第5話 腕とスーツ その三

「いいか!考えるよりも先に動けるようになれ。脳ミソのOSに動きを染み込ませろ!」


ニカイドウが叫ぶ。今はそんなの頭に入る状況じゃない。目の前から飛んでくるポッドをかがんで避ける。次の瞬間背中に大きな衝撃がくる。つい「ぐあっ」と声を出してしまう。スーツを着ていなかったら背骨が砕けてただろう。


「一回止めてくださいっ!」


「おっ、もうギブか?」


「流石にキツいですって。」


ニカイドウがつけてくれる訓練というのは非常に単純で、ドロイドを模した訓練用ポッドの攻撃を避けつつ反撃し倒すというものだった。

これが単純ではあるが案外難しい。ポッドは複数でかかってくるからどこを優先して攻撃するか、どのタイミングで避けるかを考えて動かなければならない。


ニカイドウはいつも「動きを染み込ませろ、そうすれば機械的に体が動くようになる。」と言っている。

訓練が始まって一週間で出来るわけが無い。想像よりもこの男は鬼畜だった。


「一回休んでいいですか...」


「おう。」


スーツのヘルメットを脱ぎ、官給品の水筒の中の水を飲む。正直、ニカイドウがつけてくれる訓練は、入隊した新兵がまず行くことになる新隊員養成アカデミーの訓練よりも実戦的だった。ポッドの動きもそれなりにドロイドに似ている。


「お前、一週間でここまでついて来れるのは中々やるな。結構戦闘のセンスあるんじゃねえ?」


「はあ、そりゃどうも。」


ニカイドウが今の疲れ果てている俺に何を言ったって皮肉にしか聞こえない。さっき打たれた背中が痛む。

ふと、俺はニカイドウの訓練について疑問を持った。


「先輩って、俺の訓練の時に動きのアドバイスとかあんまりしないじゃないですか。なんでかなと思って。もっとこう動いた方がいいとか、言うもんじゃないですか、普通。」


「あぁ~...」


「何か訳があるんですか?もったいぶらないで教えてくださいよ。」


ニカイドウは再度「あぁ~...」と言い、俺の前に座った。何なんだこの人は。実際訓練が始まってからまだ数回程度しかアドバイスらしいアドバイスをもらっていない。その訳が単純に気になった。


「そうだなあ...俺っていつもさあ、動きを染み込ませろって言ってるじゃん。そうすれば考えずとも動けるようになるって。」


「そうですね。嫌になるほど聞きました。」


「お前怒ってる?」


「いえ、別に。気になっただけです。」


「そうかぁ。それでな、俺の言ってることって、自分なりの動き方を身につけて脳ミソのOSに染み込ませればいいってことなんだ。」


「さっきと言ってることが変わってないですよ。」


「うう~ん...」


ニカイドウはおもむろに悩んだ顔をした。俺の質問はそんなに難しいことだったのだろうか。

更に悩んでから口を開いた。


「あれだよ、俺が言いたいのは"自分の"動きってことだ。この訓練で自分なりの、自分のやりやすい動きを身に着けてもらいたいって話だ。だから俺のアドバイスはそんなに必要無い。」


「それって先輩要ります?」


「そう言うなよ。もう十分休んだろ。次だ次。」


そうやってニカイドウは俺の前から立ち上がった。そのまま操作盤に付き、トレーニングポッドの操作パネルに手を伸ばす。


「次はブーストジャンプをやってみるぞ。ジャンプキットを着けろ。」


ブーストジャンプの訓練はこれが初めてだった。

ブーストジャンプというのはスーツの拡張機能の一つで、背中に取り付けたジャンプキットから高圧力で空気を噴射し、立体的で機動的なジャンプや移動を可能にする。


トレーニングルームのジャンプキットを借りて背中に装着しながらニカイドウの方を見る。ニカイドウはまだ操作パネルをいじっている。


『トレーニングプログラムCを開始。ポッド三機を起動。』


トレーニングルームのOSがアナウンスをする。そのアナウンスとともに訓練用ポッドが三機出てくる。


「ブーストジャンプに慣れれば今までよりも速く動けるぞ。爽快感MAXだ。頑張れよ。」


この人はクスリでもやってるんじゃないかと思っていると、ポッドに背中をどつかれた。

その後ブーストジャンプに慣れるのに数え切れないほどポッドにどつかれ、一回背中を打撲した。

結局ブーストジャンプでまともに回避が出来るようになったのはこれから一週間後だった。

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