第4話 老婆と猫


 猫探しから数時間が経ち、あっという間に夜になっていた。


「今日はここまでにしよう。 明日は山脈の麓まで探してみようか」


 カリーナは最後にそう言い残して、食事の準備に取り掛かかり出した。


「アーシュ。一つ聞いていい」


「なんだよ」


「いつもこうなの? ほら、意味のないことじゃん」


「まぁなー。俺も面倒臭いとは思うよ。けど、カリーナは困っている人が居たら放っておけないタチなんだよ。俺も昔、カリーナに拾われた身だからなー」


「そう。理解できない」


 ここ数百年は人間とろくに会話すらしてない。それ故に、人間ヒトとの会話を通してのコミュニケーションのやり方を忘れてきていた。


 当然、人の心も理解できない。


「まっ、1人で旅立つなら今のうちじゃねーか? 俺はお前が居ても居なくても、どっちでもいいからさー」


 アーシュの考え方はレインと似ている。レインにとって、この2人はどうでもいい赤の他人。


1人で街を発つなど、いつでも気軽に出来る。


「まぁ——もう少し様子を見てみるか」


 彼女はポケットからペンを取り出し、今日のことを記述魔法で書き出していた。

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「この子も違うかーー。そもそも、ハートの尻尾は本当なのか?」


 猫を探しているが、一向に見つかる気配がない。と言うよりは、レインの頭の中ではすでにある推測が立っていた。


「これ以上探しても無駄足だろうね。お婆さんのところへ行こうか」


 3人は昨日のお婆さんの家を訪れた。


「御免くださーい」


 ガチャリと扉が開いて、おばあさんが出迎えてくれた。


「おぉ。あなた方は昨日の——ワシの可愛い子は見つかったのかねぇ」


 おばあさんは、心配そうに3人を見上げている。


「——それについてだけど、座って話そう」


 レインの指示で4人は椅子に腰をかける。アーシュとカリーナはきょとんとした顔を浮かべ、何がなんだかさっぱり?という感じだ。


「おばあさん。猫、死んでるよ」


「何を——何を言うとるんじゃ?」


 諭すような顔でこう言った。


「数十年前に亡くなっている。私たちが最初に見つけた猫は、ハートの尻尾の形をしていた。でも、違うと言った。気づいてるでしょう。あなたは亡くなった猫の亡霊に囚われている」


「なっ、何をいってるんだレイン? 探せば見つかるはずさ!」


 カリーナが会話を遮ってきた。だが、レインは話を続ける。


「——見つからないよ。見つかるわけがない。だって、おばあちゃんも、もう、眼が見えてないんだもの」


「……」


 老婆はその場で黙り込んでしまった。


「分かったでしょ。最初から猫は居なかった。この依頼はこれでおしまいだ。さっさと行こうか」


 レインは家を出て行こうとしたが、老婆はレインの袖をガッと引っ張って懇願した。


「お願い……もう一度、もう一度だけでいい。あの子に——あの子にぃぃ」


「……死者は甦らない。それとも、そんなに会いたいって言うならば殺してあげてもいい」


 レインは老婆に向けて錫杖しゃくじょうを差し向けた。


「——レイン。それはダメだ。罪のない人を殺すなんて、私は見過ごせないよ」


 カリーナはレインと老婆の間に割って入った。


「そう言うことみたい。おばあさん。さようなら」


 レインは扉を開けて、どこかへフラッと消えてしまった。おばあさんは床にへたり込み、大粒の涙を流していた。


「すまん。すまんのぅ。とっくに、気がついておったわ。あの子はなぁ。死んだ爺さんが連れ帰ってきた猫なんじゃよ。もう数十年も前になる」

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 じいさんは寡黙で、私以外とは誰とも喋らない性格だった。正直言って、なぜ自分と結婚したのかも理解できなかった。ただ毎日、毎日仕事に行って帰ってくる。料理を食べる。そんな人生だった。


「にゃー」


 ある日、じいさんが捨て猫を拾ってきた。ハートの尻尾の形をした猫。


 ——猫の世話なんてしたことがないのに、それでも一生懸命に世話をしていた。それはまるで、自分の子供を育てるかのように。


 それから5年後。じいさんは病気でこの世から去った。最後、私が看取った時に真実を話してくれた。


「あぁ。ばあさん。ごめんなぁ、ごめんなぁ」


「急にどうしたんです? 最後までろくにお喋りせずに逝ってしまうのかと……」


「呪いなんだ。怖くて言えなかった——子供が作れない呪いを受けてる。でも、ばあさん。お前はそんな事を知ってしまったら、離れていってしまうだろう」


「……そんなこと」


「だからなぁ。俺は最後まで最低なやつだ。ロクでもない男だ。婆さんが1人に——なっちまうから、最後になぁ、ゴホッ。猫好きだったろ」


 私は確かに動物が好きだった。この辺は雪山の狼か、魔物の類しか出ない。それか、猫だ。けれど猫なんて貴族しか飼えない嗜好品だ。それか、野良猫しかいない。


「そんな……。私は動物が好きだなんて素振り、一回も見せたことなかったのに——そこだけはわかってたんですね」


「……あの子なぁ。野良じゃないんだ。ワシの数十年貯めてきた全財産かけて、買ったんじゃよ。ハートの尻尾が——いいじゃろ」


「えぇ。そうですね」


「もう少し、近寄ってくれんか……最後に手だけ握っといて——くれ」


「はい。おじいさん」

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 レインは街の外れで、それらしき墓の前に立っていた。


「そう……。それが君の物語だったんだ。大丈夫——後は私が後世に残しておく」


 記述魔法——ペンを取り出し、ハートの尻尾をした猫と仲の良い老夫婦の物語を本の一ページに刻んだ。


死んだ動物と会話する魔法フォービデンコンバース。よかった、この魔法を覚えておいて。それじゃ、もう——おやすみ」


 レインは猫を撫でるように、別れの挨拶を済ませて墓を後にした。街の正門では、カリーナとアーシュがレインを待ち構えていた。


「……なんだ。2人とも出発したんじゃないの」


 カリーナは号泣しており、アーシュも目に涙を浮かべている。


「わだっ、私たちの旅はこれからだよ——レイン」


「じゃあ行こうか」


 3人は都市フィンレルを出発した。目的地はここより遥か東の地だ。

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