第12話 ラスト・トレイン・ホーム

摺鉢山を確保してから少し時間が経って、何とか歩けるようになった。辺りはもう暗くなりかけている。

ニカイドウのことが気になっていたので、タナカや中隊長達と別れて一人摺鉢山を下山し、ニカイドウと別れた場所へ戻ろうとしていた。


目立った怪我は負っていないが、疲労のせいか一歩一歩踏み出すのが辛かった。足が重い。

パイルに貫かれた水陸両用車の残骸を通り抜け、ニカイドウと別れた辺りへ近づくと足元にドロイドの死骸が見えた。それも一つや二つではなく、辺り一面に数え切れないほどに死骸が転がっていた。


虫の鳴き声の聞こえてきた暗闇の中に横たわる一人の人影があった。


「先輩!無事だったんですか!?」


その人物はハアハアと言いながらも答えた。


「...おう、トキワか...。来てくれたのか、俺はこのまま一人で死ぬかと...」


そう答えるニカイドウの声はいつもより弱々しかった。


「縁起でもないこと言わないでください。摺鉢山は確保しました。軍曹達の所へ戻りましょう。立てますか?」


「いや...無理だ。ちょっと肩貸してくれ...」


「わかりましたよ。」


そう言って俺はニカイドウに手を出して立たせ、右肩を貸した。右腕をニカイドウの腰に回し、左腕でニカイドウのショットガンを持った。軍曹達と別れた所へまた歩き出す。


もう完全に暗くなっていたので、スーツのライトを付けた。バッテリーはもう無いに等しいがライトを付けて帰るだけなら持ってくれるだろう。


「ゲホッ...ゲホッ...ああ、くそっ。」


ニカイドウが咳き込み、血反吐を吐いたのが分かった。状況はあまり良くなさそうだ。急がないと。


「しっかりしてください。軍曹達の所へ戻って、オキタ先輩に診てもらいましょう。」


「ああ、...そうだな。ところでさあ...俺、お前にいつも見る夢のこと話したよな。知り合いがホームから飛び降りた、ってやつ。」


「話してましたね。何で俺にそんな...」


「昨日の夜、夢見なかったんだよ。」


俺の言葉を遮りニカイドウが喋る。


「え?」


「夢、見なかったんだよ。いつも見るのに。今日は何かがおかしいと思ったけど。トキワが来てくれて安心したよ。」


「.......」


そんな会話をしつつ、先へ進んで行く。途中にも車輛の残骸や体を撃ち抜かれた無残な死体を沢山見た。

気を病みそうだ。


急に右肩にグッと重さが来た。ニカイドウの体重が俺にかかったのか。隣のニカイドウを見ると意識が無いように見えた。


「先輩、あと少しですよ。頑張ってください。」


そう呼びかけるも返事は返ってこない。俺は少し焦り、ニカイドウを地面に一旦下ろしてから担いで運ぶことにした。


「きっとオキタ先輩が診てくれる。」


ボソッと呟いたがやっぱり返事は返ってこない。もうしばらく歩いて、軍曹達と別れた穴に戻って来た。

軍曹とオキタはサバルを担架に乗せ、穴の中で待機していた。

俺の姿に気付いたのかこっちへ呼びかけてくる。


「トキワか。お前が戻って来たって言うことは、摺鉢山は取ったんだな。それから後ろに担いでんのはニカイドウか?」


「そうです。ニカイドウ先輩が今気を失ってるのでオキタ先輩に診てもらいに来ました。」


そう言って穴の中へ入った。担架の隣に座っていたオキタがこちらへ来る。


「よし、そいつを見せてくれ。」


オキタに言われて、俺は担いでいたニカイドウを地面におろした。

それを見ていた軍曹が俺に話しかける。


「しかしお前、ニカイドウに訓練をつけてもらってたのは知ってたが、摺鉢山を取ってきて目立った傷一つ無いのはすげぇんじゃねえの。多分あっちはドロイドがうじゃうじゃいたろ。成長著しいな。」


「これも訓練のお陰ですかね。」


「そういうのは誇っていいんだぞ。」


「ありがとうございます。」


軍曹と話していると横からオキタが深刻そうな顔で口を開いた。


「...なあ、トキワ。ニカイドウのことだが...」


「無事だったんですか?」


つい遮るように口を挟む。


「いや...もうだめだ。息をしてない。コイツはKIAだ。」


「えっ...?」


「こいつの腹にこぶし大の穴が空いてる。...多分パイルに撃たれたんだろうな。数時間は経ってる。」


「いやでも、さっきまで普通に話してたのに...」


「それはもうこいつの根性としか言えないな...最後の力を振り絞って動いてたんだろうな。」


実際それはなんとなく分かっていた。俺が肩を貸して歩きだしてから、いつもより弱々しかった。それに俺にいつもの夢を見なかったことを話した。それが何を意味するのかを察せないほど俺はバカじゃない。


でもその現実を俺は受け止めたくなかった。

ニカイドウの事だから、きっとふざけた調子でまた生き延びると。きっとまたトレーニングルームで俺にクラフトワークの魅力をうんざりするほど話してくれると、心の何処かで思ってた。


でも現実ってやつは残酷だ。死は唐突で、あっけなくて、突然現実にやってくる。

ニカイドウはもう帰ってこない。


目元が滲んで、熱くなった。


「...先輩、起きてくださいよ...」


もちろん返事は帰ってこなかった。

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