五話 国王陛下の道楽息子

 何言ってんのか全然分かんない。どうしてアズバーグが国王陛下の息子なのよ!


 ……とパニックを起こしながらも、私は腑に落ちる部分を見付けてもいた。国王陛下が他家に私が奪われると困るので、アズバーグに結婚を命じた理由だ。


 アズバーグが王子、第四王子なのであれば、私がアズバーグと結婚すれば私の発明は王家の物となる。だから国王陛下はアズバーグに私と結婚するように命じたのだろう。


 私はあまりのショックに放心状態になりながら、アズバーグに引っ張られ、セイルイ達に背中を押されるように国王宮殿の中を進んだ、


 魔力灯を使ったシャンデリアがいくつも輝き、内部は真昼のように明るい。魔力灯はそれほど魔力を必要としないとはいえ、これほどの灯りを昼間から灯すとなると、結構な魔力が必要になってしまう筈だ。流石は国王陛下のお住まいだ。


 廊下を進み、続き間をいくつか抜け、そして行き着いた先に明るいサロンがあった。


 かなり広く、庭園に面した部分は大きな窓になっており、臙脂色のソファーが四つほど大きなテーブルを囲んでいる。十人ほどの人がいたわね。五人の人が座っていて、他の人は立っていた。


 アズバーグと私が入室すると、立っている人たちは頭を下げた。……まぁ、アズバーグは王子らしからね。しかし、座っている方々は立ち上がりもせず、あまつさえその中の一人の男性が口笛を吹きつつ手を上げた。


「おう、道楽息子が本当に嫁を連れて来たぞ」


「普通に美人ではないか。つまらぬ」


「まてまて、錬金術師だという話じゃないか。きっと面白い女に違いないぞ」


 なんだか好き勝手な言われようだわね。今日はアズバーグのお父様と面会に来た訳なのに妙に人数が多いような……。


「なんで兄貴達がいるんだよ」


 アズバーグの言葉で正体が知れた。アズバーグは四男。兄が三人いる。つまり、第一王子から第三王子までの三人の王子だ。


 つまり五人の内三人はアズバーグの兄王子なのだ。そして残る二人。


 明かな今アズバーグを囃し立てた三人の若者よりも年上の男性と、同じ年頃の女性。静かに微笑みながら二人はアズバーグと、私を見つめていた。


 国王陛下と王妃様だ。


 実は私はお二人には会ったことがある。「真なる錬金術師」の称号を授かる時に謁見したのだ。メダルを陛下手ずから頂いて、ちょっとだけお声を掛けて頂いた。私は緊張のあまりしどろもどろになってしまったんだけど。


 そのお二人が静かに私を見つめている。ひー! 聞いてない! 聞いてないわよ!


 アズバーグは私を引きずるようにして、国王陛下と王妃様が並んで座るソファーの前に出る。


「父上、連れて来ましたよ。コレが件の錬金術師です」


 曲がりなりにも結婚話がある相手をコレ扱いはどうなのか。


 国王陛下は軽く頷いた。


「ああ。知っている。ふむ、そうして着飾っていると実に美しいな」


 ……私はよく分かっていなかったから、思い切り平民の普段着で称号の授与式に出てしまったのだ。だって誰も着替えた方が良いって言ってくれないんだもの。染みの付いた白衣で陛下の前に出てしまったのである。


 それに比べて今の私は毎日モルメイが髪や肌を手入れしてくれて、今日は豪華なドレスを着てお化粧までしているのだ。見違えてくれなければ困る。モルメイに申し訳ない。


「本当に。白金色の髪も綺麗で、エメラルド色の瞳も美しいわ。貴方とはお似合いじゃない? バーグ」


 王妃様も仰った。栗色の髪と灰色の瞳を持つ女性で、年齢は確か五十歳くらいなのに今でも十分に美人だ。今日は水色の重厚なドレスをお召しで、なんというか、凄く迫力があった。


 一方、国王陛下は金髪青目で、アズバーグをそのまま五十代にしたようなご容姿だった。アズバーグの容姿は整っているので、国王陛下もかなりの美男子、イケおじだ。


 更に言うと、ニヤニヤ笑って私とアズバーグを見ている三人の王子も、全員概ねアズバーグに似ていて、つまり三人ともむちゃくちゃにハンサムだった。美男子一族だ。


 五人とも寛いだ姿勢で、笑顔も自然。つまり今のここは国王陛下御一家の一家団欒の場なのである。


 非常にいたたまれない。異物混入感が半端ない。


 それなのに、私は一つのソファーにアズバーグと並んで座らされてしまった。テーブルにはお茶とお菓子が並べられたけど、手など付けられたものではない。お茶を飲む作法だって知らないのだ。


 しかしアズバーグは優雅な所作でカップを摘むとお茶を飲んで喉を湿らせてから言った。


「いくらなんでも私がミルレームと結婚しなければならないというのは無茶苦茶でしょう。なんとかならないのですか」


 いつもはやや尊大な話し方をするアズバーグが、さすがにご家族には丁重な話し方をするのは見ていて面白いものがあったが、今はそれどころではない。私はアズバーグの主張に全力で同意した。口は出せなかったがコクコクと頷いた。


 単なる伯爵で道楽者で女好きで胡散臭いイケメンだというだけで結婚などとんでもないという気分だったのに、ましてその正体が第四王子だなんて。そんなのと結婚するなんて無理に決まっている。


 だって結婚したら国王陛下とご親戚になるということよ? この平民出身の錬金術師に過ぎない私が。とんでもない。似合わないにも程がある。


 しかし、王子様の中で一番年長に見える方は言った。


「仕方があるまい。結婚していない王子はもう其方しかいないのだ」


「例の魔術道具の重要性を鑑みれば、その錬金術師をなんとか王家の管理下に置いておく必要はお前にも理解出来るだろう?」


 と国王陛下も仰った。しかしアズバーグは納得しない。


「確かにそれはそうでしょうが、事は私の結婚ですよ? こんな事で人生の重大事を決められるのは迷惑です」


 全くです。すると少し髪の長い王子様がアズバーグに言った。


「夜な夜な平民街で乱痴気騒ぎをして娼婦を抱いているらしいではないか。王子にそんな事をされたら王族の品位に関わる。その女性と結婚して少しは落ち着くが良い」


 王妃様がうんうんと頷いていた。どうやらこの結婚話にはアズバーグの夜遊びを封ずるために強制的に結婚させたいという理由もあるらしい。それにしても相手は選ぶべきだと思うけど。


「そもそも、お前がその錬金術師を保護したのが事の発端だろうが」


「……後悔していますよ」


 アズバーグは肩をすくめた。そうねぇ。私を彼が保護して専属錬金術師にしようとしたのは全くの偶然だ。というか、助けたのは行きずりとしても、私を保護するために専属にしようとしたのは全く彼の善意だと言っても良い。その善意が意に沿わぬ結婚になってしまうのだとしたら、それは流石にアズバーグが可哀想だ。私は言った。


「アズバーグ様が私と結婚したくないのは無理もありませんよ。何とか結婚せずに私を保護する方法はないのですか? 例えば国王陛下が貴族達に布告を出して下さるとか」


 私が言うと国王陛下も三人の王子様もちょっと渋い顔をなさった。


「貴族に何かを強制的に命ずるには、何か見返りを与えねばならぬ」


 この国では国王陛下の権力は貴族に対して絶対的なものではない。


 国王陛下は貴族達よりも権威ある存在だが絶対者ではないのである。それは王都を抑え兵力財力では他の貴族よりも抜きん出てはいるけど、何人もの貴族が連合を組んで刃向かって来た場合にも圧倒出来るほどの差では無い。実際、そういう貴族の反乱を起こされて国王陛下が貴族相手に謝罪したり退位したりした例が何度かあるらしい。


 貴族相手に国王陛下が強権を振るうにはそういうリスクがあるのだそうだ。だから出来ればやりたくない。穏便に済ませたい。たかが錬金術師一人の為にそんなリスクは犯したくないというのが本音なのだろうね。


「本当は其方がその暗殺者とやらに殺されていれば一番面倒が無かった」


 少し色の黒い王子が皮肉に笑って仰った。なんてこと言うのかと思ったんだけど、確かに理屈ではそういう事になるのだろうね。私にとっては納得がいかないけれど。


「助けてしまったものは仕方がありません。いまさらミルレームを殺されても困ります」


「そうだな。それはそれで王族の名誉に関わる。というわけで仕方がないから結婚しろ。バーグ」


 色黒王子がイシシシと笑って言った。


 うーん。私は考え込む。困ったわ。どうも王族の皆様にとっては私の保護は理由の半分くらいで、後は何でも良いから放蕩者のアズバーグを結婚させてしまいたいというのと、面白半分というような感じらしい。まぁ、平民での錬金術師だもの。私の事なんかどうでも良いのだろうね。


「私なんかが伯爵夫人になるなんて無理ですよ。それに私は錬金術師としても、その魔力充填装置以外に大した発明品はないんです。魔力充填装置の理論を王族に忠実な錬金術師にお教えして、私は権利を放棄しますから、それで何とかなりませんか?」


 私は妥協案を示してみた。錬金術師にとって発明の権利は我が子も同然だけど、生きるためには仕方がないし、魔力充填装置は偶然発見した大して苦労もしていない発明なので未練も無い。それであらゆる面倒事が回避出来るなら楽なものだ。


 私の言葉に年上王子が唸った。


「確かに、いくら重大な発明を王族のものにするためとはいえ、アズバーグの結婚というカードをこんな娘に使うのもな……」


 王子の結婚だもの。大貴族との融和のためにそこの娘と結婚させるというような有効に使える場面は多いのだろう。そんな重大なカードをこんな平民出の錬金術師を保護するために使ってしまう事はない。そうだそうだ。


「そもそも、その娘は錬金術師としてはあまりにも若い。本当にそんなに重大な錬金術師なのですか? 父上」


 年上王子は私の錬金術師としての能力に懐疑的らしい。ムッとしてしまうけど、無理は無いわね。そう思ってくれた方が都合が良いので私は反論しなかった。


 しかし、国王陛下重々しく頷いた。


「ミルレームに称号を授ける時に調べさせて確認をした。錬金術師協会の理事たち曰く、百年に一人の天才錬金術師だという事だ」


 王子達はほう、と驚いたけど私もまぁ驚いた。あの頭の固い錬金術師協会のお偉いさんがそんな事を言うなんて。


「ただ、時折研究熱心なあまり暴走して大変だから、王家で保護した方が良いとも言われた」


 それで私に称号を授ける事にしたらしい。研究所を溶解させた身としてはぐうの音も出ない。


「それは面白いな。ミルレームとやら、ちょっとその実力を見せてみよ」


 色黒王子がワクワクした顔を隠そうともせずに言った。髪の長い王子も言う。


「そうだな。何かやってみせよ。私もそんな凄い錬金術師だというなら見てみたい」


 年長王子も頷いた。


「王家が保護するに相応しい実力を見せてくれれば、王家は総力を挙げて其方を保護するであろう」


 この人達、錬金術を大道芸か何かと勘違いしてるんじゃないでしょうね? 私は呆れたんだけど、期待されると応えたくなるし、実力を疑われるのもしゃくに障る。


 でも、直ぐに出来る錬金術と言われても……。


 するとアズバーグが私に声を掛けてきた。


「あれが良かろう。『生き返らせる』術だ。一度やって見せてくれたであろう。アレにはなかなか驚かされたからな」


 ああ、アレね。確かアズバーグのお屋敷に入ったばかりの頃、やはりアズバーグに「何かやって見せよ」とせがまれてやって見せた術がある。兄弟して思考が似ているのね。アレなら確かに大道芸じみているから丁度良い。


 私はサロンの中を見回した。おあつらえ向きの物を見付けて近付く。


 そこには鷹の剥製が飾られていたのだ。動物の剥製は貴族の屋敷の装飾に使われている事が多い。特に鷹は勇ましいからか男性のお部屋によく飾られているわね。


 私は剥製をチェックする。うん。きちんと羽の位置や形も複製されているわね。これがいい加減に複製されていると困るのだ。


 私はモルメイにインクと筆を用意してもらった。何やら始めた私に王族達は興味津々だ。


「何をするのだ?」


 色黒王子などはワクワクして身を乗り出している。少々お待ちあれ。私は筆にインクを付けて、剥製に手早く魔法陣を描いていった。


 そして仕上げに針で指先にちょっと傷をつけ、その血を剥製の頭に付けつつ魔力を送る。剥製の全身が一瞬光る。準備完了だ。


「お待たせしました」


 私はそう言って王族の皆様に一礼すると、ちょっと芝居掛った仕草で剥製を指し示す。そして同時に魔力を発して術を発動させる。


 すると、パキパキっと音がして、同時に剥製の鷹がバサッと翼をはためかせた。


「な、何だと!」


 年上王子が驚愕する。国王陛下も思わず立ち上がり、警備の兵士がささっと陛下の周りを囲む。大丈夫です。危険はありませんよ。私は微笑んでそのまま手を上に指し上げた。


 すると剥製の鷹はバタバタと翼を動かして宙に舞い上がった。王族の皆様は唖然呆然だ。鷹はお部屋のシャンデリアを巡るように飛び回り、そして私の差し出した手の上に降り立つ。私は鷹を腕に止まらせたまま一礼した。


「以上になります」


 返事は無い。王族の皆様は目が丸くなってしまっている。私はこれも愕然としたまま立っていた執事らしき人を呼んで鷹の剥製を渡した。


「職人に直してもらって下さいね」


「は?」


 私が執事に鷹の剥製を渡すと、剥製はその瞬間バラバラになってしまった。魔力が切れたからだ。剥製なんて動かすように出来ていないからね。あんな無理をすればそれは壊れる。


「……今のは、錬金術なのか?」


 年上王子が驚愕から冷めない様子で言った。


「そうですよ」


「生き物を操るなど魔術、ネクロマンサーではないか」


「違います。私は死体を生き返らせたのでは無く、物理的に操作しただけです」


 私がやったのは剥製の翼に魔法陣を描き、胴体に私の魔力を受信する魔法陣を描いただけ。私の魔力を受診した魔法陣が翼の魔法陣を動かしたのだ。


 鳥が飛ぶのに重要なのは翼と羽の構造で、極論すればこれが正しく動けば鳥は飛べるのだ。事はもう少し複雑で、翼を正しく動かせるように、針金で繋がっているだけの翼と胴体がバラバラにならないようにしなければならないんだけどね。まぁ、いずれもそれほど難しい術式でもない。


「……このような術を見たことがある者は?」


 国王陛下が重々しく仰った。


「いえ」「ありません」「初めて見ました」


 三人の王子が即座に答えた。それはそうかもね。これは私があの時アズバーグに言われて即興で考えた術式で、誰から教わったものでもないからね。


「この術も戦争で使えると思うのだがどうか」


 国王陛下が物騒な事を仰って、王子達も頷く。


「戦うのは無理としても、人形の兵士を動かして陽動に使う事は出来ましょうな」


「もう少し改良すれば飛ばして偵察にも使えそうではありませんか」


「爆発する魔術道具と組み合わせれば……」


 ちょっとちょっと。嫌ですよそんなの。そんな事に私の術を使わせないで下さい!私は慌てたんだけど、まさか王族の皆様の会話に割り込める筈もない。


「……確かに恐るべき才能だな。そうは思わぬか。皆」


「ええ」「まったく」「危険すぎる」


 国王陛下のお言葉に王子様方は即座に同意をした。いえいえ、そんな事はないですよ。きっと練達の錬金術師ならこのくらいの事はやって見せますって。他の錬金術師なんて師匠しか知らないけど。


「というわけだ。アズバーグ。諦めて結婚せよ。こんな錬金術師は野放しには出来ぬ」


 国王陛下のお言葉に、アズバーグはむっつりと押し黙って反論しなかったわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る