1-6: 根暗ムーブ / I-C: こっそりと尾行
○
さらに残念なことに、俺は昼休みどころか午後の授業中も悶々とし続けていた。
無意識的な動作で板書だけはとりあえず
「さて、俺は部活行くけどー……?」
「諦めろ」
「へいへい、っと。じゃあまた明日な。心変わりはいつでも待ってるぜ」
「まぁがんばれよー」
昼休みの半ばまで降っていた雨は上がり、午後の授業が始まるころには強い陽射しが校舎内に差し込んでいた。グラウンドの状態を気にしていた
今日はあっさりとひとりになってしまった。
「……帰るか」
校舎内に特別用はないし、今日は帰路で発生する用事もない。自宅で悠々自適――というかのんべんだらりと夜を迎えられるはずだ。
「今更、部活はな……」
中学の頃はバレーボールに汗を流していたが、諸事情あって越境入学のカタチになった高校では帰宅部。一通りの球技はできる方だと思われているので、とくに翔太は事あるごとに俺をふんわりと部活に誘ってきているが、その都度俺はやんわりと断ってきている。
なにせ今は一人暮らしをしている身だ。当然だがバイトも入れている。今日は該当しないが、平日も入るときがある。メインは週末だ。
そういった状況なこともあり、部活をしながら真っ当な日常生活をひとりで送れる自信は、残念ながら全く無い。これは俺ができる最善策だと思っていた。
そもそも
靴を履き替えて玄関に出たところで生徒の波に遭遇する。帰宅部も運動部も混ざっている感じだ。運動部はそのまま外周ランニングでもするのだろう。
この辺り一帯は坂の街。少々の距離でも下半身をいじめるには持って来いだ。ご苦労なことだ。そんな生徒らを尻目に帰路へ就けることを考えれば、やはり入部前に引退の文字がちらついてしまう。
「……っとぉ」
意気揚々と校門から出た直後に、思わず歩みを遅くした。
――ウソだろ。
「同じタイミングだったかー……」
少し先、次の信号の手前くらいに、
あのタイミングだと彼女たちが交差点に差し掛かるところで信号は赤になる。どちらかに曲がってくれるのならいいが、真っ直ぐ向かう場合は俺といっしょにその信号に引っかかることになる。
つまり、ふたりとガッツリかち合う羽目になる。
今までは全く混じり合っていなかったから気にしていなかっただけなのかもしれないが、まさか今日このタイミングで遭遇するなんて思わないだろう。悪運が強すぎる。
「稲村も同じ方向だったのか」
二階堂の家が俺の家からもまぁまぁ近めのところにあるということは、彼女を送ったときに大体把握していたが、稲村も同じだったとは知らなかった。
まぁ、そんなことはどうでもいい。今はこの状況を打開する案を考えるべきだ。
声をかける――のはさすがに違う気がする。
とはいえ、真横を素通りするのもまた違う気がする。
答えはひとつだった。
――通りを挟んで反対側の歩道へ移動して、一気に歩いて行けば良いだけだ。
次の信号がもう一度が変わるまではのんびり歩いて、直進が赤になったら反対側に渡る。そして再び直進。ニアミスを回避するにはコレしか在るまい。
ただ単に理由無く横移動するだけでは何だか微妙な気もするので、せっかくだからコチラ側にあるスーパーにでも寄っていけばいい。何かしらの理由があれば不自然さは減らせる。
そうと決まれば、まずは一旦立ち止まって財布の中にポイントカードが入っていることを確認。そうしている間にウマいタイミングで信号が変わってくれた。あとは今考えた方法で歩いて行けば――。
「我ながら根暗ムーブだな」
言ってて哀しくはなるが、まぁいい。今はたぶんこれでいいはずだ。
○ ○
「あれ? ……ねえねえ
「うん?」
少しねっとりとした声のかけ方。あんまりイイ予感はしない。
「アレ、ウワサの彼じゃない?」
そう言いながら
「……誰?」
「冷たっ。……レンレンでしょ、レンレン」
――レンレン。
「
「うん、それ。だいぶ早く認識出来てるじゃん」
「何が」
妙に嬉しそうな顔をする咲妃だったが、この娘がどうして今そんなに嬉しそうにしているのか私には全然理解ができない。
さて、そう言われてから改めて通りの反対側を見てみると、たしかにその人影は深沢くんだった。言われてみるとわかるということはやはりあるらしい。
もっとも咲妃は私が理解していようとそんなことはどうでもいいらしく、視線はすっかり深沢くんの方に向けられている。さすがに咲妃も彼を追いかけていきなり車道に飛び出すような真似はしないと思うけれど、念のため注意はしておくべきなのだろうか。
「家、そっちの方なのかなー」
「知らない」
「訊いてないんだ?」
「訊く必要ある?」
「……まぁ、無いか」
その必要は無い。たぶん、無い。
「あ、曲がった」
周囲に気を配っていたところで菜那がまた指をさす。面倒くさいがそちらを見るが深沢くんの姿はなかった。どうやら彼は次の信号を渡らずそのまま右折したらしい。
それにしても咲妃は完全に深沢くんへと一直線になっている。どこにそこまでの興味が持てるのか、それも私には理解ができないところだった。
「菜那、こっちこっち!」
「え? え、ちょっと」
私にそんなことを思っている暇は無かったらしい。咲妃は力強く私の手を握ると、丁度良いタイミングで変わった信号を渡ろうとする。拒む間もなく、私も引き摺られるように横断歩道を渡る。
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
「気にするけど」
気にしたところでもう遅いのも解っている。ため息しか出てこない。
深沢くんがこちらに気付く感じもないのでひとまずは良いのかもしれないが、とはいえいつ彼が騒がしい咲妃に気付くかわからない。
本人はスパイのつもりなのか、街路樹の陰にわざわざ隠れながら進んでいく。ひとりでやってもらう分には別にどうでもいいけれど、私の手を取ったままなので自然と私も隠れなければならない。
何の時間だろう、これは。
知り合いやあるいは近所の小学生や中学生の姿が無いのが唯一の救いかもしれない。もし見つけたらすぐ咲妃を置いて他人の振りをする予定だ。
ただ、その追尾も数十メートルで無事に終わりそうだった。
「あれ?」
「なるほど」
彼はさらに右折をしたが、そこにあるのはスーパーだ。何のことは無い、買い物をしてから帰るということらしい。
「へ~、レンレンって帰りにスーパーなんて寄るタイプなんだ」
「ご家族に頼まれたとか、そういうことなんじゃない?」
他人様の家庭事情なんてとくに興味も無いけれど。
ほんの少しだけ意外性があるのは事実だった。
「あー、なるほどねー。ふむふむなるほどー」
「……ちょっと」
妙にわざとらしい口調になったと思えば、菜那の瞳がキラキラと光っている。
「もうちょっと後付けてみない? レンレンの家の晩ご飯メニューとか知りたくない?」
「やめて」
「はーい」
あまりにも下世話で不穏なことを言い始めるので一言で制してみようとする。もちろんこれは咲妃が冗談で言っているだろうと思って、私も言葉を選んだだけのこと。すぐさま咲妃が引き下がったところからも、やはりこれは冗談だったらしい。
「……でもその冗談って誰も得しないでしょ」
「まぁまぁ、堅いこと言わないの」
堅くもないとは思うけれど。明らかな冗談は真に受けないし。
まぁいい。深沢くんの買い物を本当に邪魔せずには済んだのだから。
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