2-6: 思っていたより好感触


「うんうん、やっぱり挨拶を返すのは大事よね?」


「知らない」


 いなむらかいどうり、視線を受けた二階堂は言葉だけを素気なく返した。


 ということはつまり。


「このったら、たまに挨拶サボるからね。とくに朝とか」


「あー……ん? そうなの?」


が勝手に言ってるだけだから。気にしないで」


 思わず『ああ、何となく分かるわ』などと言ってしまいそうにはなったが、寸前で思いとどまった。二階堂のこのテンション感と、稲村のそのテンション感とが朝からぶつかりあったときを想像してみれば、何となくわかるのだ。もちろん二階堂と稲村の双方がそれをある程度良しとしている感じも何となくわかるのだ。


 その想像の結果がモゴモゴとした言い方に繋がったが、二階堂はとくに気にするような素振りを見せなかったので御の字。稲村は気付いたかもしれないが、本人の意識はすでにこの話題から離れているようなのでそちらも御の字だった。


「じゃあ早速ぅ」


 手際よく勉強道具を机の上に広げていく稲村。


 ――というか、席順はそれでいいのか。

 図書室の長机は入り口に対して横方向に伸びている。片面に椅子が12脚。それが全部で4面。合計48人が同時に座れる設計。だいたい1クラス分がやや余裕をもって座れるという具合だ。


 ほとんど人が来ないとは言っても廊下からすぐ見えるような入り口側に陣取る気は更々なかったし、幸いなことに誰も席についていなかったこともあって、俺は心置きなくいちばん入り口から遠い角に座っていた。


 ふたりは俺を見つけると、稲村が迷うことなく俺の正面の席をキープ。二階堂はどうするかと思っていたが、こちらもとくに迷うことなく俺の隣の席に収まった。


 横一列になるものだと勝手に思い込んでいた俺は、ちょっとだけ面食らった。今日は二階堂を先生役に配置するので二階堂の向かいに俺と稲村が座れば丁度良いのかな――などと思っていた。だからこそ『席順はそれでいいのか』という感想になったわけだが。


 まぁ、それでイイのだろう。稲村が率先してそこに座るのならそれで良いし、二階堂がそれに対して何の文句も無さそうなので、何も問題は無い。今日はそれなりに時間はあるが、稲村が始めたがっているのでそれに従うべきだ。


「ところで、稲村も結構良い点取ってるタイプだよね、たしか」


 邪魔にはならない程度の声量で、ちょっとだけ話を振ってみる。


「へえ? レンレンってそういうのも把握してるタイプなんだ」


「まぁ、一応ね。一応」


 諸事情有って、どんな奴がどのくらいの点数を取る力を有しているか、それなりには把握しているつもりだった。点数と名前だけを表計算ファイルのデータのように認識しているだけであって、名前と顔の結びつきは曖昧だ。だからこそあの時の合コンのハイテンション女が稲村咲妃だと認識するのに少し時間がかかったというわけだ。


 それにしても。


 ――レンレン。


 そういえばそんなあだ名を勝手に付けられていた気がする。まさかあの日以来ずっと俺はそう呼ばれ続けていたのか。


 尤も、俺がどれだけふたりの会話の話題に上がっていたかは俺は知らないので、とくに問題はないけど。稲村は変に茶化すような言い方をしてこないから、少なくとも嫌な感じにはならない。逆に変に畏まられても困る。こっちが萎縮してしまう。


「っていうかレンレンってば、あの時私たちのことあんまり知らなさそうだったじゃん? そういう情報だけは知ってんの?」


「そりゃあ、同じクラスになったことなかったから。名前と顔があんまり一致してなかったんだよ」


「あー、たしかにレンレンって女友達


「居なさそう、って。せめてそこは『少なそう』にしてよ」


「じゃあ居るの?」


 痛いところを突いてくるじゃないか。


 よくご存知で。


 だが、素直に認めるのも違う気はするし、負けな気もする。


 というか、よくよく考えれば。


「……強いて言えば」


 ふたりを指す。もちろん手で。席配置の都合上、某寿司チェーンの社長のようなポーズになってしまったが。


 目の前に女子がふたり居て、これからいっしょに勉強会風味のことをしようという状況で、さすがにカウントしないのは失礼かと思った次第。


「あら」


「へえ」


「っつーか、アカウント知ってる女子って二階堂と稲村だけだし」


 だが、後隙は見せない。すかさず事実を告げる。


 そりゃあ学校祭準備とかで必要だから同じグループにはクラス全員が入っている。が、それはあくまでも必要だから繋がっているだけのこと。このふたりのように個人で繋がっているわけではない。


 もちろんここで『え、別に私たちは友だちだと思ってないけど』と言われることは想定内。哀しいことだが想定内。なにせそれが現実。そう返されたとしてもネタとして言ったモノがスベっただけだと言えば済む話で――。


「だってさ、


「ふぅん」


「あ、喜んでるわ。良かったねレンレン」


 ――あれ?


「喜んではない」


「ってことはつまり、イヤではないんだってさ。良かったねレ

ンレン」


「お、おぅ」


 ――うん。その反応は予想外過ぎた。さすがに稲村の認識がプラス思考すぎる気はするが、俺の思考がマイナス過ぎたのは事実だったらしい。


「で? 何の話だっけ? レンレンが女友達居ないんじゃなくて少ないって話だっけ?」


「違う違う」


 そこはもう終わったことだから。イジらないで、稲村さん。


「稲村が成績優秀ってこと」


「あーそれか」


 ちょっと盛って『優秀』って言ったけど。そこまでウソではない。


「私はまぁ、菜那の恩恵に与ってるだけだからさ」


「じゃあ俺側か」


 すべてが二階堂頼りなわけではないと思うが。


「え? レンレンは何かあるでしょ? ホラホラ見せてごらんよ、君のノートの類いをさ」


「無いって。……完全に上位互換さんがいらっしゃるでしょ」


 明らかに俺では戦闘力不足だというのに。だからこそ二階堂を頼っているのだというのに。そこに乗っかろうとしたのが稲村だろうというのに。


「良いから。ごちゃごちゃ言ってないで、そのカバンの中のノートを出しな?」


「なにそのカツアゲするヤンキー的発言」


「あ?」


「何でもゴザイマセン」


 数メートル先の1円硬貨の落ちる音すら聞き逃さねえよ――みたいなオーラが見える。


 え、ガチなの?


「咲妃?」


「はぁい」


 が、二階堂の一喝で収束。スゴい。っていうか、やっぱり小ボケのパターンかよ。


 これは疲れるわ。二階堂、慣れてるんだな。


「とりあえずふかざわくんに先に見てもらうから」


「ありがとう。……じゃあまぁ、稲村は暇つぶしがてら俺のでも見ててくれ。何の参考にもならないとは思うけど」


「あ、マジで?」


 別に同時でも良いけれど、それはそれでアレなので。ここは大人しく譲歩案を提示するに限る。適当に今日授業のあった理数系の科目で良いだろうか。化学はまだしも数学や物理なんてノートを見るより参考書を見るか問題集を解く方がためになると思うけど。


「はい」


「ありがとー。……どれどれ」


 早速中身の吟味に入った稲村――だったが。


「へえ~、レンレンってば案外字が綺麗。……思ってたよりは」


 稲村のつぶやきに思わずズルッと椅子から滑り落ちそうになった。


「二階堂にも全く同じ調子で言われたな、それ」


「あ、ほんと?」


 褒めてるのか褒めてないのか、イマイチ分からんその感じ。


「思ってたよりは、って部分をやたら強調して言われた」


「あ、そうそう。『思ってたよりは』ウマいよ。うん」


 二階堂よりもあからさまにその部分を強調して言うから、余計に褒められている感じがしない。何なら若干貶されているような気分になる。何でだ。だったら見せないぞ。


「でもさー。そういうところとか含めて、やっぱり私たちって似てるんだよねー。ねぇ、菜那ぁ」


「さ、はじめましょ」


「おう」


 何となくウザイ感じは二階堂の方がよくわかっているのだろう。情け容赦なく稲村の笑みをぶった切りにして二階堂はノートに向かった。



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