦しさを覚えたものだ。そして気が付いた。これがアズバーグが苦しんだ束縛感なのだと。


 妃に過ぎない私でもこの閉塞感だもの。第四王子として生まれた彼が覚えた束縛感はこんなものではなかったのではないか。


 彼が自由に憧れて、自由な行動を欲して夜遊びに走った気持ちも分からないではない。自分の一挙手一投足足りとも、自分の為に成してはならないとういうのは、それはあまりにも息苦しいし重苦しい。


 実は、こういう自分の家に対する滅私奉公の精神は、貴族なら誰でも幼少時から叩き込まれるものらしいのよね。アズバーグの兄君のお妃様たちが、事あるごとに自分の実家への利益誘導を行いたがるのはこのためらしい。元々それを期待されて王族に嫁がされたという事情もあるようだ、


 それなら結婚したんだから王族優先に考えて欲しいものなんだけど、お妃様たちは対外的にはちゃんと王族として振る舞っていて、その上で王族の中で実家の利益を求めているのだそうで、実家の公爵侯爵家はその見返りに王族を支えているのである。なかなか簡単な話ではないのだそうだ。


 そんなわけで、自分の身を守るための方便としてアズバーグと契約結婚をする筈だった私は、いつの間にかしっかりと王族となるべく色々と覚悟をさせられてしまったのだった。


 どうしてこうなった、とも思うんだけども、結婚式前までには私もすっかり自分の状況に慣れてしまって、自分が王族になる事に特に疑問を持たなくなってしまっていたのよね。


  ◇◇◇


 そんなわけで、結婚式が近付いてきてしまったわけだった。私とアズバーグの結婚式が。


 本来であれば、契約結婚のための結婚式である。婚約式の時と同じように何という事もなく終わる筈だった。


 ところがこれがそうはならなかったのだ。


 確かに婚約式の時は私もアズバーグも仕方なくというか事務的だったし、王族の皆様も「まぁアズバーグを落ち着かせるためだ」というようなそれほど二人の婚姻に期待していない状態だった。


 しかし今は違う。王族の皆様、特に国王陛下と王妃様はアズバーグの夜遊びを止めさせ、なんだかやる気を満ち溢れさせている状態に彼をさせた(と思い込んでいる)私に感謝と期待を物凄くしていて、私達の結婚を非常に楽しみにしていた。


 アズバーグのご兄弟も放蕩息子だったアズバーグの更生を歓迎し、思いもよらぬ発明をする錬金術師である私を王族の中に取り入れられる事を喜んでいた。


 誰よりアズバーグがなんだか私をあからさまに好意を見せるようになっていたのだ。


 事あるごとに「愛している」だの「君が一番大事だ」とか「君が必要だ」などと囁かれれば、どんな鈍い女でも彼からの好意に気が付くだろう。食事の度にその有様で、夜会ともなれば彼は私をほとんど抱きしめるようにしてエスコートするのだ。


 おかげさまで第四王子とその婚約者の仲睦まじさは、貴族の皆様の間では完全に常識と化しており、口を開けば飛び出る私への惚気言葉に、彼に愛人候補を紹介するのも憚られる有様だそうな。


 ちなみにセイルイ曰く、彼は私がアズバーグの女遊びを嫌っている事を知っていて、私に好意を持った瞬間からお屋敷の女性達をベッドに招き入れるのをキッパリと止めたそうだ。


「私たちとしてはちょっと残念なんですけどね」


 とセイルイから少し恨みがましい口調で言われてしまったのだが、同時に「それくらいミルレーム様の事を大事に思っていらっしゃるんですよ」とも言われた。


 そんな事を言われても困る。私の方は一向にそんな気がないのだから。


 ただ、アズバーグはさすがに心得ていて、彼の方から私の方に一方的な愛情を捧げてくる一方、彼が私からの愛情を求めて来る事は一切なかった。


 それどころか、私と彼の契約結婚についてちゃんと書面にして、私の意見を聞いた上で(私が白い結婚を主張しても黙って受け入れてくれた)魔術的な契約をしてくれた。これは国王陛下や王妃様には内緒なんだけどね。


 ただし、彼のたっての希望により「この契約は双方の同意により、いつでも改訂出来るものとする」という一文が付け加えられた。曰く「必ず君を振り向かせてみせる」とのことだった。私を彼に惚れさせて、契約結婚ではなく本当の結婚するつもりだという事だろう。


 私には全然そのつもりはないのだけど。アズバーグ的にはそこまで織り込んでの契約結婚だっとわけだ。彼は、これは随分後になってから聞いたのだけど、私の性格上、一日二日で惚れさせるのは至難の技だと分かっていたので、彼は全然急がなかったのだそうだ。


「契約結婚だろうがなんだろうが、結婚してしまえば逃さないで済むからな」


 との事だった。悔しいけどかれはもうこの頃から、私のことがよく分かっていたのだろうね。


 というわけで、私以外の皆様が極めて乗り気だった事もあり、結婚式の規模はみるみるうちに拡大していった。


 当初は、第四王子と半平民の結婚式なので、それほど盛大な式になる予定じゃなかったのよ。


 それが、まず王妃様が可愛い私の結婚式なのでという事で盛大な式にしたいと言い出し、次に国王陛下が王室がミルレームを歓迎してる意思を示すためには盛大な結婚式を行うのが良かろうと言い出し、王子様たちも「もうしばらくは王室の結婚式はなさそうだから」という理由で華麗な式にしたいと言い出した。


 もちろんアズバーグも「ミルレームを盛大な式で迎えたい」と言って王室の皆様と一緒になって結婚式の計画を熱心に練り始めてしまった。


 おかげで私が結婚式の内容を知らされた時には、とんでもない事になっていたのよ。


 まず、結婚式の十日前から王都ではお祭りが開かれる。何のお祭りかって? 私とアズバーグの結婚式を祝うためのお祭りですよ!


 王都の街中に、私とアズバーグの肖像画が飾られるんですって! そんで街のみんなが「アズバーグ王子万歳! ミルレーム妃万歳!」って言いながら乾杯するんだそうよ!


 その話を聞いた時にはさすがの私も気が遠くなったわよね。な、なんでそんな事をするのか。せめて絵は止めて欲しいと言ったのだけど、王室の皆様は不思議そうな表情をして却下した。


 実際、肖像画家に私は飾るための絵を描いてもらったわよ。誰なのこれ? というような美化された絵に仕上がってしまったので、実際の私を知る人には大笑いされる事でしょう。アズバーグは満足そうだったけど。


 式の前からその騒ぎだ。結婚式は王都中央の大聖堂で行われる。王都中央大聖堂と言えば、王国どころかこの大陸にも他に例を見ないと言われる程の巨大な建物だ。雲突くような鐘楼と大きく張り出したアーチに支えられた大ホール。王国の豊かさと権威を象徴するこの大聖堂には、一千人の人間を収容する事が可能だ。


 つまり、招待客が一千人近くになるということである。王国の貴族は七百家くらいあり、その中の伯爵以上の上位貴族が大体二百程度あるらしい。つまり上位貴族の当主夫妻、それと次期当主の方で大体五百人程度になると見込まれるのだそうだ。


 なら一千人は過大な見積になるかといえばさにあらず。残りおよそ五百人は近隣諸国や諸侯領からいらっしゃる来賓の分なのだそうだ。


 王国の周辺には大きな国が三つ、それ以外の諸侯領が二十くらいある。王国は大国なので国境を接していない国とも交流があり、そういう国からも祝賀の使節がやってくるのだそうで、それが概算で五百人にもなるのである。


 それできっかり一千人。高貴な貴族と、他国のおそらくは王族が含まれる使節の方々一千人に見守られ、私とアズバーグの結婚式は行われるということなのだ。何事なのそれは? 何もそんな盛大な式にすることはないでしょうに。


 ただ、王族の結婚式というのは、絶好の外交の機会になるのだそうで、周辺諸国もアズバーグと私の結婚式にかこつけて、外交のために自国の王族を派遣して来るのだそうだ。王族が外交を訪問するのはこういう事情でもなければ大変らしい。いわば外交のついでに結婚式にも出席してくれる、というのがあちらの本音なのだ。


 それにしたって、出席して第四王子として王国の重鎮になる予定のアズバーグと、真なる錬金術師なんていう大層な称号を持っている私の事を見極めに来るというのも、彼らの目的に含まれているのは間違い無い。そんな方々の前で無作法でも晒した日には、大陸中で私のみっともない有様が噂される事態になるだろう。王妃様のところでお作法を学んでおいて良かったわ。


 そんな式だから準備はかなり大変で、とりあえず私は儀式次第を暗記する事から始めたわよ。丸一日掛る式の次の日には王城の本館大広間を三つ開け放って行われる披露宴があり、その次の日には王族の皆様だけをお招きしての披露宴。その次の日には外国の使節の皆様を集めての披露宴。その次の日は王都の街路を無蓋馬車でパレードして、その次の日には……。


 いい加減にしてよ! 結婚式期間の間はみっちりスケジュールが埋まってしまっていて、私は全く自由が無い。研究なんて全然出来ない。酷い、酷すぎる。文句を言う私にアズバーグはニヤニヤと笑って言った。


「それでも、文句は言いながらも義務は果たすのが君の流儀だろう?」


 ……見抜かれてる。


 そう。私はこういう場面で自分の責任を放擲して逃げ出す事が出来ない。ある意味損な性格なのである。既に国王陛下も王妃様も他の皆様も、私を妃として期待してくださっている。私としては研究だけをやっていたいので、そんな期待は重荷でしかないのだけど、それでも期待を裏切るような事は出来ない。したくない。


 つまりそういう性格の私は研究が出来ないーと嘆きながらも、真面目に結婚式の準備をするしかなかったのである。なにしろ、式前のお祭りから数えると二十日に渡る大イベントだ。しかも私は主役。結婚式前後に着るためのドレスだけでも三十着くらい仮縫いしたわよ。一日一着ではないのだ。結婚式に着る純白のウェディングドレスだけでも三着あったのよ。どういうことなのか。


 あまりにも盛大な式なので、私も何かやった方が良いのではないかと思ったのよね。式を盛り上げる発明品を何か考えましょうか? とアズバーグに提案してみた。速攻で却下された。


 むしろ彼に「絶対に発明を披露してはならない」と言われてしまった。


「君の発明品はいつも斜め上のとんでもないモノが出てくるからな」


 頼むから大人しく花嫁のお役目に徹していてくれとお願いまでされてしまった。遺憾である。別に何かを爆発させようってんじゃないのに。この間作った光を発射する筒の理論を使ってアレをこうしてこうすれば……。


 私のための式なのだから、せっかくだからお妃としてだけではなく、錬金術師としての私もアピールしたいじゃない? ちょっとこう、ドレスに細工するくらいは良いわよね?


 といたずら心を出した私は、ドレスの仮縫いの時に、職人に話して金の針金をドレスに縫い込んでもらうことにした、装飾だと言ってね。乗り気になった職人はデザインの相談に乗ってくれた。


 金は魔力伝導率が良い素材なので、これの途中に発光する魔力結晶をくっ付けておけば、金線に魔力を通せば魔力結晶が光る筈だ。披露宴でドレスを光らせればみんな驚いて盛り上がるんじゃないかしら。


 ……くらいの軽い気分だったのよね。まさかあんな事になるとは思わなかったのだ。今では反省している。


 アズバーグの方も結婚式については色々企んでいるようだった。私とは違う方向に。


 というのは、彼は既に将来的に、自分の国を王国以外の所に創設しようと考えていて、この頃には既に場所の目星まで付けている状態だったようだ。


 そんな彼にとって結婚式は自分と私という将来の国王と王妃をお披露目する絶好の場所であり、多くの外国の王族が来ることから将来を見据えた外交関係を確立するのに格好の機会だったのだ。


 彼が第四王子とは思えぬほどの盛大な式を挙げたいと希望したのはこれが理由であり、そうとは知らない王族の皆様はうっかりこれに乗ってしまったわけである。


 アズバーグは国を創建のような大事業は一人では出来ず、多くの人の協力と多額の投資が必要であることをよく理解していた。


 それを得るにはまず何よりも信用、そして名声が必要である。


 単なる王国の第四王子ではなく、王族から強い期待をされた、盛大な式を許されるほどの存在であると、各国の使節に認識されれば、周辺諸国や諸侯と交渉がし易くなる。


 国造りに協力してほしい大商人だって、アズバーグがこれほど王族の皆様に期待される存在だと知れば向こうから寄ってくる事だろう。


 アズバーグのそういう思惑をこの時の私はほとんど知らなかったけど、彼が何かを企んでいる事は知っていた。彼との付き合いも大概長いしね。彼が王妃様を上手く乗せて、必要以上に私のドレスアップを豪華華麗にしようとしている事にも気付いていた。


 あまりの豪華さに、他の王子のお妃様から「私の時よりも豪華なのでは?」とクレームが付いたのよね。式自体も盛大すぎるのでは? と仰る方もいた。アズバーグはそれらを全て無視して、私を「将来の王妃」に相応しいようにモリモリに着飾らせたのだった。


 こうして、さまざまな思惑が入り乱れた私とアズバーグの華燭の典が、快晴の空の下、始まったのである。


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