第35話【バトルアリーナ襲撃】

 

 皆んなとも打ち解けた頃、ライゼはアイリスの家に招かれたのだが、スーパーでの買い物で少し遅く到着してしまう。

 ドアを開けるなり、アイリスは呆気にとられていた。


「ライゼさん?何その荷物は……?」


 アイリスはライゼが持っている袋が気になって仕方がない。

 夕食を持って来るとは聞いていたが、明らかにスーパーの袋……。

 なぜ?エプロン姿は無視しよう。

 話題に触れるのが怖い。


「今日はライゼカレーだ!」


「ぶっ!!」


 ガイザビィズはエプロン姿のライゼに驚いた。

 ごつい体躯にエプロン、明らかに似合っていない。

 いくらHEROヒーロースーツが好きな服に変化可能で万能と言えど、エプロンのデータなどわざわざダウンロードする人がいるとは信じられない。


 受け狙いか?いや、だとしても──


「かれー??それよりあんた何のつもりだよそりゃあ……」


「クッキングライゼさんとは俺の事だ!」


 ライゼはそう言うと強引にキッチンを占領し、今宵集まったガイザビィズ、アイリス、イリオス、サリー、コーエン会長の5人にカレーを振る舞う。


 皆は一心不乱にカレーを平らげ、喋る間も無く鍋は空になった。


「く……食った!何て料理だっけ?」


 会長が苦しそうに、しかし満足そうに言うと皆も続いた。


「今まで食った中で一番美味い料理だったぜ」


「アニキはろくなもん食べてないスよ。しかしなんスかあの美味しさは」


 アイリスがサリーを畏怖の目で見ていた。

 怖い……目の前で起きた事実がただ怖い。小柄な体に異常な食欲。


「この子恐ろしいくらい食べたわね」


「えへっ♪」


 サリーが可愛く返事しても、真横で見ていたガイザビィズも戦慄した。

 ガイザビィズは後に語る──。

 小柄で細い体に米3合は吸い込まれ、尚もおかわりしようとしたが鍋が空で断念したんだ。

 もしまだ料理があれば俺様より食っただろう、と。


「量が可愛くないんだよ」


「こんなもんで良ければまた作りに来るさ」


 ライゼはカレーが好評な様子に気を良くした。

 皆もまた作ってくれと社交辞令ではない本気の懇願をする。

 その様子にライゼがいつものように──


「ハハハッ」


 と笑った。誰と目を合わすわけでもなく、伏し目がちで、今この場の幸せを噛みしめているような。

 ──そんな笑い方だった。


「しかしバトルアリーナ最強の俺様がいてよ、No.1がいてよ、名物にこの料理だったら街が発展しまくるんじゃねぇか!?」


 人さえ集まればこんな状況からでも発展するんじゃないか。

 ガイザビィズは街の明るい未来に思いを馳せる。

 そんな気持ちにさせる力が、このライゼという男にはある。

 皆、ライゼの不思議な魅力に惹かれ始めていた。


「アニキは気が早いスねぇ。まだバラックっスよ?」




 会長がテレビをつけると、最近メディアや動画内の宣伝でよく目にするCMが流れてくる。


 《誰でもローンで家が建つ!リーガローン!リーガローンなら誰でも──》


「最近このCMよく流れるわね」


 アイリスが不思議そうにしていると、会長が流暢に話し出す。


「バトルアリーナのおかげで本当に発展していってるからな。しかもここのローンはリーガの人間なら本当に誰でも通るって噂だ」


 誰でも……?アイリスは不審に思うがガイザビィズは上機嫌だ。


「ガッハ!俺様のバラック村も全部一戸建てになったりしてな!」


「貧困層でも家が建つっていいっスね!」




 月日は流れ──


 《まさに最強!!まさにチャンピオン!!また新記録を──》


 また流れ──


 《もはやガイザビィズが何分で倒すかが賭けの──》


 試合が終わり、街の英雄にサリーやアイリスが駆け寄る。


「私のチャンピオン……。ご苦労様」


「ガッハ!朝飯前よ!おうサリー!奴とは一緒じゃねぇのか?」


「はい!今日はホールに潜ってますよ!私だって兄ちゃんといつも一緒にいるってわけじゃ──」


 ──急にアリーナ中へ銃声が響いた。


『キャアアッ!!』


 帰り支度をしていた観客たちは混乱し、銃撃はアリーナ中央にいるガイザビィズの肩を傷つけた。


 普通の銃など効くわけがない。

 能力を発動していないとはいえ、チャンピオンに傷をつけるほどの能力者がアリーナに潜んでいる。


「くっ……何だぁ!?」


 ガイザビィズが戸惑った隙に、様々な能力者が観客席から襲いかかってくる。


「アイリス!サリーを!」

「無理!こっちも敵がいるのよ!!」


 アイリスとイリオスにも敵が向かって来ている。


「サリー!こっちだ!」


 ガイザビィズがサリーの手を引き、アイリスはすぐに能力で応戦。


砂竜サンドラ!!」


【砂】


 アイリスの能力は砂、石であれば意のままに操れる。

 ビルやアスファルトさえ元の砂土に戻し、操れる強力な能力だ。

 砂や石で形成された約10mはある竜のようなアイリスの砂竜サンドラが、能力のないイリオスに巻きつき、間一髪敵の銃弾から救う。


「助かったぜ姉さん!」

「なんとか逃げな!」


 イリオスは急いで観客席に潜り込み隠れる。

 能力はないが逃げ足の速さはピカ一だ。


 火の能力で出口を塞がれ、ガイザビィズはアリーナ中央からサリーを逃がせずにいた。


「クソッ!」


「ガイザビィズ血が!!!」


 ガイザビィズの血を止めようと、サリーが手を当てた瞬間──


 パァアアッ……


 と手元が弱く光った。サリーの能力が発現した瞬間だった。


「サリー!能力なしじゃなかったのか!?」


「わかりません!」


「とにかく使え!守りながらじゃ分が悪い!」


 (力が湧いてくる。何でもいい、何か──)


 サリーが集中すると、パワーの使い方がおぼろげながら理解できた。


(これが私の能力……?)


 サリーは隣のガイザビィズを見ると、真似をするように地面を蹴った。

 ガイザビィズの目の前から消え、火の能力者を超スピードの膝蹴りで一瞬にして倒して見せた。


「お、俺様のラビッツフットだと……。サリー!技にして出せ!」


「はい!──ラビッツフット!!」


『なっ!速い!!』


 サリーは周囲の敵を一蹴。これを見たガイザビィズは安心して戦闘へ参加する。


「俺様ほどじゃないがやるじゃないかサリー!子守りがないなら……思い切り行くぜ!!」


 そこからは早かった。

 十数人の能力者を捕らえ、敵は通報を受けたファーストに連行されて行った。

 ファースト、セカンドには逮捕の権限があり、能力者だらけのこの時代は警察の様な役割も担っている。


 ガイザビィズは辺りを見回し、敵がいない事を確認してイリオスに呼びかける。

 何度も呼ばれ、怒鳴られ、ようやく観客席からヒョコッと顔を出した。


「アニキ、能なしは辛いっスよー。サリーにまで裏切られて」


 裏切られたは軽口だが、イリオスがショックを受けていたのは本当だった。

 能なしの仲間だと思っていたのに、と残念そうにしている。


 アイリスはサリーを上から下まで見て質問した。


「手が光ったらガイザビィズの能力が出たのかい?」


「はい」


「ふぅん。で、今は出ないんだね。……私にやってみな」


 同じ能力ではない……?

 だとすると──。


「わ、わかりました」


 サリーは言われた通りアイリスに手をかざす。

 すると辺りを光が包み、サリーの手へと収まった。


 三人は誰もいなくなったアリーナで、驚きながら顔を見合わせる。


「サリー、砂竜サンドラを出してごらん?」


「はい」


 すっと鼻から息を吸い、サリーは思いきって技を繰り出した。


砂竜サンドラ!」


 砂利がぶつかるような音が鳴り始め、アイリスほどではないが砂竜サンドラが出現する。


「こりゃあ……恐ろしい能力だな」


 ガイザビィズが呟くと、アイリスがすかさず同意する。


「ええ、この辺のマフィアに目をつけられたりしたら……」


「今回もサリーを狙って来たんスかね?」


「そりゃねぇな。サリーの能力は俺様と逃げてる時に発現したんだ」




 アリーナの裏では、不穏な人影達が話をしていた。

 一番偉そうな人影がニヤリと笑って指示を出す。


『狙撃は効くな。おい、狙撃能力を探して数を集めろ』


『はい!』




 皆は安全を確認して解散し、ガイザビィズとイリオスの二人だけが、観客席に足を投げ出してアリーナ中央を見つめている。


「サリーは?」


「バラックに帰ったっスよ。珍しく姉さんが送るって」


「これからが心配だな」


「アニキ、バラックの奴らが家を建てたいらしくて土地を──」


「バラックの事は全て任せる。お前が判断してやれ」


「ッス……」


 ガイザビィズは話を聞かない。こうなるとダメだ。イリオスはそう判断してしまう。


 大事な事だとわかっていたのに──。


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