第3話 ほーこく

 夢みたいな状況だったが、どうやら現実らしい。

 俺は今別の世界に連れてこられて女神の補佐官をすることになってしまった。

 握りしめられた手から伝わる熱は確かに現実であることを突きつけてくる。

「じゃあ……とりあえずもうおわりでいい?」

 女神が天井に向かって声をかける。

「いいでしょう。次からは自己判断なさい。今回だけですよ」

 天井から声が響く。

「よぉし、じゃあ出よう」

 女神は俺の手を繋いだまま部屋から出ようと歩き始める。

「おい、待ってくれよ。俺はどうする?」

「いっしょにきて」

「えぇ……」

 女神が扉を肩で押し開ける。ひんやりと冷えた廊下の冷気が部屋に流れ込んで来た。

 扉の向こうの廊下は薄暗く蝋燭で照らされ赤い絨毯が引かれている。

「こりゃまた……」

 随分と凝った装飾の廊下だ。壁から伸びたモニュメントに燭台がついておりそれがこの廊下を照らしている。モチーフは……天使か?その他にも人間らしいものや見たことの無い生物のものもある。

「ちょっとこわいよね……」

 女神はそう言うと握る手の力を少し強める。

「どこに行くんだ?」

「ほーこく」

 そう言うと女神はとてとてと廊下を歩く。廊下の装飾に見入りながら歩調を合わせていると女神の足が止まった。

「ついた」

 女神はひとつの大きな扉の前まで来たようだ。

「ここは?」

「せんせーの部屋」

「先生?」

 恐らくさっき聞こえてきた声の主がいるのだろうか。俺も少し気合いを入れることにした。

「じゃ、あけるよ」

 女神は雑にノックをすると扉を開けた。


「メリアせんせー、ただいまかえりました」

「おかえりララ。それと……転生者の方」

 そこにいたのは翼の生えた端麗な女性だった。まさしく天使とはこういうもの……こいつみたいなちんちくりんの子どもじゃ話にならん……。

「えっと……」

「私はメリエ・アイデンシュテル。あなたもメリアと呼ぶといいわ」

「メリア……さん」

「よろしい」

 さんをつけなければならない雰囲気だったが正解だったようだ。どうもこの人は上司になる人物のようなので気を抜かない方が良さそうだ。

「それで? まずは名乗るのが礼儀じゃなくて?」

 早速冷ややかな目線が突き刺さる。

「も…申し遅れました……僕は清原 空です」

「そらくん?」

「あなたも自己紹介なさい」

「はいっ!」

 女神が手を上げる。

「ララ・リトヴィアです!」

 ララ。先程もメリアさんから呼ばれていたがそれが女神の名前か。

「よろしくな、ララ」

「はぁいっ!」

「それじゃ、とりあえず説明していこうかしら」

「お願いします!」

 メリアさんは俺たちに椅子を用意してくれた。

「ここに座って」

「はい!」

「それじゃあえっと、空くん。まずあなたには転生補佐官になってもらうことを説明しておきましょう」

「はい」

「まず大まかに説明しますと、この場所は死んだ者の来る場所。ですが普通と違うのはここに来ることができた者は使命を果たすことができれば再び現世に帰ることができるということです」

  要するに、あの世とこの世の狭間にある場所……みたいな感じかな。

「そしてあなたの仕事はこのララとともに転生の条件を見繕ってあげることです」

「あの、質問いいですか」

「なんでしょう」

「転生者にはどんなスキルでも見繕うことができるのですか」

「いいえ。その人物の魂の容量を超えてしまうものは与えることができません。それを見定めて適材適所の転生条件を考えること。それがあなたたちの仕事です」

「なるほど……」

 しかしこの仕事、ララがやるにしては荷が重いような……。

「あたしも、しっかりがんばります」

 当の本人は気合十分のようだが……。

「それで、雇用期間についてなのですがこの子は少々特例なんです。この子が満足するまではここにいてもらってもよろしいですか」

 ……ここで断ったらどうなるか試したい気持ちもあったがその選択肢は初めから無い。そんな気がする。

「わかりました」

「ありがとうございます。報奨についてはご心配なく。必ず悪いようにはさせませんので」

 それをきいて安心した。

「さて、それでは今後になりますが、あなたにはここで暮らしてもらいます。ここは転生管理局と呼ばれている場所ですが施設を出れば町にも行けますよ」

「でも俺できるかな……」

「だいじょぶだよ」

 こいつに言われてもな……。

「あ、そうでした。大切なことを忘れていました。あなたの身体についてです」

「身体?」

「そうです。あなたの身体はこれから長期保存させていただくので1度手放してもらわなくてはなりません」

「手放すったって……どうしたら……」

「転生してもらいます」

 結局俺も転生するのか……。

「あ、じゃあなんでも選べる感じですか? スキルとか種族とか!」

「調子に乗らないでください。魂のランクが低ければ何ら特別なものにはなれませんよ」

 俺の期待はあっさりと一蹴された。

「とりあえず魂を見させてもらいましょう」

 そう言うとメリアさんは俺の胸に手を当てる。

「年齢……19、まだお若いですわね……人生経験……あら、挫折の多いこと」

 何やら色々と読み取られている……恥ずかしいな……。

「……なるほど。わかりました」

 メリアさんは俺の胸から手を離すと何やら念じるような動作をし始めた。

「ふぅ…こんなところでしょうか」

「あの、何したんですか?」

 メリアさんはまるで全て終わったかのような顔をしたのでつい訊いてしまった。

「ああ、あなたを創りました」

「え……」

 俺を創った……?

「隣の部屋に行きましょうか」

 そう言うとメリアさんは部屋の奥にある扉を開き俺たちを導いた。


 そこは開けた空間になっていて照明はついていなかったが床や壁に描かれた紋様が不規則に光を放っていた。

「な、なんですかここ……」

「アトリエ、といったところかしら」

  暗くてよく分からないがその中央には何かがあった。

「あれは……人形ですか?」

「そうね。でもそうではないとも言えるわ」

「なぜですか?」

「魂を持てば生物になるもの」

 まさかあれが……俺になるっていうのか?

「さぁ空くん。君は生まれ変わるのです。人の身から抜け天の使いとなりその使命を果たしなさい……」

 またメリアさんが俺の胸に手を当てる。今度は先程と違い強い喪失感を感じた。

 一瞬意識が飛んだかと思ったら、目の前には俺の身体があった。

 驚きで声をあげようとしたが喋れない。どうやら今の俺はメリアさんの手に収められているらしい。

 そのまま先程の人形のようなものの近くまで運ばれる。

「さあ、目覚めの時です」

 メリアさんはゆっくりとその中に俺を入れていった。

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