第40話 勝利と不穏な痕跡


 しばらくして。


 私たちは、何とかスライムの集団に勝利できた。


 動かなくなったスライムたちの山が、そこら中に積み上げられ、スライム特有のソーダのような匂いが周囲に漂う。


「ふぅ……ようやく終わりましたね」


《おわったねー、おつかれさまーあるじー》


 なぎは私の肩にちょこんと乗り毛繕いをする。


「なぎ、ありがとうー! 帰ったら美味しいもの食べようね!」


《うん! たべるー。なぎ、たこ焼きがいいー》


「ふふっ、たこ焼きですかー! ありですねー!」


 私がなぎを撫でていると、先陣を切っていたコンラッド様とガイアス様がこちらへと歩いてきた。


「ありがとうなぎ、そして、シャルも……まさかここまで魔物が活性化していたなんて思いもしなかったよ……まぁ、おかげでレベルアップのアナウンスが鳴り続けていたんだけどね。50レベルから止まっていたのにもう60だよ」


「だな。俺も40から50になっていたわ! まぁ、レベルアップは純粋に嬉しい。とはいえだな、我らが聖女様と聖獣様がいなけりゃ、それどころでもなかっただろうがな……」


 お2人が言うように、先程からずっとレベルアップのアナウンスが止まない。


 私も50から5レベルもアップし、55レベルとなっている。


 平均値ステータスも700に迫っているくらいだ。

 

 それほどまでに、ここの魔物は強いということだろう。


「コンラッド様、ガイアス様……こんなことって、初めてですよね? 少なくとも私の記憶にはありませんが……」


「うん、僕らも初めての経験だよ……こんな集団で魔物が襲ってくるなんてさ。しかも、最弱であるはずのスライムがここまで手強いなんて――」


「ああ、初めてだな……普通のスライムなんて魔法も酸とかも飛ばさねぇしな」


 私たち3人が考え込んでいると、なぎが頬擦りしてきた。


《あるじー。ちゃんと、わかんないけどー。なにかから、にげてきたみたいー》


「えっ!? あのスライムたちは何かから逃げてきたの?」


 なぎは精霊獣ということもあり、存在が近しい魔物とそれなりの意思疎通が図れるのだ。


 私の驚く声を聞いたコンラッド様とガイアス様の2人は顔を見合わせて、再び考え込む。


「なるほど……それなら、色々と説明がつくよね……けど、もっと深刻な話になるね」


「ああ……なかなかにやばいな。今戦ったコイツらとモフィットが王国に向かってきてるってのも、同じ理由ってことだろ? 洒落になんねぇぞ……今のでこの状態だぜ?」


 ガイアス様が後方を指差し視線を向ける。


 そこには、スライムの攻撃により、怪我をした方や目が虚ろになり、戦意を失いかけている方々もいた。


「序盤でここまでの被害とは……」


「まぁ、仕方ねぇだろ……んで、団長さん。どうするよ? 俺らが考えている通りの原因だった場合。この3人はサフィラ草原まで行けても、たぶん全員は厳しいぜ?」


 ガイアス様の言葉に、コンラッド様は周囲を見渡し眉間にシワを寄せた。


 そして、一瞬間を置くと団員の方々に指示を出した。


「だね……よし、怪我をしている団員と、僕が今から名を呼ぶ者は、王国に戻ってくれ!」


 その声に二つ返事をする者はいなかった。


 団員の方々も王国を守る為に、命を張る覚悟で来たのだから当然だろう。


 すると、コンラッド様の優しい口調ながらも迫力のある声が響いた。


「いいか? これは命令だ。君たちに拒否権はない!」


 そういうと団員の名前を一人ずつ呼んでいく。


 コンラッド様は、この騎士団全員の名前と1人1人の実力も把握しているし、性格も待っている家族のことも覚えている。


 だからこそ、引き際を間違えて無駄に命を散らして欲しくなかったのだ。


「シャル……すまないけど、重症者の怪我を治してくれるかな?」


「はい、承知致しました」


 私はスライムによる攻撃で重症となった団員の方々をスキル【光魔法】で治療して回った。




 ☆☆☆




 再びスキル【転移】を使用し、コンラッド様に名前を呼ばれた団員の方々を王国へと届けた後。


 私は、コンラッド様たちと合流し、休憩を挟みながら少し森の奥に進んでいた。


 隊列は少し変えて、実力順となっている。


 コンラッド様とガイアス様が先陣を切り、私となぎがその後ろを歩き、残りの団員の方々が続くといった感じだ。


「モフィット、なかなか現れませんね……どこかに行ってしまったのでしょうか? 索敵画面にも私たち以外の反応は見当たりませんし」


 私のスキル【索敵】はカンストしているので、大体直径1キロくらいまで察知できる。


 なのに……この周辺には魔物が全くいないのだ。


 一体、何故なのでしょうか?


《いないねー、なぎもみつけられなーい》


「ですよね……何もいませんよね……」


「そうだね。それに静か過ぎるかも……ん?」


「コンラッド様、どうかされましたか?」


「いや、冬が来たかのように、植物が枯れてる……」


「本当ですね。草木が枯れ果てています……草木を枯らすスキルなんてありましたっけ? そもそも、魔物がこのようなことをする事自体が、不可解過ぎて不気味です」


「僕が知る限り、無いかな……? 闇魔法とかならあり得そうだけど……そういう感じではないよね……なんか養分を吸われたような……」


 私とコンラッド様の会話、そして不可解なことが起きている現状に、団員の方々の表情には焦燥感が漂い始めていた。


 この後、コンラッド様、ガイアス様、私とで相談した結果。


 私のスキル【索敵】画面に何か変化が見られるところまで進むという意見に纏まり、私たちは歩みを進めることにした。



 ☆☆☆



 日が沈み始めていた頃。


 一向に魔物の姿が見られないし、索敵画面にも変化がない。


「お、おい! あそこを見てみろ!」


 ガイアス様の大きな声が響く。


 モフィットの大量の骨に丸太を切り抜き、そこに毛皮を敷き詰められた生活感の漂うベッド。


 ゴブリンがいたであろう無数の足跡。


 そして、飯盒炊爨をする時のように左右に木が地面に打ちつけられた、調理していた様子すら伺える焚き火のあと。


 知能が高いゴブリンやオーク、コボルトでもここまでのことはできない。


 あまりにも生活水準が高すぎるよね。


「コンラッド様……これ、普通の魔物ではないですよね……もしくは、人族の方が遭難されたとか……」


「うん……どちらの可能性も考えられるね……けど、もし後者だった場合は、絶望的だろうね……可哀想だけど」


 コンラッド様の言う通りだとは思う。


 けど、もし……少しでも生きてる可能性があるなら、王女として、1人の人間として放おってはおけない。


「ですが――生きている可能性もありますよね?」


「聖女様よ……さすがに、それは楽観的過ぎるんじゃないか? 仮にだ。ここに居たのが人だったなら、五割の確率で死んでる。とはいえ、普通は知能の馬鹿高い魔物が生まれたって考えるのが妥当だ。じゃなければ、よっぽどの猛者だろう……それこそ、ここにいる全員より、強い存在のな」


「確かに、そうだね……ベッドの数からして、この場所に住んでいたのは1人……または1匹。なのに、手強い魔物であるモフィットの骨が大量にある。これだけ証拠があれば知能の高い魔物がいたって言えなくもないか……」


「ああ、少なくとも、俺はそう思うぜ……」


「そうですか……」


「……そんな顔しないで、シャル。僕らの任務はモフィットを王国へ来ないようにすること。だから、サフィラ草原の様子を確認してから考えよう!」


「それで、大丈夫でしょうか……もし、遭難者の方が生きていたらと思うと胸が苦しくて……」


「大丈夫だ、聖女様! さっきも言ったが、もしここに住んでいたやつが人間なら俺たち以上の使い手だ。そんなやつがそう簡単に野垂れ死んだりしねぇよ」


「ガイアスの言う通りだよ。それにもし捜索したいと言うなら、早くこの任務終えればいいんだよ!」


「確かに……名案ですね! さすが、コンラッド様です」


「いや……僕は嫌だけどさ。放っておいたら、シャルのことだから1人で行くでしょ?」


「さ、さすがに――行かない……と思います……たぶん」


「ははは! 絶対行くじゃねぇか!」


「んもう! ガイアス様、笑わないで下さい!」


《あるじー、ぜったいいくー》


「あ、なぎまで! 言うんですね!」

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