第37話【希望とは──】
━━ リーガ・バトルアリーナ ━━
夜になり、皆はアリーナに集まっていた。
アイリスは観客席で足を組み、空を見つめ──
サリーは観客席の背もたれに腰かけ、ライゼはそれを見守るように浮いている。
ガイザビィズとイリオスは共に頭を抱え座っていた。
「もう、終わりなのかな」
アイリスが呟くと、イリオスは胸に手を当て視線を皆に向けた。
「俺が悪いんス!!ローン組んで建てたいって言った連中をちゃんと──」
ガイザビィズがうなだれ、力無くイリオスへ口を開く。
「お前は悪くない……。あれだけの手を使ってくる奴らだ。お前が賛成しなければ、他の手を使ったろう。問題は俺様だ。話を聞こうともしなかった」
「私よ!私がもっと──」
ライゼがアイリスの話を遮り、皆に言い聞かす。
「みんなやめろ。誰が何をしてもガービィの言った通り、相手はこの状況を作っただろう」
「ここが栄えたら、守ろうとした皆んなを追い出す羽目になるとはな……。俺様はいったい何の為に……。すまねえ!すまねえサリー!!」
落ち込むガイザビィズは見たくない──。
「ガイザビィズはここの英雄だよ!バラックの皆んなもそう思ってるよ!」
ガイザビィズがいかに必要とされているか、サリーは必死に拙い言葉で伝えようとしている。
「でも、俺様がアリーナなんかつくらなきゃあ!!」
「ガイザビィズは皆んなの希望なんだよ?皆んないつも話してる。ガイザビィズがいなきゃとっくに死んでたって──」
(死んでた……?
そうだ、ここはそんな場所だ。
希望が見えず、今日生きるのに精一杯で、誰も明日なんか見ちゃいない。
そんな余裕がないんだ。
俺様が…こんな姿を見せたら余計に──)
「こんな時こそいつものガイザビィズでいてよ!」
(その通りだ……。一番大変な時によ、こんな子どもに励まされて……)
「──ありがとうなサリー。アイリス、何か手がないか?」
「相手は正当な手続きを踏んでるから、手の出しようがないわよ……?裁判をしても無意味ね」
全員に諦めの色が見える中、ライゼが呟く。
「つつくなら違法な事……か。どう見ても会長はマフィアだったな」
「賭博とマフィアは切っても切れないとは言え、まさか会長が裏でね……」
アイリスにとっても会長は浅い関係ではなかった。
その事が余計に腹立たしくもあり、同時に寂しさもある。
「イリオス、何かマフィア関連の噂はないか?」
ライゼがそう言うと、イリオスは思い出したように話し出す。
「──あ、確か西海岸の連中の一人が!バラックに移って来た時に言ってたんス!ローンを組む前、そいつだけが拒んでたら、黒服が脅しに来たって!」
西海岸一帯もバラックと同じ状況だった。
ローンを組まされ、家を追われ、バラックへと流れ着いたのだ。
ただ一つ違う事は、西海岸にはガイザビィズがいない。
話を聞く限り、会長たちも西海岸では多少荒っぽいやり方をしていたようだ。
「それだけじゃあ、ね」
黒服を捕まえたところで、会長までは逮捕などとてもできない。
アイリスはそう考え、残念そうだったがライゼは何か思いついた様子だ。
「裁判は無理だ。イリオス、その人を議会の証人に引っ張り出せるか?」
「……あ!」
「なるほど!!」
イリオスとアイリスは理解した様子だが、ガイザビィズはいまいちわかっていない。
「なんだなんだ?俺様にもわかるように話してくれ!」
「調査権よ!議会で証言させれば会長は出頭せざるを得ない!会長はマフィアだろうから!!」
──ライゼが続く。
「叩いて埃が出れば良し、最低でも事を
裁判は無理でもアリーナの息がかかった議員は大勢いる。
議会で証言さえできれば会長まで届く!
アイリスの顔は明るくなり、全員に向かって大きい声で伝える。
「そこから一矢報いる事ができるかも!!」
「なるほど!!わからん!ガッハ!」
その場の全員がガイザビィズを見て沈黙する。
さすがに気まずそうだ。
「ま、まだなんとかなるかも知れねえって事でいいんだな!?」
「そういう事だよガービィ」
「その出頭とやらを逃げたらどうする!?」
「街からは逃げないさ。既に会長は言葉通り、リゾート開発に多額の投資をしてる。後には引けないんだよ。バラック一帯はリゾート開発の要だったからあんなに固執したんだ」
ガイザビィズは即座に決断する。
「イリオス!」
「わかってるっスよ!早速準備してくるっス!」
イリオスは大きく手を振り、意気揚々とアリーナを飛び出して行った。
希望が見え、全員の顔が明るくなる。
ライゼはそれを見て安心し、優しく微笑んだ。
そんなライゼの横顔を、サリーはじっと見つめていた。
しばらくして解散すると、ガイザビィズとライゼはいつものようにアリーナの中央で話し込んでいた。
「──イリオスは、弟みてえなもんでよ」
「ああ、見ればわかるさ」
「へっ、あいつは能力がないんだ。俺たち孤児はよ、この街しかねぇんだ。汚い街だが、貧しいが、俺ぁこの街が好きだ。能なしも、孤児もひっくるめて俺が守ってやるってよ……」
「フッ、俺……か。ハハハッ」
俺様じゃなくなった事にどこか可笑しさがこみ上げてくる。
いい事だが、寂しいような、そんな感覚だった。
「う、うるせえな!イチイチ茶化すな!俺様はやめた方がいいんだろう!?」
「ハハハッ!言葉通りじゃないんだけどな。まぁ、まずはそこからだな」
「あんたは希望をくれた。感謝してる。もう、本当にダメかと……」
「俺は何も……。サリーも言ってたろ?ガービィ、お前はこの街の希望そのものだ」
「希望か……。結局──」
ガイザビィズはアリーナの砂を、こぼれ落ちるように指を広げながらすくった。
指の隙間からサラサラと砂が落ちていく。
「俺はなぁんも掴んじゃいなかった……。掴んだと…思ったんだがな」
ガイザビィズの頬を一滴の涙が伝う。
生まれて初めて泣いた。
家族同然に育った皆を守ろうとした。アリーナを創り、仕事を与え、何も持たずに生まれた男は、望んだものを手に入れたように見えた。
しかし皮肉にもアリーナは、街そのものを変えようとしていた。
「ガービィ、残った砂を掴め」
ガービィは手の平の砂を強く掴み、アリーナの砂上で誓う。
「──もう離さん!」
翌朝、西海岸にイリオスの死体が浮かんでいた──
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