王女視点
第35話 一ヶ月後
あの夜から、一ヶ月後。
最近、王宮内が騒がしい。
月に一度しか行われないはずの周辺貴族を招いた会議がこの二週間の間に、三度も執り行われているし、その間にも会議の内容を嗅ぎつけた国民たちへのフォローとケアに勤しむ毎日。
王宮で働く方々も鬼のような表情で駆け回っている。
ここに来て蚊帳の外とはなかなかですよね。
何となく察しますが――。
私が自室の窓際で不貞腐れるのには、理由があった。
たびたび議題にあがるのは、我が国、ラングドシャ王国の南に位置する、深淵の森に住まう魔物の動きについてと、その対処について。
原因は不明なのだが、殺戮の天使と呼ばれる一本角を額に生やしたうさぎのような魔物、モフィットの大群が深淵の森の先にあるサフィラ草原から、ラングドシャ王国へと迫っているのだ。
放置していると、あと五日ほどで王国に辿り着くらしい。
深淵の森というのは、この世界で一、二を争う危険な場所であり、未開の土地とまではいかないが、独自の生態系を築いている場所。
なにが危険かというと、単純に生息している魔物の強さが尋常ではないのだ。
そこにいる魔物の平均ステータスは350以上でスキルも複数所持している個体も多く、あの最弱と呼ばれるスライムですら平均ステータスが100を有に超える。
ちなみに私や父や母など、王族血筋で一般的に高レベル(50以上)と呼ばれる方で、平均ステータスが500前後のスキル複数保有。
コンラッド様、ガイアス様など、騎士団長、副騎士団長クラスで、平均ステータスが600前後のスキル複数保有。
騎士団員で、平均ステータスが200前後のスキル2~3つ保有。
周辺貴族出身の方で、平均ステータスが150前後といったところだろう。
つまり教育・鍛錬の場が整えられ、恵まれている身分であっても、平均ステータス350以上というのはあまり多く見られないのだ。
それが一般人ともなれば、成人を迎えたとしても平均ステータスは100以下、保有しているスキルが2つというのが当たり前である。
このことから深淵の森に住まう魔物が、どれほど異常なのかわかることだろう。
要するに王国内に侵入を許してしまえば、全てが終わってしまう。
それを今になって、重大案件と捉えた周辺貴族の方々が、国王である父を巻き込み、コンラッド様を呼びつけたのだ。
私には内緒で。
――コンコンコン。
「失礼するよ。シャル」
「どうぞ」
コンラッド様は部屋に入るなり、神妙な面持ちで口を開いた。
「……その、聡い君のことだ。色々と状況を把握しているとは思うけど――」
「……はい、会議に私が外された時点で何となくは察しておりますが――コンラッド様絡みですよね?」
「――うん、さすがだね。ついさっき白銀の騎士団が深淵の森を探索することが決まった」
白銀の騎士団、百名ほど精鋭騎士で構成された遊撃部隊であり、その任務は国家の危機が訪れた時などに王命を受けて動く、王族直属の騎士団だ。
代々、王族が所属するという習わしがあり、現国王でもある私の父、ダマルカス・ロア・ラングドシャも王位に就くまでは、この団で剣を振るい民の為にその身を捧げてきた。
現在はコンラッド様が騎士団長を務めており、私にとっても馴染み深い団でもある。
「――理由を伺っても?」
「王命だ……ね」
「やはり、お父様ですか……」
「うん……けど。これも次期国王として課せられた使命だからね」
コンラッド様は視線を落とし言う。
「はい……承知していますし、覚悟もしております……ですが、やはり――」
――私が思いの丈を口にしようとした時。
コンラッド様が駆け寄り、優しく抱き締めた。
「心配してくれてありがとう……シャル……」
「いえ、私も頭では理解しているのです。ですが、コンラッド様! いくら貴方がお強くても、深淵の森に行くなど……その、あまりにも……」
「……うん、わかってはいるよ。けど、君は強くて凄い人だ。僕はそんな君と一緒になれて本当に幸せ者なんだ……この意味がわかるよね?」
コンラッド様が言うように王位を継ぐ、つまり私と結婚するには条件が出されていた。
それは白銀の騎士団に所属し、国家の危機が訪れた時、その身を捧げること。
これが父、第十六代国王ダルマカス・ロア・ラングドシャが出した条件だったのだ。
だが、決して私たちの仲を裂こうしたというわけではなく、他の有力貴族を黙らせる為に提案したものである。
しかし、今回はそれを逆手に取られてしまったのだ。貴族たちに。
「――はい……承知しております」
「そんな顔しないでおくれ。シャル……」
「…………」
私は流しそうになった涙をぐっと堪える。
コンラッド様は、その涙を手で拭うと困ったような笑みを浮かべながらも、私からゆっくりと離れた。
「――では、広場に来てくれるかい? 皆、もう集まっているんだ」
「わかりました。伺いますので、少々お待ち下さい」
「……わかった。では、先に行って待っているね」
コンラッド様は、苦々しい表情を浮かべながら部屋を出ていった。
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