第1話 目覚め

 目が覚めると、そこには明るい山吹色の髪の女性がいて、俺の顔を覗き込んでいた。

 見た目はかなり若く、美女というよりは美少女といった感じの女性だ。


 ……ここ、どこ?この人は誰だ?


 彼女の隣にはもう一人。縁の太い眼鏡をかけた同じく年若い黒髪の男性がいて、両目の端に涙を浮かべながらもぎこちない笑みを俺の方へと向けている。

 

 ふむ、あなたもどちら様?てか、なんで泣いてんの?


 当然どちらにも見覚えはないし、おそらく会ったこともないであろう、完全なる初対面の男女だ。

 俺は基本的に一度会った人物の顔を忘れることはない。


 例外として、一言も交わしたことのない人物だった場合は忘れていることもありえるのだが、この男女は明らかに友好的な、親愛ともとれる感情をこちらに向けてきている。


 では、この二人は一体誰なんだろうか?


「−−−−◻︎◻︎◻︎◻︎−–−◻︎◻︎◻︎◻︎」


 女性が男性の方を見て何かを言っている。

 何と言っているんだろうか?

 彼女の発する言葉が全然理解できない。

 言葉の意味が理解できないとかではなく、そもそもの言葉自体がよくわからない。

 頭がぼんやりしているせいで声が聞き取りにくいというのもあるかもしれないが、おそらくこの人の使っている言語が俺の使う日本語ではないのだろう。


「–−◻︎◻︎−−◻︎◻︎◻︎」


 男性の方も、涙でぐしゃぐしゃの顔で何かを言っている。

 おそらく女性の言葉に対する返事なのだろうが、やはり何と言っているのかさっぱりわからない。

 

 状況を確認すべく周囲に目を凝らしてみると、なんとびっくり壁紙が一切使われていない天然の木造建築ではないか。

 我が家はマンションの一室、当然そんな壁紙を使わないなどというオシャレ様式ではなく、しっかりとお馴染みの白い壁紙が貼られている。


 見知らぬ男女に知らない場所、このままでは状況が一切掴めない。

 これはもうこの二人から直接話を聞くしか状況把握の方法がないのではないだろうか。


 困ったなぁ、日本語以外だと義務教育レベルの英語しか出来ないんだけど……俺の言葉伝わるかな?


「あーおー、あーうあーうーうー」


 覚悟を決め、目の前の二人に話を聞くべく身体を起こし、声を掛けようと口を開いた。のだが–––


 口から出たのは呻き声とも喘ぎ声とも言えない、なんとも間の抜けた音だった。

 何度か試してみたが、いくらやっても舌が上手く回らず話すことができない。


 それだけではなく、身体を起こすこともできなかった。

 指先や腕を動かすことはできるのだが、なぜか起き上がることができない。

 

 どうなってるんだ?


 状況を確認しようにも目の前の人間が使っている言語がわからない。

 もしかしたら俺のわかる言語も使えるのかもしれないが、そもそも俺自身が言葉を話すことができない。

 ここが何処かもわからない。

 外に出ればわかるかもしれないが、外に出ようにも起き上がることすらできない。


 もしかしてこれ……、詰んだのでは?


「◻︎◻︎◻︎−–−◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎」


 男性が心配そうな顔でこちらを見ながら何かを言っている。


「–−−−◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎−−−」


 悪いね、俺あなたが何て言ってるのか全然わからないんだ。それに話すこともできないから返事もしてあげられないんだよ。


 それにしても、本当にここ何処なんだろ?

 海外とかじゃないよね?

 学校は夏休み中だからいいにしても、バイトの無断欠勤はまずいんだけどなぁ。


 そんなことを考えていると、不意に女性に抱き上げられた。


 は?マジかよ、もしかしてこの人こんな見た目してすごい力持ちだったりするのか?

 細くても一応男子高校生の平均体重ぐらいはちゃんとあるんだけどな。

 こんな華奢な女性が男子高校生を平然と抱き上げるとか、普通に考えて非現実的すぎるだろ。ゴリラかよ…。


 非現実的……ああそうか、これは夢だ。

 やたらクリアな夢だし、登場人物に見覚えもないけれど、これは夢に違いない。

 ならばあとは簡単だ。眠ればいい。


 どうせ夢なのだから、このままこの女性の腕の中で気持ちよく寝てしまえばいいのだ。

 そうだ、そうしよう。

 夢の中で寝るというのも変な話だが。

 目が覚めた時にはきっと、またいつも通りの見知った自室の景色を見れるはずだ。



 新しい人生の初日。

 俺はそんなことを考えながら謎の女性の腕の中に深く意識を沈めたのだった。

 


 


 



 

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