2nd Act: テスト前の勉強会と
2-1: 図書館にて来訪者
――『
もっとも、そんな卒業を終えたからと言って俺や俺の周辺で何かが大きく変わることは無かったし、俺自身が俺や俺の何かを大きく変えようとすることも無かった。
そう。実にシンプルな話だ。
あれから一度も――、一度たりとも、
学校内では極力出逢わないようにしているし、もし教室移動などの最中に遭遇したとしても視線は送らないようにしている。あの美しい
俺自身で変わったことを探すのならばこういうところだろうか。だからこそ、何も変わらないままに1週間と少しが経ったというわけだ。
変わったというと少し違うかもしれないが、友人のひとりである
口には出さず内心で押しとどめたモノの、正直「もう少し大人しくしてくれててもバチは当たらんだろ」と思っていた。あまりにも沈んでいる姿は確かにクラスの元気印的な側面も持つ亮平には不釣り合いではある。だが普段から喧しすぎる場合も少なくないので、丁度良い具合に平均値を取れないものだろうかとは感じた。
これは
それで言えば翔太も変わっていない。適当なタイミングで俺を部活に誘ってくるくらいで、あとは自分の部活動に勤しみつつ適度に授業中寝ている、いつもの今泉翔太だった。
俺――
もちろんあれは俺が何度も口を酸っぱくしつつ、それでもポーカーフェイスを貫きながら『何もなかった』『すぐに帰った』とウソを吐いたのだが、それをふたりが信用してくれたから――いや、翔太については若干疑っている雰囲気は醸し出していたが――尋問はあれでひとまずのところ無事終了となっただけの話ではある。あれだけ『何も無かった』感じを演出すれば、聞き出せることも皆無だろうと思わせてしまえばこちらの勝ちなのだ。
そして実際の処、その後の進展も同じように何も無かった。本当に『無かったこと』になっているかの如く、何も無かった。
当たり前だ。あくまでも『シたかったら連絡してくればいい』というニュアンスで連絡先を交換したのだから、その主導権は何故か俺にある。
俺が連絡をすることで、あの日のことは無かったことにはならなくなるのだ。それでもなお『無かったこと』になろうとしているのは、俺が連絡を取っていないからだ。
――「じゃあ連絡すれば良いだろうが」というツッコミをされそうだが、そんなことが出来るのなら俺はいろいろと拗らせていないのだ。
女子に連絡するなんて、学校行事の諸連絡とかいう
○
放課後。
「ん? あれ? 蓮、お前どこ行くの?」
後は各々の時間をごゆるりと――というところだが、やはり翔太に気取られる。一緒のタイミングで教室を出るときは校舎中央の階段を使って1階まで降り、そこからは部活に向かう翔太と玄関に向かう俺で別れるのが常だが、俺が上に行こうとしているのだから反応するのは当たり前だ。
「図書室」
「何で?」
「……まぁまぁまぁ」
「何だそれ。んー、まぁ、いいや。俺も急いでるし。じゃあな」
「おう」
ヤツはマンガくらいしか読まなさそうな雰囲気はある。そこで興味を失う辺りは翔太らしいところかもしれない。助かるけど。まさか図書室へ行くと言った次の返しが『何で?』になるとは思っていなかったが。翔太にとって図書室って何なんだ。
「……さて」
今日はバイトも入っていない。買い足さねばならないモノもない。
何なら、一切やることがない。
とはいえ、やるべきことならばある。
――定期テスト向けの勉強だ。
本当ならばやりたくはないが、やらなければやらないものだ。
家庭の事情やら何やらが重なっていて、俺の場合は上位10%となる点数を取り続けなければバイトもできなくなるという、比較的な厳しめの制限が課せられている。そういう申請や制限がイヤな生徒はこっそりとバイトをしているとかいう話を聞いたことはあるが、俺は違うというだけのこと。
テストまではまだ3週間以上ある。試験前の部活動の制限は遅くても1週間前程度から始まるのでそういった生徒からすれば早い開始になるのかもしれないが、そんな悠長なことを言ってられる立場でもない。紛れもなくこれは義務である。
そんなときにうってつけの存在が、図書室だった。
もちろん自宅でも勉強はしているつもりだ。だが、やはり気分転換も大事だ――なんていう自分にとって都合の良すぎる言い訳を作ってついつい度を超した息抜きをしてしまうこともある。仕方ない。これがニンゲンの性なのだろう。
しかしそうも言ってられない事情があるならば、それを堪えるしかない。
ならば誘惑を物理的にシャットアウトできるところに行けば良い。しっかりと集中力を保てるような環境を手っ取り早くかつ無料で手に入れる方法は何だろうかと考えてみて、学校の図書室なんていうのはいちばん最初に出現する選択肢だろう。
ちなみに市営の図書館はここからだと少し遠いので、残念ながら除外だ。所在地とそのルートを考えても、帰りにホームセンターで何かを買う用事がない限りは選ばれない。
去年も何度か使ってみたが、ほとんど生徒がやってこない。開店休業とはまさにこのこと。司書や図書委員、あるいは一介の本好きからしてみれば残念な事態かもしれないが、俺のような利用者にとっては利点でしかないわけで。
「よし」
案の定、今日も人がほぼ居ない。同じように勉強している生徒がふたりと、書架で探索中の生徒が3人。書架にいる内のひとりは熱心に立ち読み中と来ている。焦る必要なんて一切無く、悠々と長机の一角を少し広めに確保できた。
これはイイ感じに集中が出来そう――。
「……あら」
「だ?」
心の内のヒトリゴト、その語尾だけが実際に外へと出て行った。
それくらいに衝撃的な
「……え、二階堂?」
「どうも」
わずかに会釈をされたので、俺も思わず会釈を返す。
たしかに、筆記用具やらを出しているときに、視界の端っこの方で誰かが入ってきたのは認識出来ていた。それが誰かまでは見ていなかったが、誰でもイイやと思ってわざわざ見直そうとまでは思っていなかった。
その結果が、コレだった。
「……」
思わず『何で居るの?』と訊きたくなってしまったが、それは違うと思い直す。図書室や図書館は誰にでも平等に開かれている学校の施設。ただの利用客でしかない俺が他の生徒に来館理由を訊くのは間違っていると思うのだ。
「……何で?」
でも、図書室特有の長机は混雑率3%程度だというのに、二階堂が俺の真横の椅子をわざわざ選ぶように座ったことに対しては、俺が二階堂にその理由を訊いたとしても間違いではないと思うのだ。
それにしても、イイ匂いがする――。
――いや。待て。そうじゃない。今はそうじゃない。
見慣れていたはずの制服姿が、何だか若干新鮮に思える――。
――いやいや、違う違う、そういうことでもない。
マジで、何で
「何?」
「え? あぁ、いやまぁ、その……」
そしてまさかの質問返し。だが、俺がぎょっとした目で見たからか二階堂の視線がやたらと鋭く感じて、俺は呆気なく引き下がる。
まったく立場が弱い。
「……別に」
「ん?」
俺が何か強引に言葉を絞り出そうとするより早く、二階堂が何かを言い始めた。
「知らない顔じゃ無いし」
「……あぁ」
理解したような相鎚を打ったが、あんまり解ってない。だから何なんだろうか。
「知らない人に来られるより、知ってる人の隣に自分から座った方が良いかと思って」
「なるほど」
補足してくれてありがとう。とても助かる。
そして、その気持ちは少しだけ解る。今日の感じだとたぶんこの後誰も図書室には来ないと思うけど、その考え自体は理解できる。
わりと陰の者の思考回路を理解できる御人らしい。というかそもそも二階堂は基本的に察する力が強いと思う。その言動などから
「……しかし何というか、思考が効率的というか、合理的というか」
こういう考察はさすがに失礼か。
「悪い?」
「いや? 全然イイと思うけど」
「そう」
気分を害したわけではないようなので一安心だった。
「勉強しに来たの?」
「ええ」
当たり前のことを訊いてしまったのに、飽くまでもフラットな返し。
極々普通の学生カバンから二階堂が取り出したのは古文・漢文の資料とノートが2種類。何だろう、板書以外にも自分でまとめていたりとかするのだろうか。
二階堂は勉強もデキる。間違いなく成績最上位層組。そもそもアタマのデキそうな見た目もしている。――見た目で語るなと言われそうだが、なかなかどうして結局見た目は重要な要素のひとつだろう。
「……おぉ」
「何?」
「いや、字キレイだな、って。キレイっつーか、麗しいっていうか」
「そう?」
はらりと開かれたノートに思わず感心してしまい、当然のように二階堂が反応した。
書道の段位でも持っていそうな雰囲気はあったが、その雰囲気に違わず美しい楷書がノートにきっちりと並んでいた。普段から自分の書く字が
すると二階堂も俺が開いていた化学のノートを一瞥した。
「……深沢くんも、よく褒められたりしない?」
「まぁ……下手では無いとは思ってたけど。でも、二階堂とは比べものにならないって」
「ちょっとだけ味があるけど、キレイだと思うわよ」
まさか二階堂から評価されるとは思ってなかった。
「もっと雑かなと思ってたから」
前言撤回。そうでもなかった。
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