十二話 アズバーグ動き始める

 アズバーグは第四王子で、これは王位継承順位が第四位である事を意味する。


 兄君三人が病弱であるとか、暗愚であるとか、そういう理由があれば四番目のアズバーグにまで王位のお鉢が回ってくるかもしれないけど、兄君は全員健康で立派な方だ。アズバーグが王位に就ける可能性はまずない。


 彼に期待されているのは王の兄弟として、王室の藩屏として、次代の国王陛下を盛り立てる役割なのだ。


 元々はアズバーグはそういう自分の王族としての役割に、別になんの不満もなかった。兄君達とも仲は悪くないからね。


 ただ、なんとなく閉塞感や、つまらないものを感じて鬱屈して、夜の街で遊び歩くという分かり易い非行に走ったのだった。


 しかしアズバーグはそこで、自分のやりたいことを見つけてしまう。困窮し辛酸を舐めている平民の最下層の貧民達の姿を目にして、彼らを救いたいと願うようになる。


 伯爵として真面目に統治に取り組んで、そのお金で盛り場の貧民達に与えて彼らを救い出して行く過程で、アズバーグはその事に喜びと今まで感じた事のない充実感を得る。


 私に言われるまでもなく、自分には統治者の適性がある事にも気が付いただろう。盛り場の貧民だけでなく、自分の手で人々の生活を、この国をもっと良くして行きたいという欲求にも気が付いたに違いない。


 しかしながら彼は第四位で、王になれる見込みは全くない。そうすると、鬱屈の様相が以前とは少し変わってくる。


 彼は殊更に自分は伯爵だと主張するようになり、王族として振る舞おうとしなくなった。しかしながら盛り場の改革には以前よりも熱心に取り組んだ。それによって生まれた遊び人王子という誤解を否定もしなかった。


 無意識にだろうけど、自分が王になるという可能性をなるべく排除して、意識しないようにしていたんじゃないかしら。第四王子が王位を望んだら国が荒れてしまうからね。アズバーグだってそんな未来を望んでいるわけではない。


 夜の盛り場で呑めもしない酒を痛飲して、酔い潰れた彼がどんな夢を見ていたのか。心で膨らんでゆく思い。野心とも言い換えられるそれをどのような気持ちで抱えていたのか。


 そんな彼に、そういう事を一切考えない、考えなしな女(私です)が禁断の果実をもぎ取って見せたのだ。「王になれ」と。


 しかもこのバカ女の困ったところは、簒奪を促すような家族思いのアズバーグが絶対に頷かない提案をしたのではなく「王国以外の所に自分の国を創ればいい」という小賢しい提案をした事だった。


 王国がある大陸には複数の国家が存在していて、勢力争いをしているのだけど、それ以外の土地。つまりどこの国にも含まれない土地というものが多少は存在する。


 まぁ、そういう土地は山地だったり荒地だったり沼沢地だったり魔物の巣だったりして人が住めないところが多いのだけど、無政府状態の土地があるにはあるのだ。


 国家のモノでないのなら、私有して、そこに国を創ってもいい訳である。今は人が住んでいなくても、開拓して村、町を築いて住民を呼び込めば、それは立派に国と言っても良いだろう。


 私の提案はそういう事だった。これを聞いたアズバーグの目の色が変わったのは当たり前である。彼はその瞬間、自分の本当の望みを知ったのだから。


 自分の野心を持て余していた彼にとって、自分の家族と対立せず、誰にも迷惑を掛けず、それでいて自分の能力と野心を十全に発揮出来るその構想は、即座にアズバーグの「夢」になった。人生を賭けるべき目標になったのだ。


 彼はその夢に夢中になり、その時から全力を上げて本気でそれに向かって邁進する事になる。


 そして同時に、その「夢」を与えてくれた、自分の指針を指し示してくれた女神(私である)に強烈な感謝と愛を覚える事にもなった。


 その結果どうなるかというと……。


「おはよう。マイハニー!」


 ……これである。


「誰がハニーですか」


 朝食の席で顔を合わせただけで、美男子顔をデレデレに緩ませて微笑み掛けてくるアズバーグに私は目が死にそうになってしまう。


「君の事に決まっているだろう。本当は女神と呼びたいくらいなのだがな」


 それは昨日私が拒否したのだ。


「ハニーも止めて下さい」


「ではどう呼べばいい? 愛しい君の事を普通には呼びたくないのだがな」


 普通にミルレームと呼べば良いでしょうよ、と言いたいのだが、アズバーグのこの調子では承知してくれそうもない。このままでは際限なく恥ずかしい呼び方を開発され、間違ってその呼び名が定着しないとも限らない。


「……レームと呼んでください」


 本来は男性からの愛称呼びを許すというのは、その男性と親密である事を意味してしまうのだが、アズバーグは一応婚約者なので親密であるのは間違いない。仕方ない。


「分かったレーム。では私の事もバーグと呼ぶが良い」


 アズバーグの場合は誰彼なく自分を愛称で呼ばせているので特別感はない筈だが。それでも私が彼を「バーグ」と呼ぶようになると、彼は事の他喜んだものだ。


 アズバーグ私への扱いが甘ったるいものになると、お屋敷の中での私の扱いが微妙に変わった。


 それは元々私はアズバーグの婚約者で将来の夫人であり、お屋敷の女主人になる存在ではあったのだけど、私とアズバーグの関係が形式的なものであった為か、少しよそよそしいというか、お客さん的な扱いを受けてる感じがあったのだ。


 ところが、アズバーグが私をベタベタと好意を明らかにするようになると、お屋敷の使用人は私を本物の女主人として尊重してくれるようになったのだ。


 特に、女性使用人の私に対する態度が明らかに柔らかくなった。私は戸惑った。お屋敷の女性使用人は、いわば全員がアズバーグの愛人で、しかも彼に心酔している者ばかりだ。なのでアズバーグが私を寵愛するようになったなら、嫉妬するか嫌うかのどちらかではないのか?


 私がそう漏らすとモルメイは苦笑して言った。


「いえいえ、私たちはアズバーグ様のお選びになった方に異議を唱えるような事は致しませんとも。むしろこれまではアズバーグ様が意に沿わぬ結婚をなさろうとしていると心配していたのです」


 それが、アズバーグが私を心底愛せるようになったのなら、それに越したことはないと女性使用人は皆思っているのだという。


「私たちが願っているのは、恩人たるアズバーグ様の幸せですからね」


 愛人とかその程度の軽い存在ではなく、盛り場のどん底から救われた彼女達は、アズバーグのためなら命をも軽く投げ出す熱狂的なアズバーグ信者なのだ。


 その彼女達にとってアズバーグが心から愛するようになった私はアズバーグの半身も同じ。つまり私はもうアズバーグの一部として彼女達が絶対の忠誠を誓う存在になってしまっているという事だった。


 お屋敷の女性使用人だけでなく、他の男性使用人や盛り場に常駐している者達、アズバーグの領地にいる家臣なども当然同じく私に忠誠を誓っているとの事で、そんな何百人もの人に熱い忠誠を捧げられても困る。私には返せるものなんてないのだから。


「アズバーグ様を愛して、大事にして下さればそれで十分でございますよ」


 ……それが一番困る。


 私は断じてアズバーグを愛してなどいない。


 というか、正直に言えば、私はこれまで若い男性との付き合いがほとんどなく、男女の関係には非常に疎い。


 男性に好意を抱いたことすらなく、そもそもが男性に好意を抱くというのがどのようなものかも良く分からない。


 それなのにいきなり突然唐突に「愛している」なんて言われても困るのである。しかもついこの間まで「愛想も胸もない」なんて言われていたんだし。アズバーグに豹変されても嬉しくなどない。迷惑なだけだ。


 それは契約結婚の相手として、私は彼を信頼して人間的にはある程度信用している。能力は高いと思うし、王様になればかなり良い王様になるだろうとも思っている。


 でもそれとこれとは話が別よね。私はアズバーグに男性的な魅力など何も感じていなかった。というより、男性的魅力が何かも私には分かっていなかったのである。


 あと、これは感性の問題なのだが、私はアズバーグの女癖に関して、古典的な嫌悪感を持っていた。娼婦を買って毎晩遊んでいる、というのは誤解だと分かったけど、元娼婦の使用人と頻繁にベッドを共にしているのは間違いではないそうだから。


 それに、私に対してもそうだけど、女性に軽々しく触れてスキンシップを図るところも軽薄に感じて好きではない。そういう軽い男がいきなり私を熱愛し始めたって、本気なのかどうなのか信用出来ない、というのが本音である。


 私の戸惑いもお構いなしに、アズバーグはなんだか晴々とした顔をしていた。それまでのどこか影のある、気怠げな様子は霧散して。実に生き生きとした表情をするようになったのだ。


 そして、盛り場へ行く時間が激減した。行くのは行くのだけど、ほんの一時間ほどサッと歩くだけですぐに引き上げるようになったのだ。そもそも、サージェル達がアズバーグの代理として盛り場を取り仕切っているのだから、アズバーグが事細かに盛り場を見て歩く必要は既にないのである。


 その分、お屋敷に帰ってゆっくり寝る事が出来る訳で。アズバーグの体調はますます良くなったようだ。セイルイが随分と喜んでいた。「レーム様のおかげですね」と感謝されても困るんだけどね。


 つまりアズバーグは自分の体調に気を使うようになったのだ。なぜか。


 それは私が言った「王になる」事をこの時から本気で考え始めていたからである。


 一つの王国を創り上げるというのは大仕事だ。下手すれば一代では終わるまい。そんな壮挙を成し遂げるには、王たるアズバーグの健康と長寿は絶対条件になる。


 その事を理解したアズバーグはこの時から睡眠時間と食事、適切な運動に気を使い、酒は一切呑まなくなったのだった。


 同時に、自分の配下を王国の辺境に派遣して情報収集を始めた。もちろん、王国の外のどこの国でもない土地を調べる為である。


 今は荒地でも、手を加えれば立派に人が住める土地になるかもしれない。アズバーグの望みはこの時はごく小さな王国を創る事だったから、それほど広い土地を求めていた訳ではなかった。


 一度私は尋ねた事がある。


「貴方は王子なんだから、国王陛下にお願いして広い土地を頂いて、侯爵にでもなって、その領地を自由に経営するのではダメなの?」


 王国において貴族領はほとんど独立した存在であり、自由裁量が認められている筈だ。一から開拓して国を創るよりも手っ取り早いではないか。


 しかし、アズバーグは爽やかに笑いながら言った。


「ただの貴族ならともかく、私は王子だからな。侯爵領を頂いてしまうと、王家に従属せざるを得ない。私は自由な国が欲しいのだ」


 王室の藩屏として王家を護る立場を負わされると、事あるごとに王国のために働かなければならなくなる。アズバーグが創りたいのは平民の生活をあまり規制しない自由の国らしいので、時に王国のために平民を強制的に動員しなければならない王国貴族の立場ではダメだという事だろう。


 それなら好きにすればいいか、と私は考えてしまった訳だけど、考えてみればアズバーグが王になるという事は私は王妃になるのだし、しかも私は彼に協力を約束してしまっているのよね。


 どうもその協力には私が本当の王妃になって子孫繁栄にも協力する、という意味があるんじゃないかと気が付いたのはもう少し後の事だったんだけどね。


 とにかく、アズバーグは非常に前向きになり、ついでに私への態度が甘々のベタベタになってしまった。そんな状態で王城へ上がって国王陛下や王妃様と会えば、アズバーグの豹変具合はお二人にも一目で分かる訳で。


「本当に、貴女がアズバーグと結婚してくれて良かったわ!」


 と王妃様は手放しで喜んだし、国王陛下も元々期待を掛けていたアズバーグが、一時の投げやりな生活態度を見違えるほど改めた事で、私の事を大変信頼なさって下さったのだった。


 その結果、既に王妃様から予算を頂いていた私の研究費用は、なんと国王陛下の個人予算からも援助が頂ける事となった。既に王国予算から頂いている研究費もかなり増やしてもらっている上に、アズバーグは自分が使わない王族としての予算を全て私に預けてくれていた。


 つまり私の研究に使えるお金がとんでもない事になったわけよ。私は喜んで助手を数人雇って、大規模研究に予算を投入した。おかげで魔力貯蔵装置の研究は順調に進んで、いくつかの有効な魔法道具が開発された。


 私は喜ぶと同時にちょっと後ろめたくもなったのよね。国王陛下と王妃様、それとアズバーグがあんまり景気良く予算を下さったものだから、ちょっとは研究で恩返しが出来ないかと考えてしまったのだ。


 それで私は魔力貯蔵の研究の副産物で出た成果を使って、ちょっとした魔法道具を発明して、それを王城の国王宮殿に持ち込んだのだった。


  ◇◇◇


 国王宮殿にアズバーグに手を引かれて上がると、宮殿には珍しくアズバーグの兄王子三人と、もっと珍しいことにそのお妃様が勢揃いしていた。


 王子様のお妃様たちは、王妃様との折り合いが悪く、国王宮殿にはあまりいらっしゃらないのだ。しかもお妃様同士の仲も悪いそうで、公式行事でもなければ勢揃いする事などまずない。


 今日は単なるご機嫌伺いなので、王子様お妃様が勢揃いする理由はないと思うのだけど。私は不思議には思いながらも、ようやく身に付きつつあるお作法を守りつつ、皆様にご挨拶をした。


 王妃様と国王陛下は私と会ってくださる時はいつもニコニコしているのだけど、今日はやはり王子様お妃様が勢揃いしているからか、表情の読めないふんわりとした微笑を浮かべていらっしゃった。


 私とアズバーグは一つのソファーに身を寄せ合って座る。いや、結構広いソファーなんだからこんなにくっついて座る必要はないんだけども、アズバーグが事更に腰を抱いて引き寄せるのだ。これでも肘を突っ張って身を遠ざけているんだけどね。


 私はいつも通り王妃様に話しかけた。


「お義母様、今日は面白いものをお持ちしたんですよ」


 途端に厳しい叱責の声が飛んできた。


「無礼者! 王妃様に許しなく声を掛けるとは何事ですか! しかも畏れ多くも王妃様にその呼び方! 失礼にも程があります!」


 王太子妃のエーデルド様だった。焦茶色の髪を高く盛ったすごい髪型をしており、薄茶色の瞳を吊り上げて何やら怒っていた。私は首を傾げてしまう。王妃様が助けに入ってくれた。


「エーデルド。良いのです。レームには許しているのです」


「王妃様! そのようなことを許せば王宮内での秩序に関わります! 第四王子妃。しかもまだ結婚前の純王族に過ぎない者が王妃様に許しなく声を掛けるなどあってはならない事です!」


 キンキンと頭が痛くなるような声で叫ぶエーデルド様を見ながら、私は彼女が何を問題視しているのかがよく分からないでいた。


 すると、アズバーグが私の耳元に囁いた。


「エーデルド様は嫉妬しているのだ。君と母上の仲に」


「嫉妬?」


「君は母上と仲が良すぎるからな」


 どうやら、私と王妃様があまりにも仲が良く、国王陛下も私を気に入って非常に親密にお付き合い下さっていることで、王太子妃殿下も他のお妃様も危機感を抱いたものらしい。


 どういう危機感かというと、このまま私が国王陛下と王妃様と親密になり続けると、兄殿下三人を追い越してアズバーグが王位を継承することになりはないかと考えているらしいのだ。


 元々、国王陛下も王妃様も末っ子のアズバーグを非常に可愛がっていた。更にそのお妃予定である私がお二人に可愛がられているとなると、もしかして国王ご夫妻が皇位継承順位を覆してアズバーグを後継者として次期王に指名するのではないか、と疑えなくもないという事らしいのだ。


 いやいや、国王陛下も王妃様も、しっかり公私を分けられるお方だ。ご長男のセリヤーズ王太子殿下は優秀な方で、既に立太子もされてもいる。その王太子殿下を廃するなど、よほどの事がない限りなさらないだろう。


 そもそもそんな心配をするくらいなら、王太子妃殿下も他のお妃様も、もっと頻繁に国王宮殿に後機嫌伺いに来て、王妃様と親密にお付き合いすれば良いのだ。私ばっかり来ているから王妃様は私を可愛がってくれているだけなのだから。


 ただ、王太子妃殿下を始めとした三人のお妃は私をあからさまに睨んでいて、この状態で私が王妃様といつもの調子でお話をすると、彼女からのヘイトが大変な事になりそうな気がした。


 なので私は予定を変更してチマっと大人しくソファーに座って皆様の話を聞くだけにした。今日はせっかく持ってきた発明品をお披露目出来ないかもしれないけど、仕方ない。


 しかしながらお妃様方と王妃様の会話は、これがもううんざりするほど退屈だったのだ。


「グリムロード伯爵家の家督継承の承認はどうなっているのでしょうか?」


 第二王子妃のセフィリア妃が王妃様に尋ねる。グリムロード伯爵家というのは先日当主の方が亡くなったお家だそうで、なにやら家督相続で揉めているらしい。


「問題無く嫡男のドーベンが継ぐので良いのではありませんか?」


「いえ! 次男のフォスターの方が当主に相応しゅうございます! 嫡男のドーベンは粗暴で有名な男ではありませんか!」


 セフィリア妃の実家はバムベルト侯爵家というお家らしいのだけど、その侯爵家が次男のフォスター氏を推しているらしい。理由はよく分からないけども。王妃様はそれを聞いて眉の間に微妙な谷を作ってしまっていた。


「そんな話は聞いたことがございません。ドーベンは沈着な男ではございませんか。軍の幹部で人望もある。そのような者を理由なく家督を奪うわけには参りません」


「しかし王妃様!」


 こんな感じでお妃様達はもう一人の第三王子妃ルメリア妃も含めて、何処の家がどうの、領地争うがどうの、利権がどうの、序列がどうのという話を国王陛下と王妃様に延々と言い続けたのだった。終いには私は退屈のあまりアズバーグの肩に頭を預けて居眠りをしてしまったくらいだ。


 なるほど、これは私が王妃様に可愛がられるわけだ。王妃様は非常に飾らない性格で、お話は好きだし楽しい方である。その王妃様をあんなに渋い顔にさせてしまえるお妃様達は、ある意味凄い。これでは王妃様も国王宮殿にお妃様を呼びたがらないし、娘として扱いにくいだろう。呑気な私の来訪が癒やしになっていたのも無理はない。


 ちなみに、妃の夫である三王子もうんざりした様子でいるところを見ると、彼らとしても妃を国王宮殿に連れて来たくなかったのではないかと思われる。というか、旦那なんだから妻の事をもっと何とかして欲しいものなのだけど。


 私がいい加減退屈に飽き飽きしていると、アズバーグが私の肩を抱きつつ耳元に囁いた。


「空気を変えようではないか。君の発明品を披露すると良い」


 アズバーグそう言うと、いきなり私の肩を抱いたまま立ち上がった。何やら口から唾を飛ばして国王陛下に熱弁を振るっていたお妃様達の目が丸くなる。


「ど、どうしたのですか、いきなり。アズバーグ様」


 戸惑うエーデルド様を綺麗に無視し、アズバーグは国王陛下と王妃様に芝居掛った一礼をしてから言った。


「ここで余興の時間に致しましょう。真面目な話ばかりだと空気が淀んでいけない」


 アズバーグの言葉に、王太子殿下がホッとしたような声で仰った。


「そうだな。それで? なんだ余興というのは? ミルレームがまた何か見せてくれるのか?」


 国王陛下も王妃様も興味津々というお顔だけど、お妃様達は話の腰を折られて揃って渋い表情だったわね。私は素知らぬ顔で王妃様に向けて言った。


「お義母様や国王陛下のご支援で、研究が順調に進んでおりますので、その副産物で出来たおもちゃをお持ちしました」


「おもちゃ?」


「ええ。玩具です」


「まぁ! おもちゃですって! そんな物を国王宮殿に持ち込むなんて……」


 とセフィリア妃が騒ぎ出すが、王子達も国王陛下も私に注目していて誰も聞いていないので、声は途中で立ち消えた。


「本当にただのおもちゃですので、あまり期待しないで下さいね」


 王妃様に笑って頂こうと思っただけの簡単な代物だ。それが国王ご一家に見守られながらご披露することになるなんて。緊張してしまうわ。


 私がセイルイに持ってもらった箱から取り出したのは、紙で出来た筒だった。それを見てマルメート王子が若干失望したように言った。


「なんだ。本当におもちゃのようだな」


 そうだと言っているではありませんか。何を期待していたのですか。


 と私は内心思いながら、王妃様に紙筒を見せる。


「これに、魔力を少しだけ注入すると、面白い事が起こります」


「面白そうね。やってみてちょうだい!」


 王妃様がワクワクしたお顔で仰った。この方は好奇心旺盛な方なのだ。私は頷いて天井を見上げる。騎士の戦いの絵が描かれている天井は高いけど、魔力を込めすぎると天井に届いてしまうだろう。私は紙筒を手で持って上向きに立て、筒の底に魔力をほんのちょっと注入した。


 途端、紙筒の反対側から「ポン!」と音がして光が天井目掛けて打ち上がった。


「なんだと!」「陛下!」「きゃああぁ!」


 悲鳴が上がり、護衛の者達がザッと動き出すが、その時には光は天井付近まで上がり、そこでパーッと七色の光を放って分解し、消滅していた。


 ……これだけよ? 他には何も起こらない。玩具だもの。


 派手な光を放つだけで、万が一人に当たっても元はほんの少しの魔力なので何の危険も無い。パーティとかの余興や飾り付けに使えないかしらね? くらいの代物だ。魔力貯蔵の研究中に偶然出来た結晶を使っているので、これも立派な錬金術による魔術道具だ。


 あんまりしょうもないものだから、皆様をがっかりさせてしまったかな? と私は心配しつつ皆様を見ようと振り向いた。


 が、満足そうに頷いているアズバーグは兎も角、王族の皆様。王子様もお妃様も、国王陛下も王妃様も。目がまるーくなってしまって硬直していらしたわね。護衛の者達も顎が外れそうなくらい口を大きく開けてしまっている。


 そんなに驚くような事が何かあったかしら? と私は首を傾げたのだけど、アズバーグは私の側にやってきて両手を大げさに広げた。


「どうです? 面白いし、凄いでしょう? 兄上ならどう使いますか? この道具を」


 アズバーグに問われたマルメート王子は、色黒の顔に汗を浮かべながら言った。


「……そうだな。闇夜に放って照明に使える。もしくは大量に配備して目眩ましも出来そうだな」


 王太子殿下も頷く。


「飛距離は魔力によって伸ばせるのだろう? 敵陣に打ち込んで混乱させるのにも使えそうではないか」


 ……どうしてこの人達は単なるおもちゃを戦争の道具にしたがるかな。私は不思議に思うのだけど、アズバーグに言わせれば「君の発明品はいつもそれくらいとんでもないものなのだ」との事だった。……なら、これに使っている魔力結晶をもっと大きく育て、高魔力を封入すると炸裂時に光だけではなく熱も発する、なんて事は言わない方が良さそうね。


「す、素晴らしいわ! レーム。貴女は本当に天才ね!」


 大好きな王妃様が褒めてくれて私は笑みがこぼれてしまう。紙筒の構造を説明するために王妃様のお側に行くと頭を撫でて下さった。若干王妃様の笑顔が引き攣っていたのは気になったけどね。


「でも、これも大事な貴女の発明なのだから、他に漏らしてはダメよ? 良いわね?」


 アズバーグにも口を酸っぱくして「迂闊に発明品をばらまくな」と釘を刺されているから大丈夫ですよ。研究のお金を出して頂いているのだから、王室にも権利が発生することですし。


「どうです? 義姉上たち。私の婚約者は凄いでしょう?」


 アズバーグがお妃様達にそう自慢したのだけど、お妃様達は口元を引き攣らせた形容しがたい表情をしたまま、返事をしなかったわね。

 

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