第7話 悪夢の街


「はっ? サーシャはアンタの娘さんだろ? お酒まだ残ってるのか、おじさん」


 アーシュは父親に向かってそう言ったが、父親は手を顔にかざして、困り果てたような顔をしている。


「んー、私に子供は居ませんが……。誰かと勘違いしてるんでしょうか」

「ちょっと待ってくれ。私たちは昨日サーシャという少女に街を案内されて、1日を過ごしたんだ」


 カリーナは動揺を隠せず、少し荒い口調になっていた。


 レインは自分の手のひらの上の流星の砂を見た。


「まだ死んではない。他の人に聞いてみよう」


 3人はレストランを飛び出して、サーシャを探しに出掛けた。


 ところが、屋台の人、菓子パン屋さんのおばさん、その他にも聞いて回ったが、帰ってくる答えは一つ。


「「サーシャって誰だ?」」


 3人を除いて、誰もがサーシャの存在を忘れている。


「一体どうなってるんだ? なんで皆んなサーシャの事忘れてるんだよ……気味が悪い」


 アーシュの顔は青ざめていた——カリーナも同様だ。だが、レインだけはある仮説を持っていた。


(サーシャはまだ生きていてるが、町民から存在を忘れられている。けど、私たちはサーシャの事をハッキリと覚えてる。そして、私の魔力感知には引っかからない)


「もしかしたら……嘘を付いている?」

「どういうこと、レイン?」

「街全体がサーシャの事を忘れようと嘘を付いている。魔法の気配はなく、サーシャがまだ生きているとすれば、彼女に関わる何かが起きて、黙秘しなければならないナニカが潜んでいる」


「んーーー、つまり?」


とかね。それも強力な」


 3人が噴水の近くで話をしていたら、グラムが近寄ってきた。


「おい。こっちだ」


 グラムに連れられて、彼の家へと入っていく。

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 グラムは部屋へ入るなり、扉を閉じて窓を全て閉めた。部屋の中央にあるテーブルランプに灯りを灯して、静かに話し始めた。


「さて、どこから話そうか」


「「全部」」


「……わ、わかった」


 グラムは自分の体験談を元に、この街で起こっていることを話し始めた。彼がこの街を訪れたのは10年も前になる。彼らは当時はここら辺一体で名を馳せていた、冒険者だった。


 武闘家グラム、戦士オッズ、魔法使いベリンダ、僧侶ルイジアナ。その4人が街を訪れた日も収穫祭の前日だった。この時と今回で違ったのは、巫女が自殺したこと。


 アーシュが口を開く。


「巫女は。冒険者グループのある1人になったってことか?」


「そうだ。ルイジアナは街に降りかかると言われる災厄を鎮めるために、自ら巫女役に乗って出た。そして、帰ってこなくなった」


「死んではないんだね」とレインが訪ねた。


「あぁ。彼女は眠っているだけだ」


「眠っている? ならば、叩き起こせば」


 アーシュがそう言ったが、グラムは首を横に振った。


「無理だ。あの魔獣に勝てる奴なんて居ない。俺も奴に挑んでこの様だ」


 グラムは全身に身につけていた包帯を取り、顔の火傷、右腕の重症、そして左脚が爛れていてもう動かないことを示唆した。


「——他の仲間は……殺されたんだね」


「夢の中で殺された。俺らは巫女ではないから、夢に吸われる訳じゃない。アイツからしたらただの敵だ。夢で殺されれば、現実には帰ってこれなくなる。そして、現実の体は塵となって消える」


「なるほど。それなら辻褄が合う。その魔獣の名前は、グリムロアだ」


 レインが言い放った。


「名前なんてどうでもいいが、俺はもうこの通りだ。せめて、ルイジアナだけでも何とか救いたいんだがな……助けも呼べねぇよ」


「いるだろ。此処に。私たちがやって来た。これは何かのお告げだろう。私が何とかする」


 カリーナはグラムを励ますように言ったが、アーシュは辛辣な表情をしている。


「……いくら腕の立つ戦士だろうが、夢の中では無謀だ。あいつは、夢の中では姿形を変えられる。それに、夢の内容も——」


(グリムロア。数百年前から存在している『安寧あんねい』を司る魔獣。十二使徒の1人、アステルヌスが作った魔獣だ。

 実物を一度は見てみたいとは思ってたけど、こんな所でひっそりと生きてたなんて)


「……興味はある。それに、サーシャとの約束は守らないといけない」


 3人はグラムからグリムロア討伐の依頼を引き受けることになった。


「正気か? 何があっても知らねえが……。この街の外れに使われていない井戸がある。そこには歴代の巫女たちが養分を吸われながらも、身体ごと管理されている。巫女の手を握りながら、眠るんだ。そしたら——アイツのいる悪夢の世界へリンクする」


カリーナが口を開く。


「情報どうも〜!」


 途中まで話を聞いて出発した。アーシュは最後、グラムに挨拶をして家を飛び出す。


「……ルイジアナ。もしかしたら、もしかしたらだが——頼む。俺たちに希望の光を」

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〜サーシャの父親〜


 あぁ……私は父親失格だ。あの子を失ったら、私にはもう何も無いと言うのに——妻に先立たれて、娘と一緒に生きてきたこの数年は本当に私の一生の思い出だった。


 サーシャが巫女になるのは約半年前に決まった。


「巫女……ですか? サーシャが?」


「あぁ。街の決まりでな。悪いが、これは避けられない」


「嘘だ。嘘って言ってくれ。頼む、おねがいだ。私からこれ以上……」


「レナードさん。レストラン、大きくしたいんだろう。あんたの夢だ」


「……どうでもいい。そんなのどうでもいいんですよっ! 私には、娘しか居ない。あの子しか、居ないんだ! これ以上私から、何を、何を奪うんだ——」


「馬鹿なことは考えるなよ。グリムロア様の誓約で、この街から出て晩を過ごせば、悪夢に誘われることはよくわかってるだろ。あと半年あるんだ。娘と沢山遊んでやんな」


 それからは、サーシャと共に1日1日を大切に、当たり前の日々を過ごしてきた。


 毎朝起きるたびに、彼女の笑顔を見るたびに、もう会えなくなるのかと、胸の奥が苦しくなる。そんな日々を娘と過ごした。


 そして、収穫祭の日がやってきて、あの冒険者がやってきた。最後に、娘に冒険の話だけでもと——


「サーシャ。お前のことを忘れる訳……忘れられる訳がないだろう」


 私は嘘をついた。


 そうでもしなければ、冒険者は悪夢へと立ち向かって死んでしまうからだ。そのために、嘘をついた。


 そうでなければ、サーシャが犠牲になった意味がないからだ。


「神様。見てるか? 私はこれから——どうやって生きていけばいい? 大切な家族を失ってまで生きる意味なんて、あるのか……」

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