十三話 初めての夜会
正直に言うと、私はアズバーグと婚約してからも自分はただの錬金術師のつもりでいた。
アズバーグと結婚する事にしたのも自分の研究のため。私の最優先事項は常に研究でありそのために私は生きていると言っても過言ではなかった、
しかしそうは言っても私は王子の妃になるのであり、世の中の人は私を錬金術師としてよりも王子の婚約者として見るようになる。その事が私はいまいち分かっていなかったのだった、
私はなにしろ婚約してからもいわゆる社交界には全然出ずに研究所に篭りきりだったからね。お茶会とか夜会とかの招待は全てお断りしていた。アズバーグも盛り場の見回りに忙しく、夜会には一切出ていなかった。婚約者が出ないのだからと、私も出なくて許されていたのだ。
しかしながら、アズバーグは盛り場に出向く事を減らすと同時に、徐々に社交に出るようになった。
社交とは遊びではなく政治である。貴族同士の利害関係を調整するのも、政策の根回しを行うのも、全て社交場で行われるのだ。王国で自分の意向を通そうとするなら、社交で貴族との間に良い人間関係を築いておく事は必須条件となる。
アズバーグは既に王国から独立して自分の国を創るのだという目標に向かって動き出している。そしてそのためには、将来創り上げた自分の国と王国との関係を良いものにする事が大事であるとも理解していた。
独立してもしばらくは弱小状態であろうアズバーグの国が、大陸有数の実力国である王国と敵対するような事があったら、国はすぐに滅ぼされてしまうだろう。
アズバーグは王子であり、国王陛下とも王妃様とも王太子殿下やその他の王子とも仲は良い。が、果たしてアズバーグが自分の野心を実現した時、それでも王族の皆様との良好な関係が維持出来るかと言えば微妙だと言うしかない。
その時に、アズバーグと王国の貴族達が個人的に良い関係を保っているかどうかが大事になってくる。王族といえど貴族達の意向は無視出来ない。王国の貴族がアズバーグの独立に賛成していれば、王族もそれを支持せざるを得ないのだ。
アズバーグが社交に出始めたのはそのためだった。彼は将来を見据えて貴族達との信頼関係を築く事を考えていたのである。
まぁ、この頃は私はアズバーグがそこまで考えていることは知らなかったし、知っていても私に関係なければどうでもいいと思った事だろう。
しかしながら私はアズバーグの婚約者だった。忘れていたのだけどそうなのだ。
となると、アズバーグが社交に出るなら私も出席しなければならない。出席するのが望ましい、ではなく、しなければならない。つまり義務である。
錬金術師としての研究が忙しいからというのは理由にならないのだそうだ。なぜなら、王子の婚約者としての立場が錬金術師としての私の立場より優先されるからである。
婚約者のいる男性が婚約者を伴わずに夜会に出るなんて恥ずかしい事で「浮気相手を見繕いにきました」と言うのと同じ破廉恥行為なのだそうだ。
それは、私だってアズバーグに恥をかかせるのは本意ではない。しかし、夜会に出るとなると、準備はものすごく大変だし。通常午後三時くらいから早くても十時くらいまで掛かるのだからその日はほとんど研究が出来なくなる。こんなのに毎日毎晩出ていたら錬金術師としての商売が上がったりになってしまうだろう。
私の抗議にアズバーグは簡単に解決策を出してくれた。一緒に出席するという部分は譲れないので、会場への入場は同時にするけど、退場はバラバラでも問題ないので私は早く帰って良い、という事だった。
入場も、私の準備に合わせて遅い時間に行けば良いので、私が研究を終えてから急いで帰って着替えて行けば良いという事になった。夜会における入場退場のタイミングはかなり自由なのだそうだ。
そう言われて私は気分がかなり楽になった。一向に上手くならないダンスをご披露しなければならないのは問題だったけど、時間的には盛り場の見回りと大して違わない。なので、私は夜会への出席に同意した。
繰り返すが、私はこの時まで自分が王子の婚約者であることを軽く考え過ぎていた。準王族として、貴族の社交場に登場するということがどういうことなのか、まるで分かっていなかったのである。
◇◇◇
というわけで私はアズバーグと共にフェルセン侯爵邸で行われる夜会に出席すべく、豪華なドレスに身を包み華麗な馬車へと乗り込んだ。時間は日が暮れてすぐくらいなので、盛り場に行く時間と同じようなものなのだけど、格好は大違いだ。アズバーグも仕立ての美しい青いスーツだし。
大して緊張はしていなかった。こういう格好をするのが初めてなわけではないし(国王宮殿に上がる時にはいつも着ている)アズバーグと馬車に乗るのも珍しい事じゃないからね。
しかし、アズバーグは呑気な顔をしている私を見て何故か苦笑した。
「豪胆だな。流石はレーム」
同行しているセイルイとモルメイがウンウンと頷いていた。今日は彼女達も付き添いなのでドレス姿だ。私は怪訝な表情になってしまう。
「どういう意味?」
「今日が社交デビューなのだぞ? 私とて初めて社交に出る時には緊張したものだ」
十三歳の時だったが、とアズバーグは言った。私はふーん、と思うだけで彼の言うことがよく分からないでいた。
それが分かったのは馬車をアズバーグに手を引かれて降りた時だったわよね。
フェルセン侯爵邸は流石に大邸宅で、国王宮殿に匹敵する規模だった。柱にも壁にも装飾が施されていて、そこらじゅうに魔力灯の灯りが輝いている。魔力灯だけで済むところを、幾つか篝火や蝋燭の灯りが揺らめいているのは装飾のためだろうか。
エントランスロビーには数人の着飾った貴族がいた。男女とも色とりどりの服を着てキラキラ輝く宝石をたくさん身に付けている。
と、その貴族の皆様が私とアズバーグを見ると、一斉にザーッと音を立てて頭を下げたのだ。流石に私も驚きに硬直する。
単に軽いお辞儀をしただけではない。腰を直角に折って、折ったまますぐには起き上がらない。
「楽にするといい」
アズバーグが言ったのだが、それでも皆様起き上がらない。アズバーグが囁く。
「君が許さぬと顔が起こせぬ」
「ら、楽にしてください!」
若干引き攣った声で私が言うと、ようやく皆様はゆっくりと身体を起こした。それを見てアズバーグが静かな口調で言った。
「皆、良い夜を」
「「殿下も、お妃様も良い夜を!」」
その唱和を受けて、アズバーグは頷くと、彼は私の手を引いて何事もなかったように屋敷の奥へと召使に案内されていった。
……ちょっとこれは聞いてない。私は背筋に汗がダラダラ流れるのを感じた。
広間に向かう間も、出会う貴族がみんな厳かな最敬礼を私たちに向けてくる。私たち二人が許しを与えないと顔を上げる事すらしないのだ。
広間の入り口にはフェルセン侯爵夫妻がいた。もう四十過ぎの白髪の恰幅の良い男性と、オレンジ色の派手目なドレス姿の女性。この二人は私たちを見るや、私たちの側に歩み寄って、静かに膝を突いたのだ。
「今日この良き夜に、殿下とお妃様のご臨席を賜りましたこと、誠に名誉なこととして受け止めましてございます。是非、お楽しみ頂ければ幸いでございます。ミルレーム様、初めての夜会に我が家での催しをお選び下さいましてまことに有り難く存じます。これを機会にお見知り置き下さればこれに勝る喜びはございません。女神に感謝を」
フェルセン侯爵は歌うようにそう挨拶をした。
「良き夜に、招待に感謝を」
対して、アズバーグの返事はごく短い。これは身分高い者は低い者に挨拶をする時の決まりのようなものだ。
「感謝を。フェルセン侯爵」
私はなんとか王妃様に習った通りの挨拶を返した。そう。一応夜会の挨拶の手順なんかは習ったのだ。しかしながら、こんなに誰も彼もに深々頭を下げられるものだとは知らなかった。
煌々とシャンデリアの輝く大広間に入ると、なんと会場中から拍手が湧いた。
「アズバーグ第四王子! 婚約者のミルレーム様ご入場!」
召使がそう紹介すると、拍手は一層大きくなった。私とアズバーグは手を振って応えたわよ。
会場の一番奥の目立つところに低い段が設られていて、そこには華麗な椅子が二つある。アズバーグはそこへ向かった。……まさか。
そのまさかだった。私とアズバーグはその椅子に腰掛ける。そこからは大広間が一望出来た。集まっている貴族は五十人くらいか。全員が私たちに注目している。
ひー! 思わず叫びそうになった。しかしアズバーグは慣れた様子で召使からワイングラスを受け取ると、周囲を見回した。私も同時にグラスを受け取っている。
「良き夜に! 王国万歳!」
「「王国万歳!」」
アズバーグの合図で全員がグラスを干す。ちなみに、アズバーグは酒を絶っているのでグラスの中身は水だ。私は発泡ワインを飲み干したわよ。
乾杯が終わると、貴族が次々に私たちの前に挨拶に来た。貴族のご夫婦が私たちの前で深々と頭を下げて口上を述べる。
ちなみに、跪拝と立礼の違いだけど、跪拝の方がより丁寧な挨拶で、本来は王族には常に跪拝で挨拶をすべきなんだけど、社交の場では立礼で許されるとの事。
普通の社交の場であれば、時間を短くするために社交での挨拶は短いのが普通だ。でも、今回の場合、私はこれが社交デビューで殆どの皆様とは初対面になる。
そのため、初対面の挨拶として皆々様非常に丁寧な挨拶を下さった。
「エーレンダー伯爵家当主ウベルツとその妻であるアイシャールより、アズバーグ王子とミルレーム様にご挨拶を申し上げます。ミルレーム様と初めてお会い出来た幸運に、夫婦共々身の震える喜びを覚えております。どうかこれよりお見知りおき下さいませ。女神に感謝を」
「感謝を。エーレンダー伯爵ご夫妻」
……正直辛い。なにしろ何十人もの人々に見守られながら挨拶を受けているのだ。長い口上の間、私は微笑んでジッと座っていなければいけない。王妃様直伝のお作法を発揮して、美しく座り、優雅に微笑み、頷き、妙に語尾を丸めた口調で歌うように挨拶を返さなければならない。これを何十組もだ。
社交って、適当に行って、ダンスしてお酒呑んでおしゃべりしてくればいいのよね? くらいに考えていた自分を引っ叩きたい気分になったわよ。社交のために王族のお作法を王妃様が私に叩き込んだ理由がようやく分かった。
私の無作法は即ち王族の無作法。私の失敗は王族の失敗。そう思ってね、と一応王妃様には言われていたんだけど、私には全然意味が分かっていなかった。こういう事だったのだ。見守る皆様の目線は、私が王族足り得るかどうか、相応しい存在なのかを見極めようとしてるのだった。
それはそうよね。王族になったというだけで、平民出身の錬金術師の小娘にこれほど丁重な礼を施すのが貴族の作法なのだ。少しでも相応しくないと皆様が感じれば、彼らは国王陛下に強い抗議を行うだろう。こんな娘は王族に相応しくないと。
夜遊びに興じている(と思われていた)アズバーグを王室の皆様があんなに心配し、生活を改善させた私に王妃様があれほど感謝して下さった理由も分かったわよね。貴族達からアズバーグが王族に相応しくないという意見が出てしまうと、アズバーグを王族から追放しなければいけなくなってしまう。
王族は敬われるが絶対者ではない。貴族達に認められなければ王権は維持出来ないのだ。実際に王国の歴史上、貴族の反乱で王権が怪しくなった事は何度かあるらしい。
幸い、今の国王様は貴族達から多くの支持を集めているから、現状の王権は揺るぎないものだけど、油断は出来ない。王族には少しの綻びも許されないのである。
平民から一足飛びに王子の妃になった私なんて絶好のツッコミ所だろう。注目する皆様はそういう目線で私を見ているに違いない。よくしてくださる王妃様や国王陛下、それとアズバーグのためにも無様は晒せない。
幸い、私のお作法は王妃様仕込みで「ミルレームならもうどこに出しても恥ずかしくないわよ」というお墨付きももらっている。私は緊張を押し隠しながら、優雅に上品に貴族達からの長い長い挨拶に耐えたのだった。
挨拶がようやく終わると、会場の雰囲気が変わる。それまで静かな音楽を奏でていた楽団が軽快な曲を演奏し始めたのだ。ダンスの時間である。
……きてしまった。いや、その、今日のこの時のために一生懸命練習はしたのよ? でも、私のリズム感は練習した程度ではなんともならないレベルなのよね。
しかし、アズバーグは優雅に立ち上がると、私に手を伸ばした。
「安心せよ。私がリードするからな」
お任せします、というしかなかったわよね。私はアズバーグの言葉通り、全身から力を抜いて彼に身体を預けた。アズバーグは私の腰を優しく引き寄せると、クルッと大きく回った。そのステップを見て楽団がゆったりとした曲を奏で始める。
夜会は、上位身分の者から踊るのが決まりだそうで、この夜会唯一の王族である私達が踊らなければ始まらないらしい。つまり他の皆様は踊らずに私とアズバーグに注目しているのだった。
私の踊りなんか見なくても良いから早く皆様踊ってくださいよ、と言いたいところなんだけど、上位者のダンスを鑑賞するのもマナーの一部なのだそうだ。
私はすっかり諦めているので、アズバーグになされるがままでいた。小憎らしい事にアズバーグは私の身体を振り回し、私が動いた方に足を出すだけでステップが踏めるように調整してくれた。これはアズバーグが楽団にそれで済むような曲をリクエストしてくれたからだ。
それで私たちは驚くくらい息の合ったダンスをしているように見えたらしい。セイルイが後で教えてくれたけど、感嘆の声さえ起こったそうだ。……リズム感がない私が余計な事をするよりも、アズバーグに任せた方がマシだという判断は間違っていなかったようだ。
ただ、アズバーグにここぞとばかりに抱き寄せられ、腰を抱かれ頬を擦り寄せられ、手を優しく握られて「美しいな君は」「そうだ、上手いぞ愛しのレーム」「良い香りだ」なんて耳元で囁かれ続けるのはかなり拷問だったけどね。
ダンスが終わって拍手が湧き、私とアズバーグは一礼して下がった。途端に私は婚約者をポイっと捨てて逃げた。最低限の義務は果たしたのだから、これで帰っても良い筈だ。長居は無用。
なのだが、話はそう簡単には終わらない。私は大勢の貴婦人に囲まれてしまったのだ。どなたも色とりどりのドレスに身を包んだ、高位の婦人ばかりである。
皆様、第四王子の婚約者に興味津々だったのだ。なにしろ私は貴族出身じゃない上に、婚約してからかなり経つのに一度も社交に出てきていなかったのである。つまり全く情報がない。それはどんな女性なのか、皆様気になっていたのだろうね。
「ミルレーム様、お見事なダンスでございましたね」
「ミルレーム様はお美しくていらっしゃいますね。特にその白金色のお髪が艶やかで」
「本当に。ところでアズバーグ様とはどのように縁を結ばれたのですか?」
私は香水の香りの中に埋もれて四方八方から質問攻めにされてしまった。どうにも、これでは簡単には逃げられそうもない。た、助けてー、アズバーグ!
と婚約者様の方を見ると、彼は彼で貴族男性に囲まれて対応を強いられていた。彼も久しぶりの夜会への出席だからね。とても私を救い出す余裕はなさそうだ。
つまり私は一人で貴族婦人達をあしらわなければならなかったのだった。もっとも、皆様ほとんどの方が私に敬意を払い、私が社交慣れしていない事が分かるとあまり矢継ぎ早に質問する事も控えて下さったけどね。
私は嘘も吐けないので、自分は錬金術師でありアズバーグには命を救われ、その流れでなぜか結婚する事になった事を説明した。ほとんどの貴族婦人の皆様は錬金術師がなんだかよく分かっていらっしゃらなくて、大魔力持ちということで貴族出身と勘違いしたみたいだったけど。
ただ、何人かは態度があからさまに悪くなった。多分だけど錬金術師と繋がりがあるお家の方なのではないだろうか。錬金術師は貴族未満の身分だ。変人も多いしね。錬金術師というだけで出身家に関わりなく下に扱われるのはある意味仕方がない。
「なにも錬金術師などを妃にしなくても。アズバーグ様も国王陛下も何をお考えなのかしらね」
と侮蔑の表情も露わに言われてしまった。ただ、私は準王族なので、ここまであからさまな侮辱に対しては、私はこの婦人を不敬の罪で罰することも出来る。まぁ、しないけどね。
しかし、周囲の婦人達は私が怒ったら大変な事になると認識して慌てだした。何人かが私にご機嫌をとるように声を掛ける。
「わ、私は錬金術師の方に会うのは初めてですの。錬金術師ってどのような事をなさるのですか?」
「魔術師とは違うのでしょう?」
私は言葉で説明しようとして。それなら何か錬金術を披露しましょうか、と考えた。国王陛下たちの前で鷹を飛ばした時と同じで、論より証拠である。皆様に錬金術師の事を知ってもらうのに良い機会だ。
「そうですね。では、ちょっと錬金術で余興を致しましょう」
この時、アズバーグが側にいれば多分私を止めたに違いないけど、この時彼は離れたところで男性方と歓談の真っ最中だった。
私はモルメイから、彼女に持たせていた筆とインクを受け取った。
「何をするつもりですか。バーグ様の許可を取って下さいませ」
「いいからいいから。余興だから大した事じゃないわ」
モルメイの警告を私は受け流し、筆にインクを付けると私はテーブルに置いてあった魔力灯に魔法陣を描いた。
この魔法陣は盛り場でコップを光らせる発明をした時に見つけた法則の副産物で、光を屈折して増幅させるものである。
そして私は会場に飾ってあった小さな女神像を持ってきて、魔力灯の前に置く。準備は完了だ。
「さて、皆様。あちらの壁をご覧ください」
私は会場の一方の壁を指し示す。ご婦人達は私に好意的な方もそうでない方も不思議そうな顔をして装飾以外なにもない薄茶色の壁に注目する。それを確認しつつ、私は魔力灯に描いた魔法陣に魔力を注いだ。
途端、壁に女神像の顔が大写しになった。魔力灯の光が女神像に当たり反射し、それが壁に拡大して投影されたのだ。女神像は白い石造りだったので、女神様の白い画像が意外にハッキリと壁に映し出される。
大成功。これ、意外と面白いわね。立体像がこんなにハッキリと写せるのなら、大勢の人に研究成果を説明する時とかに使えるかも。応用方法を研究してみる価値はあるかもね。
私はそんな事を考えながら女神像を動かしたり魔力を増減させて大きく映したり小さく映したりした。
しかし皆様からの反響は私の想像を遥かに上回ったのだった。
「だ、大女神様だ!」「な、なんと!」「き、奇跡だ!」「大女神様が降臨なさった!」
驚きの悲鳴がそこかしこから上がり、多くの人が次々と平伏した。期せずして祈りの声が上がり、皆様が壁に映された大女神様を拝み始めたのだ。
あ、まずい。と思った時にはもう手遅れだった。私が何をやるかを教えないで錬金術のご披露を始めた事もあって、私の周りのご婦人も全員が驚愕して平伏してしまっている。
まってまって! これは錬金術なの! ただの光の屈折を利用して像を投影しているだけなの!
……なんて言える雰囲気ではない。
どうしよう……。私が困り果てていると、いつの間にか私のすぐ横に来ていたアズバーグが小さな声で言った。
「ゆっくりと魔法陣から魔力を抜け。映像がちょっとずつ薄れるように」
私は彼の言う通りに、魔力を少しづつ魔法陣から抜いていった。すると、壁に映った女神様は段々と薄れ、壁に溶けるように消えていった。
「女神様はお帰りになられた」
アズバーグがいっそ白々しいまでに厳かな口調で言った。
「おおお。素晴らしい」「このような奇跡に立ち会おうとは」「なんと神々しいお姿だったのでしょう」
「そういえば、ミルレーム様が壁を見よと仰せになったら女神様が……」
「なんと、ではあの女神様はミルレーム様の呼び掛けに応えて降臨なさったのか?」
「なんという事だ。大魔術師は女神様と近しい存在だとは聞いていたが」
「王子の妃に推薦されるだけのことはある。見出した国王陛下は流石ですな」
……となんだか皆様勝手に納得なさったようだった。流石の私も「いえ、あれはただの錬金術で……」なんて言えなかったわよ。
この事件で、私はなんだか「女神様を呼び出せる錬金術師」という事になってしまった。巫女のような司祭のような扱いを受けるようになってしまい、より一層の敬意を払われるようになってしまったのだ。
錬金術で知識のない人を騙すなんて詐欺そのもので、錬金術師としての矜持に関わる問題だ。私は嫌だったのだけどアズバーグは「その方が色々都合が良いから黙っていろ」と言って。むしろ私は前例のない程の大錬金術師なのだと言いふらしているようだったわね。
ちなみに、この投影術は国王陛下や王妃様にもご披露してお二人から「これも国家機密」と言われてしまったので「女神様降臨事件」について私が説明する事は出来なくなってしまったのだった。
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