第8話 記憶を取り戻した日


 ――コンコン。



「シャル、失礼するよ?」


 ドアをノックして、扉を開けるのは、サラサラとした白銀の髪にエメラルドグリーンの瞳、スラリとした長い手足に黒を基調とした軍服をアレンジしたような服を着こなす男性。


 それはまるで前世の推しである加琉羅ルイ君の生き写しのようなイケメン。


 彼はこの国、ラングドシャ王国内で国王に次ぐ権力を持つウォルナット公爵家の嫡男であり、私が前世の記憶を持っていることを知っている唯一の人。


 そして、私の愛する夫。


 名をコンラッド・ロア・ラングドシャという。


「はい、どうぞ」



 ――ガチャ。



「また、空を見ているのかい?」


 コンラッド様は、優しく語り掛けると窓際で夜空を見ている私の元へと歩いてくる。


 その手には、起毛の暖かそうなブランケットが握られていた。


 気遣いのできるコンラッド様のことだから、いつも通り私の行動を読んで用意してきたのだろう。


「はい、今日も月が2つあるなーと思いまして」


「ふふっ、色々と変わっても空を見る君は同じことを言うね。ただ、素敵な想い出に浸るのはいいけど、夜風は体に障るからね」


 コンラッド様は、その手に持っていたブランケットを私にそっと被せた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、この夜空を見てふと思ったのです。昔と比べて間違いなく変わったはずなのですけれど、変わらないものもあるかも知れないと」


「変わらないものか、そうかも知れないね」


 私、シャルル・ロア・ラングドシャは、生まれた時から、昔の記憶を持っていたわけではなかった。


 とある日、平和な日本で生まれ育ったこと、その生を全うしたことを突然思い出したのだ。




 ☆☆☆




 あれは時を遡ること十二年前。


 私が記憶を取り戻したのは、六歳となった年のある日。


 私は、国王が鎮座する謁見の間にいた。


 理由は、一年に数回行われる王国の習わしに出席する為だ。


 その習わしの名前は”発現の儀”と呼ばれるもので、表向きは能力の把握と、国の将来を担う子供の適正を確認する為のもの。


 しかし、実際は王族が貴族の保有しているスキルなどを把握することで、反乱分子抑制や危険分子の見極めなど、国家を維持する為に重要な式典という側面もあった。


 また、ラングドシャ王国が建国してから、続いている伝統的なものでもある。


 わざわざ、このようなことするのかだが、理由は単純。


 他人のステータス画面は、とあるスキルを持つ者しか見ることができないからだ。


 そのスキルは、【鑑定】というスキルで、他人のスキル、ステータスを無条件に開示できる能力を持つ。


 そして、スキル【鑑定】を宿しているのは、ウォルナット家に連なる者のみ。


 その為、父ラングドシャ国王が鎮座する豪華絢爛な椅子の横には旧友であり、スキル【鑑定】を保有しているウォルナット公爵と、同じくスキル【鑑定】を持つ、六歳を迎えたコンラッド様が控えていた。


 あとの出席者は、国内の内政を担当する宰相や周辺貴族などが脇を固めていた。


「では、発現の儀を執り行う」


 母にデレている時とは違う、威厳のある国王の声が響き渡った、その瞬間。


 貴族たちから、拍手喝采が巻き起こった。


「シャルル・ロア・ラングドシャ前へ」


 私は王女ということもあり、国王によって一番初めに名前を呼ばれた。


 名前が呼ばれたことで、より一層拍手喝采が大きくなり、盛り上がりをみせた。


 私は幼いながらにも、侍女たちや母から教わったように、その場で立ち上がると父に向けてお辞儀をして、背筋を伸ばす。


 そして、転ばないようにドレスの裾を蹴り上げるように真っ赤なカーペットの上を歩いていった。


 周囲の目が歩みを進める私へと集まる。


 この時、私はちょっとした興味本位から、呟いてしまったのだ。


 「ステータスオープン」と。


 すると突然、頭が割れるような痛みに襲われた。


「――ったい!」


 拍手喝采が響く中、声を挙げる。


 だが、誰も気付かなかった。


 私は、そのあまりの痛みに言葉を発することすらできなくなり、その場で倒れ込む。


 私が倒れたことで拍手喝采から、その場は静まり返り、今度は国王の心配し慌てる声が響いた。


「――シャルル!」


 その後、すぐさま私の傍使いである侍女たちが駆け寄ってくる足音が聞こえた。


 うずくまる私の頭に記憶が、留実として生きてきた記憶が流れ込んでくる。


「――わたしは……鈴木、る、留実?」


 この時の私は遠のく意識の中で、鈴木留実としての人生の追体験をしたのだ。


 そして、ここからが苦悩の日々となった。


 それもそのはずだった。


 生まれて数年間の記憶もあり、八十八年という人生を全うした留実という感覚もあったからだ。


 それでも、なんとか取り繕いながら、シャルルとして日常を過ごした。


 朝早くに起床し侍女から一日の予定を聞き、着替えを終えたあと、国王を中心とした王族との朝食。


 朝食のあとは、侍女から告げられた予定をひたすらにこなしていった。


 幸い言語や文字などは、このシャルルが頑張ってきたようで、ある程度のレベルまで書けるようになっていた為、そこまで不自由はしなかった。


 上手くやれている。


 上手く取り繕えている。


 そう思えていたし、ステータスやスキルといったものを見聞きしたことで、少しだが心を躍らせていたりもした。

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