2-8: 続・尋問


 いなむらの腹筋がどうにか耐えきったらしいところで、改めて話を進めてみることにした。


「っていうか、こんなところでよくをしようと思ったな」


「じゃあいつどこでレンレンにをすればいいのよ」


「……まぁ、たしかにな」


 そこを突かれると痛い。


 今までの2年間で同じクラスになったわけでもない。ましてや高校以前の学校などが同じだったこともない。1学年に250人以上が在籍するウチの学校で、話したことのない同級生なんていくらでもいる。もしかしたら一度もすれ違うことすらもなく卒業する可能性だってあるわけで。


 関係性があまりにも希薄な女子が、普段から女子と絡むことのない俺と何を話すんだという話だ。


「そもそもレンレンって、いつもあのふたりとかと居るわけでしょ?」


「そうだな」


 女っ気がないこともしっかりと把握されている。だろうな。明らかに不慣れなことはあの時とっくにバレている。現状の俺の恥部を知っている女子なんて、かいどうと稲村だけだろう。


「それに……、どうせあの時、あの後何があったとか周りにも言ってないんでしょ?」


「よくわかったな」


「あ、ホントにそうなんだ」


「ちょ」


 まさか、カマを掛けられたのか? 俺はそれにまんまと引っかかったのか?


 稲村の話の運び方が自然すぎるだけか。それも俺があまりにも単純すぎるだけか。


 後者じゃないことを期待するけど、恐らく現実は後者だろう。


 哀しいがこれが現実なのよね――っと。


「ほら、さっさと話さないと帰ってくるから」


 そういう言い方をされて簡単には納得したくない気持ちはあるが、仕方ない。


 だからと言って俺からはそこまで話せることもない。


 そもそも勝手に話して良いモノかよ。


「……まぁ、うん」


「何よ」


「満足はさせられてないな、ってのはよくわかるつもり」


「……へぇ?」


 何か意外な答えが返ってきたような反応をする稲村。


「週の初めに二階堂と俺が会ってたっていうのは」


「知ってる。っていうか、菜那から聞いた。シたってところも聞いてるし。その流れでふたりが図書室で勉強しているっていうのも聞いて、私が今日ココに居るって感じ」


 なるほどね。そういう流れだったか。


「じゃあ話が早いや」


 このふたりがもするだろう間柄だということは何となく解っていた。


 そもそも男子よりも女子の方がその手の話は明け透けにしているイメージが俺の中にはあった。もちろんそれは俺の中のイマジナリー女子に過ぎないが、そういった妄想に加えて、稲村は合コンの日にもああいう役目をしてくれていた。


 そういえばカラオケからの去り際に稲村は何か二階堂に言伝をしていたような気もする。だったら余計に想像することは容易いわけで。


 もちろんそれが問題なわけではない。むしろ、俺にとっては少し助かるくらいで。


「最初のときは言わずもがなってヤツで、情けないくらいだったわけだし。この前のも……まぁ大差ないかなとは思う」


「ふぅん」


 稲村は思った以上にしっかりと聴いてくれている。たしかにその声からは本気度のようなモノは感じないが、視線はこちらに突き刺そうとしているように思えるくらいだった。


 少なくとも、ただの興味本位で聞いてみているとか、そういう下世話な感じではない。それは断言できる。


「俺の経験がなさすぎるっていうのが原因だとは思うけどさ……。でも、何か……難しいな。……やっぱり、良くなってほしいわけで。でもやっぱり」


 言ってるうちにだんだんよくわからなくなってくる。 


 物事の説明をするにはやはり語彙力というモノが必要なわけで、その語彙力を形成するための知識が不足していればまともな説明もできるわけがない。


 今の俺がまさにそれだった。


「あ、いや。その、だからって言って『また明日もヤりたい』とかそんなわけじゃなくてな」


 だからこそ、口から出ていった言葉が本当に『良い言葉』なのかもわからなくなる。


 経験が無いからと言って、都合良く俺に『経験』をさせろと言いたいわけでは決してない。断じて、それだけはない。


 でも、実際2回経験をさせてもらっているのは事実なわけで――。


 ああ、ダメだ。


「……うーん。いや違うわ。俺が何をどう言ったとしても語弊があるか」


「ううん。何となくレンレンの言いたいことは解ったと思う。良いよ別に」


 諦めたという訳ではなさそうなのが、ありがたい話だった。


 稲村は何度か噛みしめるように小さく頷く。


「ありがとね」


 そして、何故か俺に礼を言った。


「礼を言われるようなことを言えた気は一切無いんだけど」


「レンレンは別に気にしなくていいよ。その辺りに関しては、ってことだけど」


「……含みがあるなぁ」


 解らん。物事を理解するにもやはり経験は必要らしかった。


「ホラ、菜那って難しいでしょ。わりと面白いけど」


「それは、うん。でも最初のときからしたらそこまで難しくはない……か? いや、解らんことの方が多いか。面白いのは同意するけど、飽くまでも英単語的に『興味深いinteresting』って表現される方でな」


「大丈夫。私もそっちの意味で言ったから」


 ふふふと小さく笑う稲村。


 良かった、間違えてなかった。


 それと同時に、何故稲村と二階堂が親しいのかも少し解ったような気がした。


「……でもね」


 稲村は一旦トーンを落とす。


 目も一度伏せて、ゆっくりと閉じる。睫毛が長い。


「ただ、ちょっとね。レンレンに言っておきたいことってのは、あるわけよ」


「うん」


 伏せていた面を上げて、こちらをじっと見つめてくる稲村。


 いくらぼんくらな俺でも、稲村の目だけで充分解る。


 これから話す内容には、一切の悪ふざけが入ってくる余地など無いのだと。


 俺の喉が鳴る音が図書室に響いたような気がした。


「絶対に……」


 ゆっくりと、じっくりと。


 俺の耳に、脳に、その言葉を染み込ませるように。


 稲村は言う。


「絶対に、あの子を、裏切らないで。……それだけは伝えておく。まず最初にね」


「そりゃあ……」


 真面目な話だろうとは思っていた。ただ、それが俺の想像より明らかに重量感を伴っていたことには少しだけ驚いた。それだけ稲村が二階堂のことを思っているという表れだとは思うのだが。


 ――過去に、何かあったのだろうか。


 それが二階堂になのか稲村になのか、あるいはふたりともなのか。それについて俺が知り得ることは今のところないのだけれど。


「裏切る理由は無い、っていうか……。何というか、させてもらった挙げ句にこうやって勉強にも付き合わせておいて、それで少々ヤって、何かあったらオサラバって、そんなことをやったらガチの人でなしだろ」


「そうね。……そうよね」


「……え?」


「ただいま」


「あ、おかえりー」


 あまりにも神妙なトーン。


 思わず訊き返してしまったところで、二階堂が帰ってきた。


 ――もしかしたら、少しくらいは聞かれていたのではないだろうか。


 それくらいのタイミングだったが、どうだろうか。


「何話してたの?」


「べつにー」


「ふぅん」


「興味失うの早すぎない?」


「でも咲妃、さっき戻ってきてから油売ってたんじゃないの?」


「ぎくぅ!」


 ノートが一切開かれていない。筆記用具もすべてペンケースの中。それを目ざとく見つける二階堂の観察眼。


 ――あ、これは……、セーフか?


 それとも、二階堂は――。


「深沢くんも、咲妃に付き合って油売ってたんでしょう?」


「うぐっ」


 気付いていないわけがなかった。俺もしっかりアウトの判定だった。




     ○




 その後、もう30分間。俺たちは頑張った。


 一瞬たりとも気が抜けない状態に陥った俺たちは、本当に頑張った。


 ――後で調べたら、30分程度のガチ集中モードと数分間のガチ休息モードを往復するように勉強などを行うという手法があるらしく、結果的にはその方法を採用したような勉強時間になった。


 何となく集中力がキープしやすかったのはそういう側面もあったのかもしれない。


 もちろんもう一方の側面には、ガチのお目付役がこれでもかと言わんばかりに目を光らせてくれていたからだろうけど。



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