第36話 妻として

「いいか! 我らは今からこの国の為に出陣する! だが、しかし! この団にいる皆も、この国の国民であることを忘れないでほしい。だから、命を賭す覚悟を持ちつつも、絶対に死ぬんじゃないぞ! いいな!」


「「「おおー!」」」


 広場にコンラッド様が着いたようだ。


 窓から騎士団を鼓舞する声とそれに応える騎士団の声が聞こえる。


 皆、私を待っている……早く行かないと。


 けど、本音を言えば行きたくない。


 この価値観は、留実だった頃の体験が影響しているのだろう。


 王女である立場である前に、私はコンラッド様を愛するただの妻であるのだ。


 私はそんなこと思い浮かべながら、ふとステータスを表示させた。


「ふぅ……ステータスオープン」


【名前】シャルル・ロア・ラングドシャ(転生者)

【種族】人族

【年齢】18

【レベル】50

【体力】500【魔力】600【攻撃】400

【防御】450【敏捷性】500【知力】600

【健康状態】良好

【空腹状態】普通

【スキル】光魔法レベル10 索敵レベル10 

     転移レベル10 魔物使いレベル10

     精霊獣使いレベル5(光)


「このスキルを持っている時は、気分が高揚したものだけれど……今となっては、呪いみたいなものですね……愛しい人を危険な場所に送らないといけないなんて――」


 私が騎士団の集まる広場に行く理由は、保有しているスキルが起因していた。


 スキル【転移】。


 鍛錬や何かを磨くことでは発現することない稀有なスキル。


 能力は言うまでもなく、選んだ対象を私が一度行ったところであれば、転移させる能力。


 しかも、私のスキルレベルは最大値であるレベル10。百人ほどであれば1回の転移で運べるのだ。


 これが戦いにおいてどれだけ有利であるのか、想像に容易い。


「……よし。覚悟を決めよう。今の私はシャルル・ロウ・ラングドシャ……コンラッド・ロウ・ラングドシャの妻であり、この国の王族なのよ……」


 私が自分に言い聞かせるように言葉を口にしているとポンッ! という、コミカルな音と共に声が頭の中に響いた。


《あるじー、だいじょうぶー?》


 その声の主は、真っ白な毛色、澄み渡る空のような瞳を持つモフモフした存在。


 私の使い魔である精霊猫エレメンタルキャッツのなぎ。


 種族名に精霊を冠するだけあって、スキル【光魔法】を保有している猫のような精霊獣だ。


 彼女と私の出会いは幼少期に遡る。


 発現の儀を終えて数週間後のある日。


 2つの心を抱えて塞ぎ込んでいた私は、ひとけのない夜中に、夜空に浮かぶ2つの月を近くで見たくなり、自室を抜け出すこともあった。


 理由は、ホームシック……いや、その言葉一言では片付けることのできない不安な気持ちを紛らわせる為だ。


 彼女と出会ったのも、たまたまいつものようにカーテンや衣服と繋ぎ合わせて下に降り、噴水のある中庭で空を見上げていた時だった。


 私は噴水の横で、深い傷を負いうずくまっていた彼女を発見した。


 当時の彼女は、森猫フォレストキャッツという漆黒で大きな虎のような魔物だった。


 今、思えば何故近付いたのかわからない。


 ただ、そのあまりにも、苦しそうな表情に気がついたら私は駆けつけ、スキル【光魔法】を発動し続けた。


 だが、当時の私のスキル【光魔法】では、傷を癒すことはできなかった。


「どうしましょう! こ、これじゃ救えない!」



 私が慌てふためく中。



 彼女の声が頭の中に響いたのだ。


《テイム……テイムを、テイムすればかいふくするの。どうかテイムしてください》と。


 私は必死さに何も考えず、保有していたスキル【魔物使い】を使うことで、傷を癒すことを選び「なぎ」と名付けた。


 その瞬間、なぎは姿を変えて、今の種族である精霊獣へと進化も果たし今に至る。


 ちなみに、これはあとから調べてわかったことだが、精霊獣という存在は元を辿れば魔物であり、テイムしている側からの【名付け】・【保有しているスキル】・【種族ステータスの上限値】を迎えることにより、稀に精霊獣へと進化するらしい。


 そこから、私たちはどんな時も一緒にいる関係だ。


 転生したばかりの頃、記憶に心が追いつかず苦しんだ日々。


 レベルを上げる為に初めて冒険をした日々。


 買い物に行ったり、初めてデートをしたりといったプライベートな時間でさえも。


 もちろん、コンラッド様と結婚した後もずっとだ。


 なので、彼女はコンラッド様と同様に転生者である、私を支えてくれたもう1人のパートナーでもある。


「なぎ……心配してくれてありがとう」


《ううん、なぎはねー。あるじがだいじょうぶなら、いいの》


「うふふ、なぎは私の癒しよ」


 私は膝の上でこちらを心配そうに見つめてくる彼女が愛しくなり、ぎゅっと抱き締める。


 彼女は腕の中で、無邪気な表情を浮かべた。


《えへへー、あるじあったかーい》


 もう1人のパートナーにより、私は大事なこと気付いた。


 稀に見る状況に、少し感傷的なり過ぎていたのかもしれないわね。


 覚悟を決めることも、大事。


 けど、笑顔で送り出すというもの立派な務めだ。


 切り替えが出来た私は、自然と言葉を口にしていた。


「よしっ! なぎも一緒にきて」


《うん、そのこえをまってたー。なぎ、うれしい》


「んもう! かわいいー! じゃあ、いくよ」


《うん、いつでもどうぞー》


 私は、決心が揺らぐ前にスキルを発動した。


「スキル発動! 転移――」



 ――ブォン。



 こうして、私たちはコンラッド様に少し遅れて広場へと転移した。

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