3-6: 事情説明と口止め料


 いつも通りの手順で駐輪完了。だが、やたらといなむらの熱視線を真横から真上からあらゆる方向から向けられ続けていて気恥ずかしい。


「レンレンの質問は終わり?」


「ああ……、あ、そっちの買い出しは?」


 店内へと入るなり稲村が切り出してきた。一応最終質問を投げ込んでみたが無言でメモを取り出される。女子ひとりに持ち帰らせるには結構な品目な気もするが、大丈夫だろうか。


 だが、とりあえずこれで俺が訊くべきことは何も残っていない。


 むしろ俺が山ほど訊き出されることになるのは百も承知。だからこそ稲村は俺の質問を優先しろというワガママをあっさりと聞き入れたのだろう。


 ああ、ほらもう。目がめっちゃキラキラしてる。『じゃあ、今からは私のターンよね?』と、その瞳は雄弁だ。不意にドキッとするレベルで、稲村の大きなくりっとした目がガッチリと俺を捉えて放さない。先に目的のモノをいっしょに探して買った方が良いのではないかとすら思ってしまうくらいだった。


「稲村んとこのヤツから探すか」


「お? 付き合ってくれるヤツ?」


「ここに来て『ハイ自由行動』ってのも違わない?」


「たしかにぃ。でもレンレン優しいじゃん」


 さて、何から掘り起こされるのだろうか――。明らかに視線は俺の顔あたりから胸元を辿ってさらには足元に至ってからもう一度頭に戻ってくるのを何度も何度も繰り返しているが。


「……それって、制服? ユニフォーム?」


 稲村は改めてその指で俺の全身をなぞりながら言った。……なるほどな、そこからか。


「まぁ、ユニフォームだな」


「何の?」


「バイトの」


「おー」


 何の歓声だ。


 いや、たしかに思い返してみれば、稲村は以前しきりに俺のバイトについて訊き出そうとしていたな。あれは定期テスト勉強の帰りだったか。飲食系というのだけは伝えていたように思うが。


「……何か、チェーン系ではないよね」


「そうだな。個人経営というか」


「ふんふん……」


 何かを飲み込むように頷くが、その視線はなおも輝き続けている。俺から離れていかない。何がそこまで稲村のハートを動かしているのか俺にはさっぱり解らない。


「カフェ?」


「カフェバー、っていうのかな。そんな感じ」


「おー!」


 さらに目が輝く。眩しい。


「似合ってる!」


「……ありがと」


 しっかりと全身をチェックされた状態で、さらにド直球で言われる。もはや照れくさいとかいう次元じゃない。恥ずかしい。


「眼福眼福……」


 いちいち言動がオバチャンチックなことは当然気にはなるのだが、今は突っ込まないでおく。墓穴掘るだけにしかならん。


「そっかそっか、なるほどね。その感じからすると、ちょっと落ち着いた感じのお店ってことかぁ」


「まぁ、そうな」


 ファストフードのように活気溢れるとか騒がしいとか、そういうのとは基本的に無縁なところだとは思う。だからこそ俺も最初の頃を耐え抜くことができたと思う。


「まだまだ訊き出したいところはあるけど、とりあえず次ね」


 切り替えが早い。いずれは何かしらを訊き出されるらしいので、今後の生活で油断が一切できなくなることも確定したらしい。何てことだ。


「さっきのバイク」


「ん」


 だよなぁ。それ来るよなぁ。


「レンレンの?」


「一応親戚の」


「ってか、そうだ。免許持ってんだ?」


「去年取った」


「マジか」


 頷く。


「かっこよ。ってか意外すぎなんだけど」


「カッコイイかどうかはさておき、意外なのは認めるわ」


 そう、カッコイイかどうかはどうでも良い問題。俺としては免許を取っておく必要性もあったから取ったという部分もある。見栄えのために取ったわけでもなければ、そんな物を取ったとて見栄えが良くなることもない。身分証明書としても使えるから便利だという利点はあるが。


「だって、同じクラスとかで持ってる人居なくない?」


「……俺の周りにはいないな」


「レンレン友だち少なくない?」


「失敬な」


 それについても否定しきれないのがツラいわ。


「しかしな……」


 全くどうしようもない話ではあるんだけど。


「んー?」


「よりにもよって稲村にバレるか」


「……あのさぁ、レンレン」


 もちろん冗談のつもりで言っている。稲村も基本的には冗談だと思って聞いてくれたようだったが、それでもその眼差しには真剣なモノが含まれていた。


「君はねえ……。どこかのタイミングで言おうとしてたけど、今言うことにするわ。……いい加減レンレンはもう少し私を信用してくれてもイイと思うのよ」


 しっかりと痛いところを突く。


「絶対にないと思ってはいるけど、率先してバラしたりとかしないよな?」


「そういう言い方してくるんだったら、喜んで、率先して、盛大にバラしてあげるけど?」


「それは、スマン」


 確かにこれは、冗談で言うにしても稲村に対してあまりにも失礼な発想だった。


「私の口の堅さナメんな? 今までの人生で1度たりとも『絶対に言うな』と言われたことは言ったことないからな?」


「なるほど」


「あ、でも、しつこく念を押されるとわかんないけどね」


「……ああ、『絶対押すなよ!』のパターンのヤツか」


「さすがレンレン、理解が早い」


 それでバラしたらなかなか印象悪いけどな。たぶんこれも二階堂が言うところの『稲村の冗談』なのだろうけど。


「……解った。背に腹はかえられないからな」


「おいぃ、ホントに解ってるかぁ?」


 それは俺なりの冗談のつもりだし、今度はしっかりと伝わったらしい反応が稲村から帰ってきたので安心だ。


 稲村という女子は、やはり底知れない感じがする。明け透けに見せているようでいて、それは圧倒的に上澄みの部分だけ。完全ガードの防御壁を張り巡らせているような感じもあるかいどうとは、違ったタイプのようで似ているような気もする。


「言っとくけど、私、菜那以外には口割ったことないかんね?」


「……なるほどな。解った。完全に理解した」


 そしてそれは俺にとって決定打のような一言だった。


「いや、そうだったわ。言われてみればそうだったわ。稲村咲妃には二階堂菜那だし、二階堂菜那には稲村咲妃だったわ」


「そんな私らってニコイチ感あんの?」


「ある。鏡像っぽくもあるけど、相似形みたいにも感じる」


「……ふぅん」


 どこまで伝わっているのだろうか。口から出任せで言ったわけでもないし、そうは言っても自分でウマいこと言った感じも全く無い。言っているこっちもその内容をイマイチ理解はできてないから、この言い方に対して詳細な説明を求められても困るけど。


「じゃあ、……マジでこれは内緒にしててくれ。代わりに1杯奢る」


 キラリと稲村の瞳が輝く。


「何かスイーツ的なのある?」


「ある。とびっきりのがある」


「それつけて」


「もちろん」


 お安い御用だ。何でもお任せあれだ――伯父さんが。残念ながら俺は厨房の中に立つことはできないのでな。


「あ、でも、今日はさすがに無理か……」


「まぁ、それ持って帰らないといけないもんなぁ……」


 冷静になったと見える稲村は途端に残念がる。


 既にカゴの中身は多い。嵩張るモノもあれば密度の高そうな物もある。これをカゴに載せてあの坂道を自転車で駆け上っていくのはかなりキツそうだ。


「……荷物とか載せていくか?」


「う~ん、物凄くありがたいししっかり誘惑されてる感じだけど、さすがに止めとくかな。自分の自転車の処遇もあるし」


「そか」


「……ってかさ、レンレンさんよ。バイクの件は内緒にしなくてもいいの?」


「あ」


「ホラね」


 おっしゃる通りでございました。そのまま稲村を乗せて学校に行ったりなんてしたら――その後の展開は想像に難くないし、できたら想像したくないし、それが現実になったらオシマイだ。


「スマン、バイトとバイクの件を内密に……」


「ええ、ええ。そりゃもう。報酬の方をたんまりと用意してもらえるのならばお安い御用ということで」


「ありがてえ、ありがてえ――って、何の取引現場だココは」


「あっはは!」


 豪快に笑い飛ばす稲村。悪ノリした挙げ句にノリツッコミまでしてしまったが、わりとしっかり楽しかったので良しとしておこう。


「土日はシフトしっかり入ってるから、その時に来てくれよ」


「あ、マジ? じゃあ明日のお昼とかでも?」


「もちろん。あ、ランチタイムからはズラしておくと、ちょっと空いてるからオススメ」


「中の人が言うんだから安心だわ」


 無事解決。思ったより穏便に事が運んだようだ。

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