第8話 悪夢の街②
3人は町外れの井戸をロープを伝って下に降りた。
「ここだけ魔が濃い。尋常じゃない」
(凄まじい魔の瘴気だ。この空間だけ、今の時代から切り離されたみたいな……そんな感じがする)
地下井戸は、神が人間を支配しようとしていた時代のものと似ていた。
「私たちは何ともないけど?」
カリーナがレインに返した。
「魔力がない人間にはわからないかも……普通の魔術師なら、ここの瘴気に耐えかねて気絶してる」
3人は井戸から続く下水道を歩いていき、中央の霊安室のような場所へと出た。カリーナとアーシュは目の前の光景に絶句している。
「どうなってるんだ? 何だよこれ」
「これが『
中央では老衰した巫女たちが吊るされていた。だが、その表情はどれも皆笑顔であり、気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
(安寧の呪い。人は永遠に夢を見る。死ぬまでではない。死にきれない。夢の中で永遠に生き続ける。夢はその人の楽しい記憶のみで構成される。そして、目覚めることはない)
「この人たち、生きてるのか?」
アーシュはレインに尋ねた。
「生きている。けど、夢から覚めた瞬間に老衰しすぎた身体は死ぬ。もしかしたら、400年近く寝ている人もいるかもしれない」
(サーシャは……そこか)
吊るされているサーシャを発見して、地面に降ろした。呼吸があるが、生命力が吸われているのをレインは感じ取った。
「……待ってて。サーシャ」
「行こうか——みんな!」
カリーナはレインの手を握りしめて、強い口調で答えた。アーシュはカリーナの手を握りしめて、「本当は、行きたくない……けど。いくよなぁ。やっぱ」と言っている。
レインはサーシャの手を強く握りしめて、3人共に睡眠の魔法をかける。夢の中へと落ちていった。
_______________________________________
〜悪夢の街〜
「……ここが。サーシャの夢の中?」
カリーナはレストランの2階のベッドから起き上がりそう呟いた。3人はどうやら、この街のレストランの2階に居るらしい。
「これはサーシャが見ている夢。この夢のどこかに、グリムロアが潜んでいる。ここは奴のテリトリー。一瞬でも気を抜いたら死ぬかも」
アーシュはごくりと生唾を飲み込む。
「……仕方ない。
レインは魔法でゴーレム型の土人形を作り出した。
「この泥人形が致命傷から一回だけ守ってくれる。これが割れたら、その後は知らない」
「レイン様ーーーーーっ!」
アーシュが飛びつこうとしたが、見事に空振りした。レインは扉を開けて既に外に出ていた。
「おや、お目覚めですかな。旅の方々。昨晩はどうでした?」
サーシャの父親が1階に降りてきた3人を出迎えてくれた。そこには朝食を食べるサーシャの姿もあった。
「……サーシャ」
「わわっ、冒険者ーー?!」
「そうだよ。昨日、この街に来てね。今日は収穫祭を一緒にお祝いしてくれるんだ。でも、迷惑をかけたらダメだからね、サーシャ」
「はーーーーいっ」
——とは言いつつも、サーシャは3人に駆け寄っていき、元気よく挨拶した。
「こんにちは! サーシャです。お姉ちゃんたちはどこから来たの?」
「遠い。遠い世界からやってきたんだ」
カリーナがサーシャにそう答える。するとサーシャは目を輝かせながら、「すごーーい!」と言い、冒険の話を聞きたがった。
「ねぇ、サーシャちゃん。この街で、魔獣を見かけなかった。人を食べようとする魔獣がこの街に潜んでいるらしいんだ。知らない?」
「知らなーーーーい」
カリーナの問いかけに対して、サーシャは首を横に振りながら、「それよりーーー!」とレインの手を引きながらこう答えた。
「今日は収穫祭だから! 準びーー」
サーシャに連れられて、3人はレストランを飛び出した。
_______________________________________
まるで現実世界の収穫祭の日のようだった。3人は別行動を取ることにし、カリーナは木こり達と森の方へ、アーシュは荷物運びなどを担当するため、教会の方へ。
「いいか、魔獣っぽいのが居たら何でもいいから知らせること。私は大声で叫ぶ、アーシュは火矢でも飛ばして、レインも魔法で知らせてくれ」
アーシュとレインは首を縦に振った。
「そしたらーレインちゃんは、サーシャと一緒にお菓子作りーーーー!」
「わかった」
(ここまでは、本当に収穫祭の再現……。私の魔力感知には引っかからない。流石に、400年近くひっそり生きているだけはある)
サーシャとのお菓子作りでも、まるで昨日の出来事のようだ。
「レインちゃーん! これ、カボチャのケーキ。すんごい良い匂い〜!」
「……いい匂いだね」
その後の収穫祭の的屋でも「ぬいぐるみ欲しいなぁー。レインちゃんナイフ投げられるのー?」などと全く同じような状況が繰り返される。冷静にナイフを的に当てて、サーシャのために、ぬいぐるみを取ってあげた。
「今日は楽しかったーーー」
「うん。私もサーシャと一緒に居るのが楽しい」
「最後にさー。冒険の話をしてよ! とびっきりのやつレインちゃんのこれまでの、冒険の話——」
「いいよ。どこから話そうか」
「知ってる話がいいなぁー!」
「……そう。じゃあ、
「何それーーーー! 面白そう」
どこか遠くに視線をやりながら、ゆっくりと口を開き始めた。
「昔々。この世界に終焉と創世をもたらすと言われた十二の神の遣いが居ました。名を十二
「それで、それでーーーー」
「アステルヌスはどこまで行っても人間を愛してました。”私は人が好き。幸福から覚めない夢は人類の為なの。好きだから、愛しいから。私は夢を見させる。だって、好きな人に夢を見させるのはそういうことでしょう?” と。だから、裏切り者によって殺されました。
そうでしょ——グリムロア」
「——え」
剣を創り出す魔法で、サーシャの身体を貫ぬき——そのまま彼女の身体を真っ二つに切り裂いた。だが、サーシャの身体は煙状になり、元の姿に戻る。レインに笑いかけてきた。
「ふふふふふ。何でわかったの?」
「……サーシャは ”レインちゃん” なんて呼ばない。それに、あなたの瞳の奥はキラキラしていない」
——魔力の気配と
「なるほど。私が覚えてる限りだと——裏切り者は『忘却』によって記憶を取られたとなっているけど、記憶力いいじゃない」
ケラケラと嘲笑するように、サーシャに扮したグリムロアは笑っている。
「本を書くという目的でなんとか保っているよ。その目的を失ったら——私は記憶を失うんだと思う。そうすれば、不老不死を永遠に彷徨うことになる」
「ならここで永遠の夢を見ればいい。安寧の呪いよ。放たれよ」
サーシャの号令と共に、辺り一面の人や建物は黒い渦となって襲いかかってきた。レインにまとわりつくように、黒い触覚の手が伸びでくる。
「そうか、グリムロアはただ、適当に創った魔獣じゃないんだ。魂の一部を含めた」
無数の黒い渦、迫ってくる建物の攻撃を防ぎきった。その間に、魔法式の展開の準備を整えた。
「ふふふ。ご名答。これを触媒にして復活でもと——」
「——させないよ」
レインはサーシャの頭上に凄まじい威力の光の光線を落とした。
「ここは私の夢よ? 効くはずがないじゃない」
「——それを計算に含めている」
「?」
「この光線は、対象の記憶を呼び覚ます。
「ぐっ。ああああああああああああっ! ああああああああっ!!」
サーシャに
「こんなことが、こんなことがっ! いいの? 仲間が、仲間を今すぐに殺すことができる。ふふふっ。あはあはは」
「仲間? 最初からそんなもの居ないよ」
「——ぐっ、くそ。殺してやる。殺して——やる」
地面にへばりつき、悶え苦しむグリムロアに向かって言い放った。
「私が死なないのは知ってるでしょ。お前はもう——自害しろ。グリムロア」
その言葉を皮切りに、サーシャの身体は天へと光のように消えていった。——瞬間、視界が晴れていき、夢の世界が崩れ落ちる。
_______________________________________
3人は現実世界に戻って来た。そして、歴代の巫女達も次々に眠りから覚める。
「何だか、すごい夢を見ていたような」
カリーナは頭を抱えながら、そう話した。そして、サーシャが目覚める。
「……ここは?」
「サーシャ。おはよう」
サーシャの手をぎゅっと握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます