第9話 あの日々に思いを馳せて
実際、私のステータスとスキルは稀有なものだった。
【名前】シャルル・ロア・ラングドシャ
【種族】人族
【年齢】6
【レベル】 1
【体力】50【魔力】100【攻撃】20
【防御】50【敏捷性】50【魔法攻撃】100
【魔法防御】100
【健康状態】良好
【空腹状態】普通
【スキル】光魔法レベル1 索敵レベル1
転移レベル1 魔物使いレベル1
これが六歳の時の私のステータスである。
レベル1のステータス平均が30前後らしいので、しっかり王族としての威厳と体裁を保てる値だったし、4つスキルを所持していたということ、国王である父から光魔法、母からは索敵を受け継いでいたのも、当時不安にかられていた私にとって支えとなっていた。
だが、それも長くは続かなかった。
培った経験のせいだろうか、いつしか周囲の視線や言動を素直に受け取ることが出来なくなってしまったのだ。
知らない文化、知らない土地、知っているはずの人物に疑いを向けてしまう大人の心。
それに対して罪悪感を抱いてしまう純真な子供の心。
2つがせめぎ合うことで、どうやって人と接していいのか忘れていき、いつしか王宮に誰かが訪ねてくる以外は、自室へと引き籠もるようになっていった。
そんな私の気持ちが落ち着くのは、ひとけが無くなった夜のみ。
なので、当時も自室の窓から夜空に浮かぶ2つの月を見ていた。
自分の中にある、大人と子供といった矛盾した2つの心を、空に浮かぶ2つの月と重ねながら。
そんな中。
発現の儀を境に、一ヶ月に一度という頻度で勉学を共にしていたコンラッド様が、なにを思ったのか、毎日王宮へと訪れるようになっていた。
ぎりぎり読めるほどの拙い文章と、その日摘んだ花を手に握りしめて。
私はそんなコンラッド様に仕方なく応じるしかなかった。
これは大人の心があったからだと今になって思う。
私は忖度したのだ。
この王国内で第二位の権力を保持し、スキル【鑑定】という貴重なスキルを有しているウォルナット家に。
しかし、このおかげで私は救われていくことになった。
忖度する私に対して、コンラッド様は眩しいくらいにストレートで真っ直ぐに好意を伝えてくるのだ。
何年も、何年も手紙とその日摘んだ花を添えて。
そんなコンラッド様に私はいつしかほだされて、十六歳に自ら望んで婚約者となり、十八歳となった昨年に結婚した。
これがもし生涯を全うせず、年若くして転生していたなら、感じ方が変わったのだろう。
例えば、かずっちと騒いでいた年代くらいに。
けど、あの引き籠もりの日々があったからこそ、この人と一緒になることが出来たのだ。
なので、私は今も幸せ。
それに六歳の頃とは違い、今の私はしっかりと留実であり、シャルルであるという認識が出来ている。
これは、この
実際、いつからかステータス画面の【名前】の欄に(転生者)というものが付け加えられていた。
そういえば、そんな異世界ファンタジーもあったような……。
もしくは、私の目の前で不思議そうに長いまつ毛を揺らしている、コンラッド様の影響なのかも。
なんといっても、引き籠もり塞ぎ込む日々を強引に終わらせた人だし。
もし何かしらの奇跡が起きて、かずっちと会うことがあれば、このイケメンを紹介したいな。
きっと、興奮気味な態度で加琉羅ルイ君に似ているー! とかいうに違いないしね。
そしたら、私が歩んできた異世界LIFEの話も添えたりなんかして。
話をしたら、絶対に羨むし。
いや、ウケるかな?
あれ、どうしたのでしょうか?
今更になってかずっちと話したいとか、紹介したいだの、だなんて。
それに日本で過ごしていた頃の口調まで、思い出してしまいました。
なんというか不思議なこともあるものですね。
ですが、おかげで楽しい記憶と大切なことを思い出せました。
かずっちも、どこかで生まれ変わって幸せになってくれていると嬉しいですね。
って、あの子ならどこでも生きていけますね! きっと!
私の脳裏には、腰に手を当ててDon't Think. Feel! という生前の彼女の姿がしっかりと浮かんだ。
「うふふっ♪」
「どうしたんだい? 急に笑って」
コンラッド様は、不思議そうに私の顔を覗き込む。
「い、いえ、少し昔のことを思い出しまして」
「ああ、和世さんだったかい?」
コンラッド様は、私をぎゅっと優しく抱き寄せた。
愛用しているコロン、ピーチやベルガモットのような爽やかで甘い香りが私を包む。
「はい、和世ですね。というか、コンラッド様? これじゃ、くっつき虫ですよ!」
「シャルにくっつけるのは、夫である僕の特権だからね」
「はい、はい。わかりましたよ……もう、ずるいんですから……」
コンラッド様は事あるごとに特権と口にして、抱きついてくるのだ。
とても幸せなことなんだけど、前世の推しそっくりの顔が近づくことで、どうしても顔から火を吹きそうになる。
「ふふっ、顔が真っ赤だよ? シャル」
「んもう! 誰のせいだと思っているんですか……」
私は離れようともがく。
「ふっ、シャルはいつまで経っても可愛いね」
「……コンラッド様、しつこいです」
「じゃあ、今日はここまでで」
「ですが、不思議ですよね。もう遥か昔なのに」
「うーん、遥か昔か……大切な人との想い出に、昔かどうかなんて関係ないんじゃないかな? シャルが和世さんを思い出してあげることが、和世さんにとって一番幸せだろうからね」
「うふふっ」
「な、何で笑うんだい?」
「い、いえ、すみません! あの優しいだけが取り柄と言われた貴方がもうすっかり紳士だなと思いまして」
「一体、どの口が言うのかな?」
コンラッド様は私の頬を優しくつまみ顔を悪戯な笑みを浮かべる。
私はそれに抵抗するように無理やり言葉を口にした。
「ふぉにょふぃちでぇふゅ!」
「ぷ――っ、はは! それじゃ、茹でダコだよ。シャル」
コンラッド様は必死になった私の顔を見て笑う。
不思議なことだが、この異世界と私が過ごしてきた世界と意外や意外、案外共通点があった。
貴族社会だというのに、奴隷制度がなかったり、魔物以外に生息している動植物や一度目にしたことのあるようなものがいたりなど、そのジャンルは多岐にわたる。
ステータスやスキル、王族や貴族という階級制度がなければ、日本と大差はないのかも知れない。
「むっ……なかなかにイジワルですね! 昔はこんなイジワルではなかったはずです!」
「ふふっ、さっき僕を笑ったお返しだよ。だから、そんなに怒らないでおくれ。シャル――」
そういうとコンラッド様はそっと口を重ねてくる。
私はそれに戸惑いつつも、幸せを噛み締めるように受け入れた。
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