同人誌愛好家殺人事件

木村雑記

人の推しカプを笑うな

「犯人はおそらく凶器をまだ…持っているはずですから…」

「なんだと!?」

 イベント会場は騒然となった。元々騒然としていたが。

 小学生探偵のビッグサイがわコミケは、島中に座る女性を指差して叫んだ。

「そうでしょ? スペースNo.マ37564aの…宮本すけさん?」

 宮本夏暮夏州之助、本名あかまいは悠然と答えた。

「おもしろい推理ね探偵さん…同人作家にでもなればいいんじゃないかしら…いいわ、聞かせてもらおうじゃない…ただの同人作家の私が、一体どうやって被害者の西さいおうどくろうさんを撲殺できたというの? 鈍器は見つからなかったんでしょ? 持ち物検査だって受けて…」

「同人作家だからですよ…」

 コミケは差したままの指を、宮本の机の上へと向ける。

「あるじゃないですか鈍器なら…あなたの出している、その520ページある再録本ですよ…」

「!!」

 ドゥールルッドゥッドゥーン…ドゥールルッルー…ルー…ルー…

「調べればすぐに出てくるはずですよ…再録本に染み着いた、西王手さんの血痕がね!」

 宮本はパイプ椅子から崩れ落ちた。つられて布が引っ張られ、机の上の本が地面に散らばる。一冊だけあからさまに血みどろになった本が、重ねられた一番下からまろび出た。そんなもん持ち物検査の時に真っ先に調べとけよ。

「なぜこんなことを?」

「あいつ…笑ったのよ…」

 んーんんーんー…んんんー…んー…んっんー…(※回想)

『ねえ見て! こんなカップリング、誰が読むのかしら? あんたほんとに原作読んでんの?』

『アハハハハハ…アハハハハハ…』

 んんんんんー…んんんー…んー…んーんー…(※回想おわり)

「許せなかったのよ…私のカップリングをあざ笑ったあの女が…だからわからせてやったのよ! 私の推しカプ愛の結晶で…CPオタクの風上にも置けないあの女にね!」

「バカなことを言うな!」

 新刊しんかんぜんくれ警部の怒声に、宮本ははっと顔を上げた。

「それならどうして推しカプの再録本を凶器に使ったりしたんだ!」

「新刊全部暮警部の言う通りだ…」

 毛利もうり此処ここから此処ここまで全部ぜんぶ買応かおうも続ける。

「本当にそのカプが好きなら、推しカプへの愛が詰まった本を人を殺す道具なんかにできねーよ…お前が愛してるのはそのカップリングなんかじゃねー! CPオタクの風上にも置けないのはお前も同じだ! ただの自己愛に満ちた犯罪者なんだよ!」

「う…うぅううう…刑事さんの…言う通りです…」

 こうして事件は解決した。

 連行されていく宮本の背中を見ながら、コミケはぼそりと呟いた。

「一番の被害者は、界隈から殺人者を出しちまった宮本と同じカプを推してる愛好家達なのかもしれねーな…」

 宮本の本を買いに来ていた参加者達は、死んだ魚のような目をしながら黙って強く頷いた。

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同人誌愛好家殺人事件 木村雑記 @kissamura

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