四話 契約結婚の事情

 アズバーグが語る事情はこういうことだった。


 アズバーグは錬金術師協会に「ミルレームはアイヒルーク伯爵家の専属錬金術師になった」と申請した。それ自体は錬金術師協会は問題なく受理したらしい。錬金術師が貴族の専属になることはよくあることだからね。


 だが、錬金術師は国王陛下の管理下にある。なので、アズバーグは続けて国王府と元老院に申請書を提出した。ちなみに、これら申請書にはもちろん私のサインも入っている。


 ところが、こちらの申請は各方面から異議が唱えられてしまい、全く話は進まなくなってしまったのだった。理由は「真なる錬金術師」である私を専属にしようと狙っている貴族が非常に沢山いたかららしい。それこそ公爵家侯爵家からも「我が家が先に申し出ていたのだ」という言い方で抗議が殺到したそうだ。


 確かに、私はアズバーグのお屋敷に入ってから手紙を(ろくに封も切らずに山と積んでいた)読み返したのだけど、アズバーグが言ったような名家から専属にならないかという勧誘が来ていたのよね。


 つまり私は雲の上にいるようなそういう大貴族からのお誘いを無視していた形になったようで、無視されたお家が怒って、それが暗殺未遂に繋がったのかもしれないという事だった。返事を出さなかったのは単なる不精だったんだけど。そんな事で殺されそうになるなんて……。


 それはともかく、私を専属にしたいという貴族は本当に多くて、あまりの抗議の多さに国王陛下も元老院もアズバーグの申請に対して許可を出しかねたらしいのね。


 そんな事を言っても私はすでにアイヒルーク家の専属錬金術師になる事に同意しているし、その手続きは正当なものだ。法的には文句が付けられないと思うのにどういう事なのだろうか。


 どうやら、クレームを付けてくる貴族は単に私に専属錬金術師になる事を求めているだけではなく、同時に養子縁組や縁談を申し込んでいるらしいのだ。確かに、手紙を読み返すとそういう内容になっているわね。


 そうなると、専属契約よりも養子や縁談申し込みの方が優先されるらしい。養子入りや結婚で錬金術師当人がその貴族家に組み入れられれば、それは他の家の専属のままなのはおかしいという話になるだろう。


 家に迎え入れてしまえば後は煮るなり焼くなりどうにでも出来るわけで、もしも私の命を狙う貴族が私を家に入れる事に成功してしまうと大変危険な事になる。


 なら全ての養子縁組や縁談を断ってしまえばいいのかというと……。


「相手が大貴族だとそれも難しいな」


 なんと他に話もないのに大貴族から持ち掛けられた話を断ってしまうと、不敬の罪で罰せられる可能性があるのだという。何それ? 酷くない?


「身分差というのはそういうものだ。公爵侯爵と、貴族未満の錬金術師ではな」


 下手に平民などと結婚していたら、離縁を求められる話になったかも知れないらしい。それくらい大貴族たちは私を強く我が物にしたいと望んでいるのだ。


「でも……、どうして私をそこまで欲しがるのでしょうね? 金を創り出せるって言ったって、金ぐらいその辺にもありますし、大貴族ならお金には困っていない筈ではありませんか」


「その事だがな。色々情報を集めた限りでは、其方が無制限に金を創れるという話は既に概ね否定されているようだったぞ」


 アズバーグによれば、私の実験の話は錬金術師たちによってそれぞれのパトロンに対して詳しい説明が為され、再現性の低さと金が出来ると言ってもほんのちょびっとである事は、少なくとも錬金術師と関わりのある貴族には周知されているのだという。


 なので大貴族が私を求めるのは、実は金の為ではないらしい。


 私は首を傾げた。他に私に価値がありそうな発明品はないと思うんだけど。私はなにしろ根本物質変成実験に多大な魔力と時間を費やしたせいで、他の研究はかなり疎かにしていたからね。


 アズバーグがため息まじりに言うことには、こういう事のようだった。


「その実験の際に、其方は七年分の大魔力を魔術道具に溜め込み、それを一気に発揮させる事でものすごいエネルギーを発生させたのだったな。何重もの魔力結界が跳ね飛んで石造りの実験棟が溶解してしまうような」


 そうですね。


「その実験に使った魔術道具が目的らしいぞ。どうやら」


 は? ……えー? あれは単なる魔力充填装置で、大して珍しいものではないと思いますけど?


「いや、錬金術師の話では、其方の魔力を七年分も溜め込み、しかもそれを一気に解放出来るような魔術道具は普通ではないそうだ」


 ……確かに、実験に使えるように、既存の物に色々改良を加えたのは確かだ。容量を増やす為に術式を書き換え、瞬時に一気に一点に魔力を集中して解放させるのに苦労して、何回も試作を繰り返したものだ。


 でも、あんなモノ、私の実験くらいにしか使い所がないと思うけども。


「其方は言ったな。失敗したら国が消滅してしまったかも知れないと」


 はぁ、そうですね。事実そうなったと思いますよ。なにしろ当方もない、常識外れのエネルギーでしたから。国どころか下手をするとこの世界が消し飛んでしまった可能性すらあるんじゃないかしら。


「……その威力は、兵器になり得る」


 ……はい? 私は間抜けな顔で口をポカンと開けてしまったけど、考えてみればそれほど突飛な話でもない。


 魔力を充填してエネルギー弾に変換して発射する魔力銃や魔力砲は既に実用化されている。それと似たようなものだ。


「これまで、高魔力を魔術道具で一気にエネルギーに変換して爆発的に発揮させる事は難しかったそうだな?」


 そうですね。それが出来るのは術式にイメージを上乗せ出来る魔術師だけ。それも失われた「核撃」の魔法くらいだった筈。現在の魔術師の火の玉や火の壁魔法は。魔力を爆発させるのとはちょっと違い。いわば魔力が油のように燃え続けているイメージだ。


 魔力銃や魔力砲も低魔力だから成立する魔術道具で、威力を高めようと魔力を込め過ぎるとかえって威力が落ちるらしい。


 そう考えると、私の発明したあの高魔力を一気に放出して爆発的にエネルギーに変換する魔術道具は、なかなか革命的な代物だったと分かる。発明した時には気が付かなかったけども。


「つまり、高位貴族たちは高魔力を爆発的にエネルギーに変換出来る魔術道具を求めているのだ」


 武器としてね。なんということか。私が軽い気持ちで考えた魔術道具はなんと大量破壊兵器になり得るモノだったらしい。


 さすがに私も狼狽した。私も私が創った魔術道具で大勢の人が虐殺される事なんて望まない。とんでもない。私は必死に言った。


「で、でもあれは、私の魔力を七年間も溜め込んだからあの威力になったんですよ! 生半可な魔力ではあんな威力は出ませんよ!」


「国一つ滅ぼすようでは威力があり過ぎるだろう。むしろ威力は落とした方が使い易い。それに、魔力は何も一人で封入しなければならないわけではなかろう? 魔力持ちが何人か掛かりで溜め込めば良いのだ」


 アズバーグが冷静に指摘する。つまり私が作った魔術道具そのものが欲しいのではなく、製作に使った理論が欲しいのだ。これを応用すれば、さまざまな威力の爆発物を作る事が可能になる。


 それは高位貴族が血眼になって欲しがり、同時に危険視するわけですよ。高位貴族は他国や他領と戦争する事が珍しくない。何か揉め事があるとすぐに軍勢を集めての戦争騒ぎになるのが貴族だ。


 絶大な威力の新兵器を手に入れられれば、戦争に勝てるばかりでなく、その兵器をちらつかせる事で他国や他領を脅す事が出来る。つまり抑止力として使うことが出来るのだ。


 それは欲しい。喉から手が出るほど欲しいだろう。戦争なんて縁遠い私にだって分かってしまう。


 ただ、錬金術師はそもそも戦争と縁遠い職業ではない。むしろ軍隊が使う新兵器の開発こそが錬金術師に最も求められていると言っても良い。そのために錬金術師は国王陛下から予算が与えられていると言っても過言ではないのである。


 そこまで考えて気が付いた。


「国王陛下のご意向はどうなのですか?」


 錬金術師は国王陛下の管轄下にある。なので、錬金術師の発明品は基本的には国王陛下に管理される事になる。ただ、これは建前で、錬金術師やそのパトロンの権利も無視できないため、余程の事がない限り、国王陛下が錬金術師の発明品の取り扱いついて干渉して来る事はない。


 だが、今回は戦場の様相を変えかねない重大な兵器の発明に繋がりかねない話だ。十分「余程の事」に該当すると思う。新兵器を手にした貴族が国王陛下に反乱を企む危険さえあるわけだから。


 その事を考えれば、国王陛下が私が貴族と専属契約を結ぶ事を簡単に許すとは思えないのよね。


 するとアズバーグはそこでなぜか苦々しいようにも見える表情を浮かべた。そして非常に嫌そうに言った。


「それが、結婚の話に繋がってくるのだ」


 国王陛下はアズバーグが出した私を専属にするという申請を却下した上でこう仰ったのだという。


「専属契約はこうして却下出来るが、養子、婚姻契約がもしも成立してしまった場合は破棄が出来ない」


 錬金術師の専属契約は、国王陛下の管轄なので理由さえあれば却下、破棄を命じる事が出来る。


 しかし婚姻は、神の管轄である。国王陛下は神の代理人として国家を治めているのだけど、それだけに神を尊重せねばならない。婚姻は神への誓いによって神の名の下に行われる誓約である。なので、たとえ国王陛下でも却下や破棄は出来ないのである。


 見も知らぬ私の元に貴族たちからたくさんの求婚がなされた理由はこれで、専属契約が国王陛下に却下されてしまう事を大貴族たちは見越していたのだろう。


「更に陛下はこう仰った」


 国王陛下は「他の家にミルレームを奪われると大変厄介な事になる。なのでアズバーグ。お前が結婚してミルレームを他家に奪われぬようにせよ」と仰せになったのだそうだ。


 ……は?


 私は大きく首を傾げてしまう。なんか色々おかしい気がする。


「国王陛下は私が他家に奪われると困ると仰ったのですよね?」


「……そうだな」


「アイヒルーク伯爵家なら良いのですか?」


 他家、が王家以外を意味するのなら、アイヒルーク伯爵家も他家だろう。それなのに他の大貴族はダメで、アイヒルーク伯爵家、アズバーグなら良い理由が分からない。


「なぜなのでしょう?」


「……知らん」


 完璧に嘘だ。何かアズバーグにとって都合の悪い事情が何かあるのだろう。私は眉間に皺を寄せてしまう。


「隠されては困ります。私は貴方となんて結婚したくありませんよ。なんとかならないのですか?」


「私だって結婚なぞしたくはない。しかし、国王陛下に命じられてしまってはな……」


 だからなんで一介の伯爵であるアズバーグに、陛下が国家の重大機密と言える私を(正確には私の知識を)預けようと考えるのか。そこが知りたいのに!


 私がうぬぬぬとアズバーグを睨んでいると、控えていたセイルイがアズバーグに助け舟を出した。


「バーグ様、とりあえず色々確認するために、ミルレーム様をお父様にご紹介してはどうですか?」


 お父様、という言葉を聞いてアズバーグがわざとらしく下唇を突き出した。すっごく嫌そうな顔だ。アズバーグはどこかの名家の四男だと聞いた。分家として独立したとはいえ、父親には逆らえないのだろう。


 確かに、結婚は普通は親が決める事であり、いくら国王陛下が命じたとはいえ、アズバーグの父親の許可なくして彼は勝手に結婚出来まい。彼の父親にお伺いを立てるのは真っ当な手順ではある。


 アズバーグは渋った。


「結婚するしないは置いておいて、何もミルレームを父上に紹介する必要はあるまい」


「いえ、お父様がミルレーム様を気に入れば、バーグ様と結婚する以外の方法を考えて下さるかもしれないではありませんか」


 それは良い考えだわね。私はセイルイの言葉に光明を見出した。いや、そのお父様とやらに私が気に入られると思ったわけではない。逆だ。もしもそのお父様に私が引き合わされたなら。お父様は「こんな女は家の嫁に相応しくないぞ!」とびっくりすると思ったのだ。


 なにしろ薄汚れたマナーも何も知らない平民出の錬金術師なんだからね。私は。伯爵夫人なんか全然柄ではない。ましてそれ以上の家柄であるらしいアズバーグの実家、その当主であるお父様とやらは私を見たらびっくり仰天。そんなのと結婚するなどまかりならんと叫ぶに違いない。


 そうすれば私はアズバーグなんかと結婚しないで済むだろうし、そのお父様とやらはアズバーグと私を結婚させないために、私を保護する何か別の方策を考えてくれるのではないか。


 そう期待した私は言った。


「そうですね。私もアズバーグ様のお父様にお会いしてみたいですね」


「何を考えているのだ、ミルレーム」


 アズバーグが目を細めて私を睨む。私は素知らぬ顔で言った。


「結婚の話は別にしても。当家にお世話になるなら、本家の当主にあたる貴方のお父様にご挨拶しておいて損はないではありませんか」


 私とセイルイは二人してアズバーグに私とお父様を会わせるように促した。アズバーグは本気で嫌そうな顔をしてグズグズと渋っていたが、彼だって私と結婚などしたくなかったからだろう。遂に折れてこう言った。


「分かった。そうだな。こうなったらミルレームを父上に見せて判断して頂こう。父上もミルレームがどんな女性か気にしていたからな。……だが、ミルレーム。後悔するなよ?」


 アズバーグが低い声でそう言った時、私はちょっとドキリとした。なんというか、嫌な予感がした。だけど、その時はなんでそんな予感がしたのだか、想像も付かなかったのよね。


  ◇◇◇


 三日後、私とアズバーグはお屋敷の車寄せから馬車に乗った。


 前回乗った馬車はお忍び用の黒い馬車だったが、今日の馬車は青地に金の装飾がふんだんに施された豪奢な馬車だった。四頭立てで、前後に御者が乗り、更に護衛に七騎の兵士が付いていた。なんとも大袈裟だ。


 大袈裟といえば、私とアズバーグの格好もかなり大袈裟だった。私は紫色のフワッとしたドレスで、白金色の髪には金とダイヤとエメラルドの髪飾りが輝き、胸元にはサファイヤのブローチ。真珠のネックレス。足元は白い高いヒールの靴だ。なにこの格好。一体どこのお姫様なのか。


 馬車で私の正面に座ったアズバーグも青に銀糸でびっしりと刺繍されたジャケットを着て羽飾りの付いた帽子を被っている。元々見た目は凛々しいので、そういうちゃんとした格好をしていると、なんだか王子様めいて見えるのよね。


 ちなみに今日のお供であるセイルイとモルメイもきちんとしたドレス姿だ。彼女たちも同じ馬車に乗っている。なんというか、本当に大袈裟である。こんな格好をしないと会えない「お父様」って一体何者なのかしらね。


 馬車は滑るように進んだ。どこへ向かっているかはよく分からない。アズバーグは不機嫌そうだし、セイルイ達もちょっと緊張した表情だったので、質問をするのは憚られた。まぁ、着けば分かるでしょう。


 なんて思っていたら馬車はすごく見覚えのある門を潜った。私は驚く。


「王城?」


 なんと王城の外門だった。王城の敷地内には錬金術師の研究所や寮があるから、この門は日常的に潜っているから分かる。しっかりした城壁に開いた穴倉のような門を抜けると、王城の庭園が広がる。


 私は首を傾げる。お父様とやらは王城に住んでるのかしら。有り得なくはない。王城に部屋を頂くのは貴族にとっては名誉な事だとされているみたいだし。


 あるいは王城のお部屋を借りて面会を設定したとか? うーん、貴族の風習は良く分からないわね。


 なんて私が考えている内に、馬車は進んで王城の奥深くにまで進んでいった。私が住んでいた寮とは全然違うエリアだ。森の中を抜け、何度か鉄柵に開いた門を潜った先に、瀟洒なお屋敷が建っていた。緑の屋根に白い漆喰の壁。金銀で装飾が施された、それは華麗な建物だ。馬車はそのお屋敷の前で静かに停止した。


 アズバーグのエスコートで馬車を降りた私はあまりの豪奢さに感嘆した。魔術灯がそこら中に灯してあり、それが金銀で反射して眩しいくらいだったわね。


「凄いわね。ここ何処なんですか?」


「国王宮殿だ」


 ……え?


「こ、国王宮殿ってなに?」


「国王陛下のお住まいだ」


 ……えーっと。


「ここで貴方のお父様に会うのよね?」


「そうだ」


「こ、国王陛下に場所をお借りしたの?」


 アズバーグは呆れたような顔をした。


「ここは陛下のプライベートなお住まいだぞ? そんな事が出来る筈がない。主宮殿と一緒にするな」


 王城の中心にある巨大なお屋敷を主宮殿と言うらしい。あれが公的な宮殿で、こちらは国王陛下の私的な宮殿なのだ。


 嫌な予感がヒシヒシとした。とんでもない。まさか。そう思いながらも、聞かずにはいられない。私は恐る恐る問いかけた。


「アズバーグ様、これからお会いするというのは……」


 アズバーグはは〜っと長い溜息を吐いて、そして言った。


「国王陛下だ。国王メイヒオール三世陛下が私の父なのだ」


「……ひゃい?」

 

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