第41話 サフィラ草原

 私たちは深淵の森を抜けて、サフィラ草原へと訪れていた。


 ここは、手前に深淵の森があることで、独自の生態系を築いている。


 草食の魔物であるモフィットが生態系の頂点に君臨している為、スライムやモズル(ねずみのような魔物)といった比較的大人しい魔物に加えて、日本で居てた頃のように牛や馬、羊などの家畜と呼ばれていた動物たちが、それぞれにのびのびと生活しているのだ。

 

「それにしても、深淵の森とは全く違うな」


「ええ、ここはモフィットが生息している以外は広大な草原というだけですからね」


 「あ、この花。シャルに似合いそうだね」


 コンラッド様は、そういうとおもむろに付近生えている色鮮やかな花を摘み、私に手渡してきた。


 優しく微笑む前世の推し&今世の夫という肩書きに加えて、花の香りとコロンの匂いが混ざり合い私を誘惑してくる。


 これが前世の私であれば、人目もはばからず、抱きついていただろう。


 だが、今の私はラングドシャ王国、王女シャルル・ロア・ラングドシャだ。


 さすがに騎士団の方々がいる前で、そのような行動を取ることはできない。


「コ、コンラッド様。嬉しいのですが、その……」


「照れなくても、大丈夫だよ。シャル」


 困惑している私に対して、コンラッド様は遠慮なくその距離を詰めてくる。


「ふぅ……こんなところでイチャイチャかよ」


 ガイアス様は何度も見てきた光景にやれやれといった感じだ。


 「あ、あの……団長」


 騎士団の一人が恐る恐るコンラッド様に声を掛けた。


 「ん? どうした?」


「い、いえ! お取込み中の中、すみません! ただ、少し疑問に思いまして……モフィットの大群がどちらにいるのでしょうか? 平和そのものといった感じのように見られますが……。それに道中で遭遇しなかったのもの気になります……」


 その一言を皮切りに他の団員の方々も草原を不思議そうな顔で見渡す。


 「……確かに。そもそも、五日で王国に来るというのが事実なら、ここへ来るまでの道のりで出会っていてもおかしくはないか……」


「一団員である私が、差し出がましいことをすみません」


「あ、いや、言ってくれてありがとう。当たり前のことなのに気付けていなかった」


「んじゃ、どうするよ? 大群で王国に迫っていたはずのモフィットは、大人しくなって楽しく過ごしてましたと報告するってことにするか?」


 腕を組みながら、ガイアス様がいう。


「皆さん、少々お待ち下さいね。スキル【索敵】発動」


 私も不思議に思い、スキル【索敵】を使い周囲を確認する。


 すると、どうだろう。


 索敵画面に、赤い点や緑の点などが見受けられるが、大群といったようなものは確認できない。


 それどころか、分布している点を見る限り、一定の距離を保ちながらそれぞれの生活をしているようにも見られる。


 「一応、スキル【索敵】でこの一帯は確認しましたが、魔物たちの動きにおかしな感じは見受けられませんね。なぎはどうですか?」


《いっしょー! なぎもおかしくないとおもうー》


「ありがとう。なぎ♪」


《ううん、あるじのやくにたてて、なぎしあわせー》


「可愛いな-! もう!」


《えへへー、ぎゅってされるのうれしー》


 私がなぎに夢中になっていると、困ったような声色をしたコンラッド様の声が聞こえた。


「えーっと、シャル……どんな感じかな?」


「あ、すみません! なぎも異常を感じないとのことです」

 

「ふふっ。いや、大丈夫だよ。でも、そうか……となると、一度、王国に戻るのもありかな」


「だな。それが無難だろう」


 ガイアス様が頷く。


「だよね。さっきのゴブリンの足跡があった場所もそうだけど、色々と国王の判断が仰がないとね……。ちょっと僕らでは判断のつかないことが多すぎるかな」


「ああ。それに聖女様のスキル【索敵】と精霊獣の猫様で確認できないなら、何かと難癖つけたがる貴族連中も黙るだろうしな」


「だね。じゃあ、申し訳ないけど、シャルお願い出来るかい?」


「承知致しました。では、皆さん、少し近付いて下さい」


 私の指示に従い騎士団の方々は、スキルを発動しやすいように目の前で隊列を組む。

 

 スキル【転移】は、とても便利なスキルではある。

 が、転移する対象が私の視界に収まっていないといけないのだ。


「じゃあ、お願いするね!」


 コンラッド様は、私の右隣に立ち肩を抱き寄せる。


「コンラッド様……なぜ抱きつく必要があるのですか?」


 嬉しいのですけれど、今は任務中ですしね。


《こんらっどー、ちかいねー》


「ねー! 近いよねー!」


 私がなぎと念話で会話していると、コンラッド様はその内容を察したのか、肩に乗るなぎへと屈託のない笑顔を向けた。


「だって、ほら! 僕はシャルの夫だからね」


「こんな時までお熱いこって、んじゃ、俺も聖女様の肩を持とうかなっと!」


 ガイアス様が私の左隣に立ち肩へと手を置こうとした。


 その瞬間、私の右隣に立っていたはずのコンラッド様が、目にもとまらぬ速さでその間に割って入ってきた。


「ガイアス、それは許さないよ……」


 ふざけているガイアス様へと向ける視線は凍てつくように冷たい。


 右手は腰に携えたサーベルへと添えられている。


 「ったく、冗談だ。冗談。ここまでとなると重症だな」


「冗談でも、僕以外の誰かがシャルに触れることは許さないから」


「へいへい。もう、わかったっての……俺が悪かった」


「わかってくれたならいいけど、僕はそういう冗談、好きじゃないかな。僕とシャルは夫婦だしね」


 そういうとコンラッド様は、私の腰に手を回し抱き寄せる。


「ちょっといいか、団長……俺も2人が夫婦だってことはわかっているつもりだ。けどよ、さすがに部下の前で花を渡したり、抱きついたりはやり過ぎじゃねぇか?」


「夫婦のコミュケーションにやり過ぎとか、よくわからないかな? そもそもいくら親友と言えども、他人の君にとやかく言われたくはないしね」


「他人……ねぇ……まぁ、そうだな。けど、これは任務だろう? 団長の言う他人の俺から見ても、部下の前でデレデレしてるのはダサいぜ? というか、聖女様本人も嫌がってるだろうしな」


「シャルが嫌がっているだって? ふーん。大体、君の言いたいことはわかったよ……剣を抜け、ガイアス……」


「正論を言われて頭にきたか。ま、俺はこっちの方がわかりやすくて好きだぜ。コンラッド!」


 2人は私の傍から離れていく。

 

 距離にして、50m先ほどで止まり、互いに向き合う。


 「いくよ!」


 「おう! こいよ!」



 ガイアス様の返事を受けた瞬間。



 コンラッド様が、サーベルを抜き放ち踏み切る。


 そのあまりの速さに姿を追うことができなくなり、全員が見失う。



 ――ガキン!



 剣戟が響き渡ると、2人は鍔競り合いをした姿が現れる。


 今度は距離を取り、互いにスキル【氷魔法】と【風魔法】を発動し、氷を纏ったサーベル、風が渦巻くサーベルで打ち合う。


 ガイアス様の風により、コンラッド様のサーベルを覆っていた氷は砕かれ宙を舞う。


 太陽の日射しを受けてキラキラと輝く無数の氷の欠片。


 ガイアス様はそれを目にしたことでニヤリと笑みを浮かべる。


 だが、コンラッド様は表情を変えることなく、サーベルを前に突き出す。


 ガイアス様はそれを間一髪で躱し、もう一度斬り掛かろうする。が、コンラッド様もそれを身体を捻ることで避け、今度は体勢を整えると瞬時にスキル【氷魔法】を発動し、まだ宙を漂っている小さな氷の欠片を円錐形へと形状を変化させて放つ。


 それをわかっていたかのように、ガイアス様もスキル【風魔法】を使用し風の防壁を出現させる。


 こんなふうに誰も入る余地のない、氷と風の応酬が繰り広げられた。




 ☆☆☆




 しばらくして、そこは魔物の大群が暴れたと言われても、遜色ないレベルとなっていた。


 草原はスキル【氷魔法】によって氷塊がそびえ立ち、地面はスキル【風魔法】の影響で草が刈り取られてしまいクレーターのようなものがあちらこちらに出来ている。


 2人より弱いスライムやモズルといったねずみに似た魔物たち・動物たちは1キロ先にいる個体でも、更に距離をとろうと今なお、猛スピードで離れている始末だ。


 このやり取りをいつも見ている団員の方々は、苦笑いをしていた。


 なんというか、前世の推しであった加琉羅ルイ君とは、性格は真逆ですね。


 【マケフリ】の最終回でも、加琉羅ルイ君は、デレることなんてなかったですし。


 これをかずっちが目の当たりにしたら、一体どう思うのでしょうか。


 まぁ、妻としてはこれ以上もなく幸せなことなのですけれど。


 といっても、最終回を知らない彼女からすると、推しが結婚してデレたー! とか騒ぎ立てそうなシュチュエーションですね。


 ふぅ、とにかく。

 今は父にこの不思議な現状を伝えないといけませんのに。

 

 「コンラッド様、ガイアス様。早く王国に戻りますよ。スキル――」


《こんらっども、がいあすもー、おいてけぼりー》


「うふふ♪ ですね!」


 私はスキル【転移】の発動しようとした。


「ちょ、ちょっと待って! シャル!」


「お、おう! それはないぜ! 聖女様よ」


 2人は争いをすぐさま止めて、近くに駆け寄る。

 

「ふふっ! スキル【転移】発動」




 ――ブォン。



 

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