第一章1 転生ってやつ? 1.1

 あれから約一年の月日が流れた。



 結論から言うと、どうやら俺は生まれ変わったらしい。

 いわゆる転生というやつだ。

 前世の最期は記憶が曖昧であまりよく覚えていないのだが、おそらく事故にでも遭ってそのまま死んでしまったのだろう。

 それらの事実を理解して飲み込むのには、かなりの苦労をした。



 まず、俺は赤ん坊だった。

 ちょうどお腹が空いてきたタイミングで女性に抱き上げられ、露出した胸を口に押し当てられたときにようやくそれを理解した。

 最初は急なゴリラの赤ちゃんプレイが始まったのかと困惑したが、窓に写る自分の姿を見て気がついた。

 自分の身体が小さくなってしまっていたのだと。


 それから彼女はゴリラではなく俺の新しい母親で、隣にいた男性は新しい父親であるらしい。

 年齢は後から知ったことだが、母親が17歳、父親が19歳だったらしい。

 二人とも若すぎるだろ。

 母親にいたっては前世の俺よりも一つ年下ときている。

 そんな歳で子供がいるということは、晩婚化が問題となっていた世界で暮らしていた俺にはかなり衝撃的なことだった。

 だが、この世界ではこのぐらいの歳で結婚して子供を作るのはよくあることで、むしろ普通のことですらあるのだとか。



 最初から気付いてはいたが、ここは我が故郷日本ではないらしい。

 というよりも、そもそもここは地球ですらないというのが正しいだろう。

 使用する言語が違うし、服装もなんだか民族衣装っぽいし、腰に剣をぶら下げた人がいるし、見たことのない生き物がいるし、何より地球ではあり得ない力がこの世界には存在したのだ。



 俺がそれを初めて目にしたのは、転生を果たして半年の月日が流れた頃だった。

 


 環境というのは素晴らしいもので、半年も両親の会話を聞いていると、自然と何を話しているのか、なんと言っているのかがそれなりに理解できるようになっていた。

 違う言語を覚えるのは苦手だったのだが、こちらの言語を覚えるのはかなり早かった。

 自国語に埋もれていると多言語の習得が遅れるという話が本当だったのか。

 はたまたこの身体が若く、異常に物覚えがいいせいなのだろうか。


 この頃には、俺もハイハイが出来るようになっていた。

 おかげで自由に移動できるようになり家を徘徊することもできるようになった。

 身体を動かせるというのは素晴らしいもので、この半年間寝っ転がっていることしかできなかった俺にとっては、ハイハイが出来るようになったことは他の何よりも嬉しいことだった。


 

 ハイハイとはいえ、移動できるようになったことで色んなことがわかっていった。


 まず、この家の建物は木造の二階建てで、そこそこ広く、部屋数は六つで風呂付き。

 俺と両親の三人暮らしにしては、少し大きめな住居だった。


 立地条件はおそらく田舎。

 窓から覗いた景色からは、草木の多い、自然豊かな風景が見えた。

 庭には綺麗な花壇があった。

 電力を使用するという概念が存在しないのか、電柱や街灯の類は一つも見当たらなかったし、家にも電気や水道はなかった。


 

 特にすることもない俺は、長い耳で宙に浮き、庭を飛び回る毛深い犬のような不思議な生き物か、花壇の花たちを窓から眺めるのが日課になっていた。


 そんなある日の昼下がり、いつものように椅子によじ登り窓の外を見た俺は、目の前の光景に度肝を抜かれた。


 母親が水やりをしていたのだ。

 それもじょうろや水撒きを使ってではなく自分の手で。

 正確には自身の手のひらから水を出していたのだ。


 ちょっ、え?どうなってのアレ?人の手から水が出てるんですけど、……え?


 驚いた俺はすぐさま(ハイハイだったからあんまり早くなかったけれど)廊下の掃除をしている父親のもとへと向かった。


 「……おや、どうしたんだい?ロイム」


 ズボンの裾をくいくいと引っ張ると、父親は優しい笑みを浮かべた顔をこちらへと向けた。

 

 「あうあー」


 当然まだ話すことのできない俺は、なんとか父親を窓のところまで連れて行こうと窓に向かって指を差し声を上げた。


 「ああ、また外の景色が見たいんだね。…よっと」


 父親は持っていた雑巾を床に置き、俺を抱き抱えて窓の方へと連れて行ってくれた。

 そこで俺はあの謎の現象についての話を聞こうと、すかさず窓の向こうにいる母親を指差した。


 「母さんがどうかしたのかい?ああ、花壇の水やりをしているね。あのお花たちは毎日母さんがお世話しているんだよ」

 

 どうやら上手く伝わらなかったようなので、どうにか伝えようと手を開いた状態で前に突き出したり、振ったりと必死に手から水が出るジェスチャーを繰り返した。

 すると俺の必死の努力が報われたのか、父親が頷きながら口を開いた。


 「……ああ、なるほど。水魔法のことが聞きたかったのか。

  あれはね、魔法と言って身体の中にある魔力というのを使って水を生み出しているんだよ。他にも、火や風なんかも魔力で生み出せるんだよ」



 父親の『魔法』という言葉に心が震えた。



 そう、魔法だ。

 この世界には、前世で暮らしていた世界では存在していなかった魔法という不思議な力が存在したのだ。

 

 この時、全てを理解した。

 

 ここが地球ではなく、まったく別の世界だということを。


 ゲームやマンガの世界にしか存在しないと思っていた、剣と魔法のファンタジー世界に転生したのだと。

 

 

 どうして前世の記憶が残っているのかはわからない。

 記憶を残した状態での生まれ変わり、誰もが人生で一度はそういった妄想をするだろう。

 そういった妄想がまさか現実になるとは思っても見なかったが……。

 

 正直、初めは死んでしまったことや違う世界に来たということに対する戸惑いも大きかったが、転生から約一年が経ち状況を完全に受け入れることができた。


 そして決めた。


 俺はこの異世界で最高の人生を送ってやるのだと。


 

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剣の少女と聖剣使い 和泉ぱすた @Izumin517

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