第5話 収穫祭

東暦1295年


都市フィンレルより35km——平原地帯


 3人組はフィンレルを離れ、開けた平原に来ていた。途中で出現した魔物はカリーナ1人で大抵片付いた。


「はぁぁぁっ!」


 平原の魔物はホブゴブリンなどで、そこまで強くない——だが群れる時があり、それは危険を伴う。


「アーシュ! 遠くは頼んだ」


「——はいっ!」


 カリーナが大剣で敵を薙ぎ払い、アーシュは神経毒を塗った弓矢で遠くの敵を気絶させていく。近接から中距離までバランスが取れている。


「……へぇ。最近はこうなんだ」


「ちょっ、レインも本読んでる暇あったら手伝えって!」


 アーシュが声を荒げながら、レインに尋ねる。レインは草むらにある岩場に腰掛けながら、フィンレルで入手した魔法史の本を読んでいた。


 カリーナがおばあさんから受け取ったものだ。


「昔の魔法と違って、現代だと土地や自然を利用し、操作する。その方が魔力消費量が少なく効率がいい——のか」


 レインは本に夢中になっていた。


 それを背後から、ホブゴブリンが狙っているのを自律魔法【浮遊する天球水晶アストラリア】が察知しており、黒白い無数の光線がホブゴブリンの脳天を撃ち抜いた。


 自律魔法とは、レインの意思とは関係なく動く原初の魔法の一つ。これの完成に3年かけたが、多くの魔法使いは完成出来ずに生涯を終える。


 彼女の周りにはホブゴブリンの死体が無惨にも転がっている。


「何か用? アーシュ」

「いや。もういいって……」


 カリーナとアーシュも周りのホブゴブリンは全て片付けていた。レインは「そっか」と言って岩場から立ち上がり、歩き出した。


「いやーーー疲れたね。ここら辺は街道が出来ているし、そろそろ街かな」


 と、カリーナが喋ると同時に、カリーナの予感は的中した。3人の眼前に新しい街が見えてきた。


 街の入り口で、8歳ぐらいの女の子が話しかけてきた。


「お姉さんたち、どこから来たのー?!」


 女の子は3人組に元気に挨拶をした。目を輝かせながら、3人の装備品を見ている。


「私たちはちょいと北側の都市から来たんだ。お嬢さんは、この街の子かな?」


 カリーナが尋ねると、少女は「うんー!」と元気に挨拶した。


「私、サーシャ! この街案内してあげるねー!!」


 サーシャに手を引かれて、3人は街を見て回る事になる。


「ここがー鍛冶屋でー、宿屋ー、教会! そしてここが私のお家!」


 どうやら、サーシャは街一番のレストランの娘らしい。重厚な木製の扉を押し開けると、親しみやすくも洗練された空間が広がっていた。


 木の温もりを感じさせるフローリング、白いはりがアクセントとなり、開放感を演出している天井。席数も多く、昼間から街の人々で賑わっている。


「確かに、腹減ったなぁ……」


 アーシュの腹は鳴り響き、目の前の肉を羨ましそうに眺めている。


「よーーしっ、今日はガッツリ食べようか。昨日から何も食べてないからね」


 レインも首を縦に振る。サラダとステーキを頬張り、3人はご満悦な様子だった。


「あんたら冒険者か?」

「そうだけど?」


 隣のテーブルに座っていた、フードの男がカリーナに話しかけてきた。


「……最悪なタイミングで来ちまったな」


 男はボソッと吐き捨てた。


「ん? 小声で全然聞こえないんだが」


 カリーナが聞き返す。


「いや、なんでもない。良い旅を」


 男はテーブルから立ち上がり、ふらふらとした足取りでレストランを出ていった。


「……変な男だったな。今の」


 アーシュが不審者を見る目つきで、男の態度に文句をつける。


「さっきの男。恐らく武闘家モンクだろう。拳の包帯がぐるぐる巻きだった。それに耳が潰れていたから」


 カリーナは自分で話をしながら、疑問めいた表情を浮かべた。


「どうしたんだ。カリーナ」


「うーん。何でもない。考えすぎか」


 カリーナは疑問に思っていた。このレストランに来ている町民の中で、1人だけ明らかに雰囲気が違った。


 かと言って、彼の顔は町民に知られている様子はあったのだ。


「あの人はねーグラムおじさん! 数年前にこの街に引っ越してきたんだって。とっても優しいんだよ! 最初の頃はいっーーぱい、外の冒険の話を聞かせてくれたの!」


「グラム……どこかで聞いた記憶が」


 カリーナはまたもや頭を抱え出した。サーシャがはしゃいでいると、レストランのオーナー(サーシャのお父さん)がやってきた。


「こら、サーシャ。食事の邪魔をしちゃダメじゃないか」


「パパ。ごめんなさーい」


「別に俺たちは構いませんよ。少しでも金額安くしてくれるなら、娘さんとお話を」


 アーシュは馬鹿げた金銭の交渉をし始めたが、主人は笑いながら「ええ、いいですよ」と話した。


「えっ、いいの!?」


「はい。みなさん。この辺じゃ見ない顔だけど、冒険者でしょう?」


 主人のあまりの気前の良さにアーシュは感動していた。


(グラムっていうおじさん以外は活気に満ち溢れている。いい街かも)


 と、レインも心の中では安堵している。


「今夜は収穫祭ですからね。一年の中で街が一番活気に溢れる日なんです」


(それでお昼からお酒を飲んだり、街の人達に活気が溢れてるんだ。どこへ行っても、丁寧に迎えてくれた)


 レインは今日の出来事を俯瞰しながら、心の中で考えていた。


「よければ、収穫祭について詳しく教えて欲しい……です」


 魔法ペンを取り出して、収穫祭について本を書くための準備を始める。


「良いですが、実際に体験してみた方がいいでしょう。実は今日の仕込みが全然終わってなくて……できれば猫の手も借りたいと思っておりまして」


「手伝う。準備」


 レインはすんなりと受け入れて、3人は街の人たちと収穫祭の準備をすることになった。

_______________________________



「それじゃあ、そこのデカい女の人は、近くの森で薪割り、坊主は荷物運んだりを手伝ってくれ。で、ええと、小ちゃい方は……」


 町民に人差し指で刺されながら、レインは「何でもいい」と答えた。


「サーシャと一緒にお菓子作りしよーーーっ!」


「——おっ、かし作り?」


 サーシャがレインの服を引っ張りながら、目をキラキラさせている。


(菓子作りなんて、数百年近くしていない……)


「別の……」

「おねがーーーーーい」

「……わかった」

「やったーーーーーーーー!」


 サーシャの懇願に負けて、お菓子作りを承諾した。


「それじゃ決まりだな。各々、夜までには準備を終わらせてくれ。以上だ」


 レインはサーシャと一緒に菓子パンを作っているお店の厨房へと出向いた。


「こんにちはーーー。お手伝いに来ました〜」


「あらーーサーシャちゃん。手伝いに来てくれたのね。そっちの方は?」


「レインと言います。この街に来たばかりで」


「そうなのね〜! あなたも手伝いに?」


「はい」


 2人は店のおばさんの指導を受けながら、ケーキ作りに専念することになった。

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