第2話 よろしくね!
目の前で起きた有り得ない光景に、俺は開いた口が塞がらなかった。
うるせぇガキだと思っていたやつが唐突に恐ろしくなる。
いや、いやいや……ありえるか?要するにビームだぞ?手から。掌から。
もう一度光線の当たった場所を見る。やはりそこには確かに未だ燻った焦げ跡があった。
「う……うん。信じてやらないこともない……かな」
飽くまでスタンスは崩さずに話そうとするも俺の身体は震えていた。
「さむい?」
そう言って少女は覗き込んでくる。
「おわっ!」
「ひゃっ!」
反射的にデカい声が出た。もはやこいつを同じ人間とは思えなかった。……ということは……。
「女神……」
つい口から出てしまった言葉を少女は聞き逃さなかった。
「あ! 言った! 言ったね! わぁい! 信じてくれたぁ!」
そう言いながら小躍りする様は正しく幼子のそれに違いなかったが……しかし俺にはもうこいつに逆らう気は全くなかった。
「俺が悪かった。いや……悪かったです。だから……」
「やだなぁ。敬語はやめて? さっきまでのほうが話しやすいもん!」
「あ…あぁ」
もはやどういう態度を取ればいいかもわからない。今の俺は客観的に見たらひどく情けないだろう。
「それで……本題に入ってくれないか。俺は……死んだのか?」
「うん。しんだよ」
あっさりと真実を突き付けられる。
「死因は? どこで? 誰にやられた?」
疑問はいくらでもある。部屋で寝てただけの俺が死ぬはずがない。
「なにそれ?どーいうこと?」
どうもこうもないが。こいつはそんな簡単な言葉も知らんのか…。
「むずかしいことはいいよ!」
良くは無いが…これ以上この話を続けても無駄なようだ。受け入れるしかない。
「それで…俺はどうすればいい?」
「はい。じゃあまずはこれみて」
女神が服のポケットから何やら本のようなものを取り出す。その厚みは一体どこにあった……?
女神はその本を祭壇の上に置くとぺらぺらとページをめくった。
「うん。これ!えっと、ここみて」
女神が示したページにはわかりやすく…というかいかにも子ども向けの絵本みたいにわかりやすすぎるくらいに説明書きがされていた。
「てんせいの…きまり」
そのページのタイトルのようで、以下には転生に関するルールが示されていた。幼稚な絵とひらがなだらけの文字で書かれていたが要約する。
転生者は女神の加護により次の特典を受ける。
固有スキルの獲得、種族の変更、知識の共有、またその他の支援。
これらを獲得した転生者はジュダストロへ転送される。
ジュダストロに転生した者たちは使命を負う。果たすことができれば褒賞を持って現世へ帰還し、今回の死をなかったことにできる。
……ジュダストロっていうのは、多分異世界の名称だな。この女神はそこの世界の女神ってことか…?それより…使命を果たせば死なずに済む!?
「なぁ! 生き返れるのか!?」
「うん」
また平然と女神は言い放つ。
「でもかなりあとになるって」
「どのくらい?」
「え~100年とか…?」
100年……! 絶句した。それだけの時を生きたならもう人生なんてどうでも良くなりそうだ……。
「あ、でもね。ごほうびあるから」
「そうだ!褒賞!その内容によっては全然良いぞ!」
「それはねぇ~…じゃん!」
女神は大袈裟にポーズをとる。
「なんでも願いを叶えてあげよ~う!」
「ほ…ほんとか!?」
まさしく夢のような話。それさえ叶えば俺は後の人生何不自由なく暮らせるかもしれない。
望むなら金か?金さえあればなんでもできる。家も食い物も女だって手に入る。いや、しかし…どうだ。それを狙われたらおしまいだ。常に殺される恐怖に震えるかもしれない。ならいっそ絶対に死なない身体とか?いやでも…死なないからこそ何かもっと恐ろしい目にあわされそうな…。
「ね、おにいちゃんはなにがほしいの?」
きらきらした目で女神が見つめてくる。
今まで考えていた薄汚い欲望を見透かしているかのようだ。
「えっと…世界平和…とか?」
「えーっ!すごい!かっこいーーっ!」
それを聞いた女神はぴょんぴょん跳ねながら感激する。……胸が痛んだ気がした。
「じゃあおにいちゃんのごほうびはそれね」
そう言いながら女神は懐からペンを出そうとした。
「いや! ちょーっと待った! 待て待て! 早まるな! うぅん…まだね、その…まだわかんないじゃん? ね! だから……達成した時とかで…ね!」
必死で女神に言い聞かせると女神は出しかけたペンを引っ込めた。
「ふぅん」
少し残念そうな顔をされたが…仕方がない。私利私欲のために願望を実現しないやつなんていないだろ…。
「それで?まずはじゃあ…種族?ってのは何。どんなのがあるの?」
「あたしがすすめるのっ!」
「いいよもうだいたいわかったから。お前遅いんだもん」
「ふぇ…」
「勘違いするなよ。これはお前のためだ。俺はお前を手伝ってやってる。そうだろ?」
「そっかぁ…!」
そう。大体わかった。こいつは確かに恐ろしい力があるがまだ子ども。手懐けてやればいい。そして主導権を握っちまえばその使命とやらも有利に進められるはずだ。
「じゃあしゅぞく!このページね!」
女神はまたページをめくる。そこにはイラスト付きで丁寧に種族について書かれていた。
とりあえず人間は存在している。しかし他のものは見慣れないものが多い。
「魔法を使えるのか?」
「にんげん以外はね」
種族は大きく分けると3つ。ひとつは人間。もうひとつは魔法生物。そして最後に天使だ。女神はこの中でいうところの天使に該当するらしい。
「てんしのなかでもね、あたしはえらいの。ふつーはこんなしごとできないんだよ?」
「できてねぇじゃん」
「ぷん……」
女神は頬を膨らませた。
「とにかく、この3つの中から選べばいいんだな」
「あ、だめだよ。ここから先はあたしのしごとです!」
どうやら女神が俺の転生先を決めるらしい。
「えっとね…おにいちゃんはぁ……怒鳴るのが得意だからバリバリーになってもらおっかな!」
「ちょっと待って」
「ん?」
「一応聞くけど…それは?」
「はい」
女神が本を差し出す。
そこに書かれていたのは女神が言っていたバリバリーの図鑑説明だ。
バリバリー、熱帯地域に小規模で生息する魔法生物。雷を纏いながら叫ぶことで周囲にイナズマを発生させる。
「えっと…ただの生物の一個体……?」
「うんっ!」
「スキルは…?」
「なしっ!」
「ま、待て待て! なんだそれは! 余りにもひどくないか!? いくらなんでもそれじゃあ転生者の意味が無い! 記憶持ってたとしても何もできないぞ!」
「あ、そーかも」
「わかればいい…」
「じゃあこれ」
女神は再び本を示す。そこにはまた変なイキモノが描かれていた。
「あのさ……」
「ん?」
「お前この仕事どのくらいやってんの?」
「えっと……」
女神は黙る。
「もしかして、はじめてか?」
「……」
俺が訊くと女神はこくこくと首を縦に振った。
「そんな気はした……お前図鑑から適当に指せばいいと思ってるんだろ! 多分この仕事はそういうんじゃないから!」
「じゃ…じゃあどうすればいいのっ!」
「もっと相手の前世の情報や嗜好から転生先やスキルをだな……」
ピンポンパンポン~!
俺が女神に解釈を言うとどこからかアナウンス音が聞こえてきた。
「ララ。待ちなさい」
「はいっ!」
天井から突然響いてきた声の主に向かってか女神が声を上げ急に気をつけの姿勢になる。
「やはりあなたはまだ未熟……。女神を任せる訳にはいきません」
「そんなっ!できます!できますからっ!」
女神が天井に向かって顔を上げ必死に訴えている。なんか大変だね。
「……ならば、条件があります」
「はいっ!」
「その男を補佐官にしなさい」
「はいっ!!」
……は?
「それでは以後そのように勤めなさい」
「ありがとうございますっ!」
天井からの声は聞こえなくなった。
「よぉし!がんばるぞっ!」
女神は拳を握りしめている。
「お、おい……」
「んぇ?」
「今の話……」
「あ、きいてたよね! おしごとつづけてもいいんだってぇよかった~」
「それは良いんだが! なんか、俺がどうのって言わなかった?」
「うん。よろしくね! ほさかんさん!」
女神はにっこりと笑うと俺に手を伸ばしてきた。
「いや、それは……まぁ過酷な世界に行くよりはいいんだろうけど、どのくらいの間?」
「わかんない。でも多分あたしが1人前になるまで?」
なるほど……100年近く別の世界で過ごすよりもここでこいつに仕えた方が早く使命を果たせそうだ。
「よしわかった! やろう! やらせてくれ! 頼むぞ!」
伸ばされた手を掴もうと俺も手を伸ばす。……が、例の模様が邪魔してそれすらも叶わなかった。
「あ、ごめんね。これ解かないとね」
女神が息を吹きかけるとその模様は消し飛んだ。
「あらためて! よろしくね!」
そう言うと女神は俺の手を両手で掴むとぶんぶんと振った。
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