王女視点

第6話 今から、九十年前

 今から、おおよそ九十年前。


 日本という国に鈴木留実という女の子がいた。


 彼女は、ごくごく一般的な家庭に生まれて、仲睦まじい家族や兄弟達に囲まれた幼少期を過ごし。


 中学に上がった時は、某有名アニメグッズ店で趣味を共有できる親友と出会った。


 親友の名前は、加藤和世。


 出会った直後こそ、その育った環境のせいで人見知りだったが、高校へ上がった瞬間に高校デビューをし底抜けに明るくなった女の子。


  発想も奇抜で、同世代の女子はショート動画で流れてくるインフルエンサーのダンス動画で盛り上がっても、その子は「教室の中で推しがバスケをしているんだから、私はバスケを極める!」と言い放った。


 そして、変な視線を向けられても明るく応じた。


 それにやると決めた事は全力で挑むので、高校三年間で地区大会優勝という結果も残していた。


 和世は、口だけはなく行動も伴う誰にでも好かれる存在だった。


 その頃の日々は、彼女、鈴木留実にとってかけがえの無い物となっていた。


 例えば、放課後カフェ他愛もない話で盛り上がったり、カラオケでアニソン縛りをしてオールしたりなど、いわゆる青春というものを共有し過ごしていく。


 志望校選びも特に何か擦り合わせることもなく、自然と同じ大学を選び通うことになり、いつしかニコイチと自他ともに認める仲となった。




 ☆☆☆




 大学時代、そこからはまた一段と濃い日常が留実を待ち構えていた。


 通学途中は圧が強めの推し語り、留実がやってみたいバイトがあると言えば、和世の「やってみようよ」という一声でバイトをすることになったり、時には自分の受ける必要ない講義を一緒に受けていたりなど。


 休日も空いている時間があれば、和世からの電話があり、二言目には「よし! 今から推しの新たな魅力を発見しにいこうルーミー!」という言葉に乗せられて、二人の推しアニメである【負けるな! 踏ん張り続けろ!】通称【マケフリ】の聖地巡礼やコラボカフェ巡りを繰り返した。


 だが、留実はこの忙しい日々が嫌ではなかった。


 寧ろ楽しんですらいたのだ。


 それは和世が分け隔てなく、着飾ることが無い稀な人物だったからかも知れない。




 ☆☆☆




 そこから時が流れて、大学を卒業し就職する時期。


 留実は実家を出ることになった。


 いちいち説明するまでもないが、就職先の勤務地が実家から離れていた為である。


 とはいうのは口実で、留実は元々、親から自立したいという気持ちがあり、その一番手っ取り早い方法が就職を機に一人暮らしを始める。


 という、結論に至ったのだ。


 別に親とわだかまりがあったわけではなく、兄弟とも仲違いになったわけでもない。


 早く大人になりたかった。


 ただ、それだけの理由。




 ☆☆☆




 三月末日。


 留実は引っ越しした後、忙しい日々を過ごしていた。


 慣れない土地での1人暮らしに、転居届、マイナンバーの住所変更、運転免許証の住所変更、健康保険、年金の手続き、印鑑登録などの経験したことのない役所手続きの為に市役所通いの日々。


 他にも、銀行の住所変更やクレジットカードの申請など。


 当たり前のことではあるが、学生から社会人となるこの大きな変化に、留実自身が選択したものの、自分の事で精一杯となってしまう。

 毎日会っていた親友とも会う気が起きないほどに。


 そして、いつしかLINEで簡単なやり取りをするだけに留まり、連絡をする回数も減っていった。




 ☆☆☆



 


 そこから、時は進み入社式当日。


 留実は、茶色ベースのオフィスメイクに、着慣れないリクルートスーツを身に纏い、立ち鏡の前で自身の姿を確認していた。


「うん、大丈夫だよね」


 一通り確認を終えると、前日に準備をしていた小型のビジネスバッグを肩に提げて、期待と不安を抱きながら家を出た。


 通勤の途中に起こる出来事が彼女にとって忘れられないものになることも知らずに。

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