第6話 フリーフォール
七月十七日午前三時、ここは普段の隊員が寝泊まりする駐屯地の宿舎だ。この宿舎で俺の分隊、G分隊が今日の作戦の確認をしていた。
軍曹がミーティング用の大きくテーブルに硫黄島の地図を広げ、硫黄島最北端の北の岬から少し西の漂流木海岸に向けて指を指し、口を開く。
「いいか、大隊はこの北の岬から漂流木海岸にかけて上空からウォーバードで展開する。降下作戦だ。俺達の分隊はこの漂流木海岸の方に展開する予定だ。硫黄島の地質は柔らかい砂地で、隠れる場所はねえ。」
実際、太平洋戦争中の硫黄島の戦いでは、硫黄島特有の柔らかい砂地で戦車が動かなくなり、なおかつ隠れるための穴も掘れなかったので米軍は多数の死者を出したそうだ。
軍曹の左から話を聞いていたサバルが口を挟む。
「軍曹、支援はあるんですか?」
「硫黄島は絶海の孤島だ。一応海軍の第二艦隊も出撃するから、艦隊の艦砲射撃がある。それから水陸両用車数十台の機甲師団とウォーバードの航空支援がある。まあすぐにパイルでやられちまうがな。」
海軍も出撃するのは初耳だった。人類とドロイドの戦争になってから、海軍はもはや不要と言っていいほどだった。
というのもドロイドは海底を移動して来るし、主戦場も上陸先の土地での陸上戦だからだ。ウォーバードを発艦させるための空母はまだ使えるが、駆逐艦や巡洋艦はほぼ必要が無くなってしまった。
「もしもの時の増援は?」
「そんなもんねえよ。」
サバルが黙った。軍曹が続けて口を開く。
「よし、もう質問はねえな。これから五分後にスーツと銃、それから弾薬類とジャンプキットを各自持って飛行場に集合だ。」
「「「「了」」」」
分隊は宿舎から出てそれぞれの装備が保管されている保管庫に向かった。G分隊の装備は宿舎の真横にある第二保管庫にある。保管庫でスーツを着ていると、横からニカイドウが話しかけてきた。
「降下作戦だぜトキワ。ジャンプキットの訓練を活かす時が早速来たな。」
「生きて帰れますかね。」
「きっと帰れるよ。」
その会話を横から見ていたサバルが、不思議そうな顔をしていた。
「伍長、いつの間にトキワと仲良くなったんです?」
オキタも便乗するように口を挟む。
「そうだぞ、トキワ。無理してコイツと話さなくていいんだからな。」
「うるせえぞヤニ野郎。それからサバルは伍長呼びをやめてくれよ。嫌いなんだよ、それ。」
そんな会話を俺は微笑ましく見ていた。きっとこれから地獄が待ってる。リラックスは大事だ。
◇◇◆
「そろそろ降下だ。ジャンプキットを温めとけ。」
軍曹が喋ると同時に乗っているウォーバードの左右のドアが開いた。そろそろ降下だ。下で見た艦隊は休むことなく艦砲射撃を続けている。硫黄島が更地になってしまいそうだ。
そんなことを考えていると、突然ウォーバードに轟音とともに大きな衝撃が来た。機体が激しく揺れ、俺を含めた分隊全員が手すりに手を付いた。
「クソっ、何なんだよ!」
オキタが叫ぶ。開いた左側のドアからウォーバードの右翼が見えた。エンジン部分にこぶし大の穴が空いていた。ドロイドのパイルだ。
『ヤツらの射程内に入ったんだ!パイルを撃たれた!右翼を被弾!』
ウォーバードのパイロットが叫んでいる。
このままじゃ乗っている機体がハチの巣にされる。
機体に警告音が鳴り響く。更に衝撃。秒速900mのパイルが右翼にもう一発撃たれたようだ。
「全員降下を始めろ!このままじゃ戦う前に墜落死だ!」
軍曹が叫ぶ。それに続けてまずオキタとニカイドウが降下。ウォーバードから飛び降りる。そこからサバルが少しためらうも軍曹に背中を押され降下。
「あとはお前だ!早く飛び降りろ!」
そう言って軍曹も降下を開始した。降下訓練はアカデミー時代に何度か行った。俺は高い場所が少し苦手で、成績はしたから数えた方が早いくらいだった。
行くしかない。
「ああ、クソっ!」
そう叫び、左側のドアから飛び降りる。落下時特有の内蔵が浮く感覚を味わいながら降下を開始。気分は最悪だ。乗っていたウォーバードはパイルが運転席を貫通し墜落したのが見えた。
「うおおおおおおッ!」
凄まじい速度で落下しながら絶叫する。ジャンプキットの起動準備をしなければ。足を下にして、着地の用意をする。あとはタイミングよく起動するだけ。
地上まで約1500m。
1200m。800m。400m。
どんどん落下していく。下からはドロイドのパイルが幾つも飛んでくるが当たらない。
あと100mも無い。今だ。
ブーストジャンプを起動。背中から高圧力で空気が噴出される。足を付き着地。水しぶきが飛ぶ。そのまま姿勢を保てず転んでしまう。口の中に潮の味がした。
浅瀬の方に着地したらしい。
海水に濡れた体を起こすと前方から飛んでくる無数のパイルと突撃する歩兵の姿が見えた。後ろからは上陸艇に乗った水陸両用車が見える。目の前にパイルが着弾し砂を浴びる。
地獄の戦いが始まった。
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