第36話【裏切り】
襲撃からしばらくして、ガイザビィズはアイリスの家で相談を聞いている。
いつもなら断るのだが、この時はアイリスの様子が変だった。
「この街も変わってきたな、アイリス」
「ええ、でも心配だわ……」
「何がだ?バラックだって一戸建てになってきて、皆んなも幸せそうじゃねぇか」
「リーガの西海岸は見た?」
「あん?」
「リゾートを作るんだって」
「いい事じゃねぇか!どんどんそこに金を落としてもらって街も発展してくだろ!」
「それが……問題はそこに住んでた人達なの。こっちに流れて来てるのよ?」
「それぐらい受け入れてやれ。バラックの土地を広げて──」
「そう言うと思って調べたら、もうこの辺の土地は既に買われてたの。おかしいと思わない?こんな土地、少し前までは誰も欲しがらなかった。今だってバラックを避けて欲しがる人なんていないわ」
「……俺様は難しい事はわかんねぇんだ!お前とイリオスに任せる!!」
アイリスは乱暴に出て行くガイザビィズを不安そうに見つめていた。
「ガイザビィズ……」
ガイザビィズは憤る。
あいつらは何が不満なのだ。
三人で目指していた街の発展、貧困の救済。
西海岸のリゾート化も進み、バラックは一戸建てに変わろうとしている。
それもこれもアリーナが興行として上手くいっているからだ、と。
良くも悪くも、アリーナ目当てに人が集まっていた。
気づかぬ内にいらぬ悪意と思惑をも引き連れて──。
数ヶ月後 、ガイザビィズはこのところの不満をライゼへとぶちまけていた。
「あんたどう思うよ!?ええ!?」
ライゼは無言で聞いていた。
自分を肯定してもらいたいのか、まるで子どもだ。
「アリーナがなきゃこんな街見捨てられてた!俺様たちが勝ったんだ!それなのにグチグチと……!」
──スパァン!
とライゼはいきなりガイザビィズに平手打ちをした。
「痛ぇな!なんだよ!?」
「なぁ、ガービィ。自分だけじゃなくアイリスたちを見てやれ」
「見てる!ずっとあいつらを見てきた!あんたに何がわかるってんだ!!」
「わかるさ。アイリスたちとガービィが、同じ方向を見てる事くらいはな」
「──っ!」
「街を良くしたい。サリーたちのような境遇の人を救いたい。同じ方向を見てるじゃないか」
「ぬぅ……」
「意見を聞いてやるくらいできるだろう」
「……」
「お前は頑張った。その成果で街が発展し、気分の良い時に水を差された。だからお前は
(正論だ。俺様はただ気に入らなかった。そう言われりゃあ確かに聞くくらいはいいじゃねぇか、とも思う。同じ方向、か)
「俺様が……悪いんだな…?」
「ああ」
「………」
スパァン!!
「っ!?何で!?」
「いいかガービィ?お前の──」
「ちょっ、えっ!?話まとまってたよな!?」
「ハハハッ、ガービィはそのくらい肩の力を抜け」
「あんたのは痛すぎんだよ!!」
「ガービィ、お前の性格は嫌いじゃない。でも俺様俺様はやめろ。自分の選択肢が狭くなる」
「………」
スパァン!!
「った!だから何でだよ!!」
翌日──
「アニキ!!」
慌ててアリーナに走って来るイリオス。
ライゼとガイザビィズはこの頃になるといつも一緒にいた。
「ハァッ、ハァッ、アニキ!! ……アニキ?──か?」
「この人にぶたれたんだよ! ほらみろ!イリオスが確認するくらい腫れてんじゃねぇか!」
「ハハハッ、俺はちゃんと
「っス!」
「俺様はガキじゃねぇ!」
ライゼは雷鳴を轟かせ、すぐに見えなくなった。
「そうだアニキ!! 遊んでる場合じゃ──」
「どうした?」
「お、俺が悪いんス……。バラックの奴らのローン契約を止められなくて」
「それで?」
「誰でもローン組ませるもんだから、案の定払えない奴も出てきて……」
「そのくらい俺様が払ってやる!」
「それが、無理なんス……」
「なんだと!?」
「連中の思惑通りなんスよ!!このままじゃ差し押さえられて……」
ガイザビィズには意味がわからない。
ローンを無理やり組ませたら当然払えない人も出てくる。
差し押さえたところでこんな土地じゃ大損だ。
何故そんな儲からない事を……。
「差し押さえられても銀行だろ?何だって銀行がこんな安い土地を──」
「相手は銀行じゃないんス……。他の債券と抱き合わせで証券化して、既に売っちまってるっスよ!」
「俺様にわかるように言え!!」
また癇癪を起こすガイザビィズの悪い癖。
これにはさすがにイリオスも苛立ってしまう。
「ああ!もう!!ヤツラ、ワルイ、ツカマラナイ」
ゴスッ!
と鈍い音を立てるガイザビィズのゲンコツでイリオスの頭頂部にはコミカルなたんこぶができてしまった。
「ちゃんと説明しろ」
「いてて……。街ぐるみなんス。街全体が……敵なんス。証券化した商品にも保険を掛けてやがって、奴らローンが支払われなくても全く損しないんスよ!アリーナの儲けじゃとても払える額じゃないんス!」
「奴ら金持ちなんだろ!?何だって今更そんな回りくどい事して小銭が欲しいんだ!?」
「奴らが欲しいのは土地だけっス……」
「何!?」
「街はリゾート開発をしたいだけなんス。目的はアリーナ前のバラックなんスよ!」
街の有力者たちはアリーナを中心にリゾート開発を計画。
既に莫大な投資を行っており、残すはバラック村だけだった。
アリーナ前にあるこのバラック村の土地はリゾート開発の要であり、どうしても手に入れたかった。
他の債券と抱き合わせで証券化し、投資銀行がバラまいた事により、とてもガイザビィズに払える額ではない。
観客席の影から人影が『カツカツ』と高そうな靴の音を鳴らしながら、二人に近づいて来る。
「クックッ、問題はガイザビィズ、お前の土地だったんだ」
段々と影から顔が見え、ガイザビィズは驚きを隠せない。
「コーエン…会長!!テメエか!?」
まるでマフィアの格好だ。いや、元々騙されていたのか──。
「俺?やはりバカだなガイザビィズ。説明されてもわからんとは。勿論俺もリゾート開発に投資した一人ではある」
「会長がローンの事をバラックの連中に勧めてたっスよ……」
【ここのローンは本当に誰でも通るって噂だ】
ガービィは会長のこの言葉を思い出し、唇を噛みしめた。
「ここまで大変だったぞ?あんな汚い連中の為に、お前は土地を手放さないからな。でも連中がバカなおかげで自ら土地を手放してくれた」
そりゃ払えないのにローンを組んだあいつらは馬鹿だ……。
だからと言って騙されていい理屈なんかあるか!?
しかしそれを自分たちが儲ける為、言葉巧みにこいつらは──
獲物にしたんだ!
「テメエ!俺様は…ずっとあんたも家族だと……!それを!!」
会長の胸ぐらに両手で掴みかかるガイザビィズ。
怒り、悲しみ、困惑、そのどれもが顔から見てとれる。
「俺を殺すか?ほらやれ、やれよ?お得意のパワーとやらでな。その瞬間お前が築き上げたものは全て無くなる。アリーナも、汚い連中もな」
「クッ、クソッ!!」
ガイザビィズはさらに怒り、投げるように会長を離した。
「ゲホッ、ゲホッ……。クックッ、こっちは法を犯してない。バカなお前らが悪いんだよ」
「あ、あいつらはどうなる……?」
「俺が知った事か。またどこぞにゴミ溜め村でも作って住むがいい。お前はアリーナの客寄せパンダとしてこれからも頑張ってくれよ?クックックッ」
「あの襲撃もテメエの──」
「もう質問はなしだ」
そう言うと会長はリムジンに乗り込み、去って行く。
それを黙って見送るしかなかったガイザビィズは、拳を握り、空に吠えた。
「クソォオオオオオオオオッ!!!」
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