剣の少女と聖剣使い

和泉ぱすた

序章 プロローグ

––––天魔暦二二七◯年。

 《魔王領ゼロストリア》魔王の支配する魔族の国。その北部に位置する魔王の居城。

 その城の広間では、二つの影によって激しい戦闘が繰り広げられていた。


 黒炎に包まれた広間、ぶつかり合う剣と杖。それらを操る二つの影は、両者共に色濃い死を放つこの戦場には到底似つかわしくない、まだ顔に幼さの残る少女と少年だった。

 

 「フンッ!」

 「ハァッ!」


 少年の圧倒的物量を誇る魔力から生成された無数の黒炎槍が、その手に握られた深淵を想わせる漆黒の魔杖『終焉ノ龍杖ラグナロク』から放たれ、全てを灰にする死の雨のように少女目掛けて降り注ぎ、彼女を飲み込んだ。


 射出された黒炎槍は個々の速度こそ少女の跳躍速度と比べてはるかに劣るものの、極めて広範囲、さらに少年によって加えられた弾道の違いが回避行動という選択肢そのものを奪い去るには十分すぎるものだった。


 「残念だね、どうやら俺とキミとの間にはどうしたって覆せないほどの差が開いてしまったようだ。結局、キミには俺を止めることは不可能だったみたいだね、勇者––––––––」

 

 黒炎同士の容赦ない交差、それは室内に黒煙を巻き上げ、少年から勇者と呼ばれた少女の影を炎の嵐の中に覆い隠す。


 黒炎は別名『煉獄の炎』とも呼ばれ、触れるものを燃やし尽くす魔界の炎である。

 そのひとつひとつが絶対の死をもたらすとされる炎は容易く少女の身体を飲み込み、瞬く間に燃やし尽くし、その場に灰すらも残さないだろう。


 僅かでも被弾すればその死は免れない。しかもそれらを回避するという選択肢はすでに奪われている。

 まさに絶体絶命の状況。だが、


 「––––さすがにこれを喰らうわけにはいかないね」


 「なに……?」


 ––––刹那、黒煙を切り裂くようにして、緋色の髪を踊らせる少女が飛び出していた。


 触れれば全身を飲み込み、相手を燃やし尽くす炎の嵐から出てきたその身体には黒炎槍による負傷の跡は見られない。回避の方法はなかったはず、ならば一体どうやって被弾を防いだのだろうか。


 「……一体何をしたんだい?俺の神威魔法は確かにキミを飲み込んだはずだ、一体なにを––––」


 「第一秘剣––––『断空』」


 「……は?秘剣、だと?秘剣ということはつまり––––」


 「そ、斬ったの。当たる直前に魔法を斬って打ち消したってわけ。だからその魔法は私には効かないよ––––––。ううん、今代の魔王くん?」


 少女–––いや、勇者の身のこなしは尋常の域には存在しておらず、常人のそれを大きく逸脱していた。


 通常、放たれた攻撃魔法を斬って打ち消すなんて芸当はまず不可能だ。

 どの魔法にもと呼ばれる魔法を形成する部分が必ず存在しており、魔法を打ち消すにはその核を破壊するか、魔法同士をぶつけて相殺するしか方法はない。

 核は肉眼で見るのが難しいほどに小さく、場所を特定するのが非常に困難であるため、核破壊は相殺と比べてもはるかに難しいとされている。


 が、そんな極めて難しい核破壊を彼女は表面積の剣の刃で、それも飛来する複数の魔法の核をすべて同時に行っていたという。圧倒的物量をさらに圧倒的な技量をもって補う、すさまじい技術だ。


 「そんなデタラメなことも出来たなんてね。まったくもって厄介極まりない相手だよ、キミは」


 そんな神業、としか表現できない剣技に、攻撃した少年––––もとい魔王すら感嘆する。

 その魔王の呟きに、勇者である少女は 唇を綻ばせた。


 「そっか、君には初めて見せる技だったよね。どうかな、このあたりで投降してくれない?やっぱり君とは少し戦い辛いんだよね」


 「甘いな。……だが同感だ。俺もを殺すのには少し心が痛むよ」


 「ならさ、やっぱり投降してくれない?このまま戦ってもどうせ私が勝つんだし、ね?」

 

 「ハハハ、冗談はよしてくれよ。確かにキミの剣技は素晴らしいものだった。ただの魔法ならまだしも、俺の魔法を斬ったんだからね。でもね、このまま戦いを続けた先に立っているのは俺だよ」


 「…………」


 「もうほとんど魔力が残ってないんだろう?闘気が徐々に小さくなってきている。当然だ、キミはこの場所に辿り着くまでの間にも俺の部下達と何度も戦闘を繰り返してきたんだ。それにさっきの技は相当量の闘気を使うのだろう?一体あと何度耐えれるのやら」


 「あちゃー、バレてたかー。正直かなり眠いんだよね。そろそろ魔力切れで倒れちゃいそう」


 魔王の言う通り、すでに彼女はほとんど魔力を使い切っており、体力も限界を迎えていた。

 そんな満身創痍の状態の彼女に対して、魔王の魔力は健在、身体もほとんど無傷ときている。

 現在の彼女では、魔王に勝つなど、無謀を通り越して到底無理なことのように思えた。


 追撃を加えるべく、魔王が再び『終焉ノ龍杖』を振るい、無数の黒炎槍を空中に展開させた。

 展開された炎の槍の数はは先ほどよりもはるかに多く、今度こそ彼女の死は免れない。


 「––––決着だな」

 「うん、終わりにする––––」



 ––––直後、六つの巨大な魔法陣が展開され、魔法陣から生じた光の柱が魔王を囲うようにして立ち昇った。

 光の柱は徐々に大きくなり、展開されていた黒炎槍もろとも魔王の身体を飲み込み広間の中の空間を白く染めたのだった。

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