第3話 都市フィンレル


東暦1295年


山岳地帯の雪山を超え——雪原の都市フィンレルが見えてきた。


(もう時期春か。ハインリッヒには黙ってたけど、何回か凍結で死にそうだったんだよね)


 都市フィンレルはアルス山脈という国境越えをしてきた者達が、共和国デルタに立ち入る最初の都市であり、商業が盛んである。


「ごちそうさまでした」

「毎度ー。デルタ銅貨15枚ね」

「高いね。前は3枚とかだったのに」

「お嬢ちゃん。そりゃもう50年前ぐらいの話だろう? 物価は上がるばかりだよ。こっちも商売キツイってもんだ」

「……参った」


 レインは手持ちの銅貨5枚を見せながら苦笑いした。


「お客さーーーん。それじゃあ、働いてもらおうか。みっちりとね」

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 皿洗い、接客、掃除をこなしていたらすっかり日も暮れて夜になった。


「ありがとなー。これ、今日の余りのパンだ。宿はまあ、探せばどこかあるだろう」


 そう言われて店を締め出された。


「寒い。寒い。寒い……」


 もはや寒いしか言えなくなっていた。とりあえず路地裏の道に入ったり、風を凌ぐため、たるの中に入って寝ることにした。


「ん……なぁカリーナ。この樽で誰か寝てるよ。どうする、所持品奪ってかねー?」


「はぁ……バカたれ。助けるに決まっている。困っている人がいたら、助ける。それが、戦士の勤めだよアーシュ。盗みなんて絶対にダメだ」


 甲冑を纏った女騎士は樽から、レインの身体を持ち上げ、肩に乗せた。そのまま3人は夜の街へと消えていった。

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「ここは?」


 朝日の光が立ちこんでいた。レインは眩しさでベッドから目を覚ました。


「気がついたか。君の名前は?」

「レイン……」

「ここらじゃ見ない顔だな。やっぱり冒険者か?」

「そんなところ」


 レインの眼前がんぜんには、スタイル抜群で筋肉質のお姉さん騎士が1人。


「……もう朝か。それじゃ、もう一回寝かせて」


 レインは布団を掴んだままった。


「——うん。可愛いから許そう」


「いやダメでしょ。ほら、カリーナはいつも女の子には弱いんだから」


「だってぇ、銀髪のショートカット、クリッとした目、青く澄んだ瞳。顔も小さいし、可愛くて可愛くて」


 カリーナはレインに見惚れてうっとりしている。


「おい——お前もさっさとベッドから起き上がるんだ!」


 少年はレインを叩き起こして、3人は家を飛び出した。


 都市フィンレルの街路は雪が解け、芽吹く草花が道端を彩っていた。都市の中心部には、広場があり、市民たちが集まって賑やかな市場が開かれている。


「それで。家を飛び出したはいいけど——何をするの。私、次の街に行かないと」


「奇遇だね。私たちも、今日はここを出発して次の街に行くんだ。どうせだし、一緒に行くか! 進む方角は東だろう?」


 カリーナがニコニコしながらレインに話しかけてきた。


(そうだけど……なるべく1人がいいんだよね)


「えっ——こいつと一緒なの? ぜったいに足引っ張るじゃん!」


 カリーナの横にいる褐色のいい肌をした少年のアーシュは不満を溢した。


「いいじゃないか。子供の1人や2人、私が面倒見てあげるから」

「俺は子供じゃないぞ! 戦士だ。戦士アーシュだ!」


 アーシュはさらに不機嫌になり、腕組みをしながら前を歩き始めた。


「一緒に行動するのはいいんだけど、私が目指すのは東の最果てにある大神殿『アルカナ寺院』。人里離れている」


「へぇー。私は聞いたことないな。私たちは東の大国『ドミニオン』を目指してるんだ。途中までは一緒だろ」


「それはそうだけど……」


 どうせ、数百年、数千年のうちの数ヶ月間しか一緒にいないのだ。レインの内心は淡白だった。それに、彼女は孤独に慣れすぎていた。


 だからこそ、人と付き合うのが「面倒臭い」のだ。


「分かった。途中までは同じだし、お世話になるよ」

「よーーしっ。旅は道連れだ。アーシュも同い年ぐらいの女の子が仲間に加わって嬉しいだろうし」


(いやいや、この中だと私が最年長だから——)


 レインはその言葉を胸の内だけに留めておいた。

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 街をしばらく歩いていると、如何いかにも困っていそうな、お婆さんに出くわした。


「どうされました、おばあちゃん」

「あー旅の方かいね? 実は私の飼っている猫が家を飛び出しちゃってねぇ」

「なるほど。猫の特徴は? 私たちでよければ探そうか?」

「本当かい? 可愛い子猫なんじゃよ。尻尾の形がハートでなぁ」


 素通りしようとしていたレインとアーシュはカリーナの剛腕に捕まり、猫を探す羽目になった。


「猫探しか……」


 なぜ人間は自らの目的とは違う行動を取るのだろうと——レインは到底理解が出来ない。


 そう思いつつも、皆で街を探していると、猫を発見した。


「——居た」


「にゃーーーー?」


「あっ逃げた。逃げたよーカリーナ。アーシュ」


「「いやいや、指差してないで追いかけろぉ!!」」


 カリーナとアーシュは猫を追いかけて路地裏へと消えていった。


「さてと……」


 レインは一つ隣の路地裏に入り魔法を唱えた。


物を手繰り寄せる魔法アストラル・アトラクション


 ——ゴゴゴゴッと地面と建物が交互左右に移動し、正面から猫が突っ込んできた。


「にゃあ?」


「良い子」


 カリーナとアーシュは元いた路地裏から出てきて、レインと合流した。


「なんか。随分と走ったけど、結局同じところから出てくるなんて——変な感覚だ。迷宮みたいだったなぁ、あの路地裏」


 カリーナはそう話した。


「へぇ、迷宮の路地裏も面白そう」


 レインは自分が路地裏全体に魔法をかけた事は口に出さない。


「それよりも、猫。見つけたのかよ」

「見つけた。ちゃんとハートの形してる」


 アーシュに聞かれて首を縦に振る。


「この猫でいいのかな」

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 3人はおばあさんの家に行って、目的の子猫を見せてあげた。


「違うねぇ……この子じゃない。惜しいんだけど、もうちょっと手触りが——それに、ハートじゃないだろ。尻尾が」


 確かにハートの形をした尻尾の猫だが、おばあさんにキッパリと「違う」と言われてしまった。


「また振り出しかよーーーー」


 アーシュはため息を吐きながら、ぼやいた。だがカリーナの目だけは、やる気に満ち溢れていた。


「もちろん。本命が見つかるまでは数をうちに行くよ」


「「はぁーーーー」」


 ——猫探しは始まったばかりだ。

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