2-7: 尋問×2
「ん~~~~~~っ、……あぁ」
30分ほどが経ったところで
「ん? レンレンどした?」
「いや、別に」
「そう? ま、いいや。私ちょっと休憩~」
やたらと反応が早くなったので稲村に不審がられやしないかと思ったが、それは
「……そのまま荷物放置して帰るとかは、さすがに無いよな」
「それはさすがに」
「だよな、スマン」
すかさず
「もしそのまま帰ったとしても、全部置いていけばいいから」
「おう」
ひょっとすると、そこまで失礼なコメントでは無かったのかもしれない。
それにしてもやはりさすがは二階堂、容赦の無いヤツだった。実際問題、放置された荷物を持って帰ってやる義理までは無い。
「ああ、いや、その、決して稲村のことを疑ってるとか、そういうわけじゃないから。それだけは否定しておきたいというか」
「大丈夫。それくらいは私にも解る」
容赦は無いが、こういうところの包容力はあるというか。いずれにしても慌てたフォローを穏やかに流してくれたのはありがたかった。
「何分くらい経ったかしら」
「だいたい30分ちょっとかな。俺も休憩……」
――ぱきっ。
「ぅあ」
背筋を伸ばした瞬間、乾いた音と
「何か鳴った?」
「背中の真ん中辺りの関節」
「姿勢悪いからよ」
「その通りで」
昔から文字を書く時の姿勢はあまり良くない。その自覚はある。国語や書写の教科書に載っている姿勢の写真やイラストを見ても「そんな背筋伸ばして字なんか書けるか」と思ったモンだ。
二階堂のはまさにそのお手本通りだった。俺の勝手な文句をすべて真っ向から否定しているように、正しい姿勢を取ることで綺麗な文字が書けるようになりますと宣言されている気分だった。
とりあえず、俺も休憩だ。適度な休息が勉強には大事。ただし休息の合間に勉強をするような状態にはならないように気を付けないといけない。
二階堂はどうするのかと思っていたが、どうやら彼女も休憩に入ってくれるらしい。そのまま俺たちを尻目に続けるかと思ったが、そうではないようで安心した。少し図書室の外の方、廊下の方を見ていたが、とくに何かがあったわけでもなかったようで彼女も一旦ノートを閉じた。
「うるさいでしょ、
予想外だったのは、二階堂の方から話を振ってきたことだった。しかもその話題は稲村について。俺にとってはさらに予想外だ。
「……うるさくはないかなぁ。元気だなとは思うけど」
「そう?」
「不快ではないよ、全然」
あれくらいの感じの女子は小学校や中学校でもそれなりに居たし、何ならウチの学校に他にも居る。ウチのクラスにも居る。同年代を30人くらい無作為抽出してきたら最低でも5人くらいはああいうキャラクター性の持ち主に当たると思う。
「だったら良いんだけど」
「何かあった?」
わざわざ訊いてくるという時点で何かしらがあったとしか思えないが、一応は質問として訊いてみる。さすがに気にならないわけがない。
二階堂はチラッとだけ廊下の方を見て、続ける。
「昨日とか、咲妃けっこういろいろ考えてたから」
「何て?」
「自分も行くって言ったら、深沢くん怖がって明日来ないって言っちゃうかも、とか」
――思わず「ぐふっ」と変な声で笑いそうになってしまった。ここが図書室だという事実でギリギリ耐えきったが、危なかった。
今日来た時は『やほー』なんて気易いテンションだったのに。
実は稲村の中では昨日の内から入念なシミュレーションが繰り広げられていて、その結果導き出された俺に対するベストな対応があの『やほー』だったとか。そういう可能性も考えられるということなのか。
あんな軽いテンションの裏にそんなのが隠されていたとは、全く思っていなかった。
「たしかにちょっとだけビックリはしたけど、でも別にって感じだな。拒否する気は全くなかったし。っていうか拒否する理由が全然無いし。全く知らない人じゃないしな」
「そ」
反応自体はたった一言だったが、何となく二階堂の雰囲気が丸くなったような気はした。友人が他の人に受け入れられたときに見せる反応だ。
「……実は、稲村にはわりと助けられてたからな。その……、ほら、
「ああ、
「んっ。……まぁ、うん」
ホント、容赦しねえなコイツは。
言葉を選ぶ気が全く無い。
「あの時はガチで孤立してたからね。相手してくれて助かった」
「そう」
「で、……何となくだけど、似てるなぁとも思ったし」
「え?」
今までは何となく視線を下に向けていた二階堂が、急に顔ごとこちらに向いた。
ん? 何か?
「誰と誰が?」
「おまたー」
二階堂が切羽詰まったような訊き方をしてきたその瞬間。タイミングが良いのか悪いのか、やや長めの休憩を終えた稲村が帰ってきた。
その手には小さなポーチとペットボトルの飲み物がある。何となく時間がかかっていたようだが、下の購買かその隣に設置されている自販機に行っていたのなら納得。しっかりと抜かりなく図書委員や司書からは見えないようにしているようではあったが、丁度カウンターのところは無人。悪運の良い奴だった。
「お待たせ、な」
「あと、図書室ではお静かに」
「……ついでに言うと、飲み物はさっさと仕舞っとけ」
「はいはい、っと」
俺、二階堂、俺の順番で矢継ぎ早に指摘を受けた稲村は、それを片手で捌くようにして席に戻った。声量も落として飲み物を優先的にさっさと片付けるあたりはエラいと思う。
「じゃあ、今度は咲妃が荷物番お願い」
「え?」
「任されましょー――って、何その『え?』って」
「いや、別に」
他意は無い。強いて言うなら、何かを訊こうとしていたはずの二階堂が、その素振りを完全にかき消して席を離れようとしているところに対しての「え?」だ。他意は無い。
「その『いや、別に』も怪しいのよねー」
「だから、違うってば」
そんなことを言っている間に、さらりと黒髪を流しながら二階堂が出て行った。
さっきの稲村くらいの時間がかかると考えると――。
――おっと? ちょっとキツくないか?
「やんないの?」
「……んー」
だったらさっさと休憩を終わらせてしまえばいいや。単純にそう考えた俺は稲村にも促してみたが、当の稲村は何故か俺の顔をじっと見つめてくる。熱心にという感じは一切無いが、視線を外す気も一切無いらしい。
――これは非常に、居心地が良くない。
「わりと困るんだけど」
「慣れてないねえ」
質問を投げたわけではないから文句は言えない。ただ、それにしては想定していた枠からは少し外れたセリフが跳ね返ってきた。
何のことだか――としらばっくれるには俺にはいろいろと経験がありすぎる。でも正しい返答を持っているわけでもなかった俺は、ひとまず黙っておくという手段を選んだ。
もっとも、俺が黙るということは稲村の中では想定内だったらしい。全く表情を変えず、にまにまと笑って稲村は続けた。
「実際のところさ、
まさかの、二階堂と大差の無い質問だった。――いろいろと確信。
しかし今はそれを指摘している場合でもない。
「どう……って言っても」
さすがにこの場、このシチュエーションでエロ方面を訊かれているわけではない――と思いたい。いや、さすがに無いよな。そっち方向の可能性を捨てきれていないのは事実だ。全く以て否定をできない。
自信は一切無いが、とりあえず無難なところに着地したい――。
「……まぁ、美人だよな」
「だよねー」
ニッコリ。回答内容には満足そうだが、『そういうことじゃないんだよお前』というオーラは感じた。
あれ? まさか
「あの時『美人コンビ』って言ってたのもよくわかる」
「お? 何かヨイショしようとしてる?」
「まぁまぁまぁ」
「ぁん?」
「ハイ、1割くらいは。でも残り9割はふつうにそう思った」
そう。本当に、このふたりは美人顔。稲村はそのハイテンション感が前面に来るから勘違いをしている男子連中は居るかもしれないが、それは盲目的が過ぎるという話だ。
「あら、嬉しい」
またしてもニッコリ。
「まぁ、でも、私が訊きたいのはそういうことじゃなくってねえ」
「ハイ」
そうですよね。もう2回目の『ニッコリ』で確信したよ。
目が、確実に笑ってなかった。
整った顔でそういう評定されるのはもはや恐怖でしかないのよ。
「私が訊きたいのは『こっちの話』なのよね」
しっかりと軌道修正されてしまった。
「解った、解った。解ったけど、頼むから
だからこっちも、しっかりと修正させてもらおうと思った。
「
「ぶっ……あっはは」
が、何故か笑い出す稲村。音量を何としても抑えようとしているのはその顔の赤らみで解る。
「……今の何が面白いのやら」
俺にはそもそも、そこで笑い出す理由が全く分からなかったのだが。
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