第5話 私、おしゃぶりに転生したらしい。

《どうして、こうなったんだろう》


 目の前には、鮭の数倍はある魚が何匹も飛び跳ねている広大な川。


 背後には風が吹くたびに、ざわざわと擦れ合う葉の音が聞こえる薄暗い森。


 その先にはアルプス山脈のような大きな山々。


 空を見上げれば、昼間なのに太陽と月のような星が2つ輝き、青色のドラゴンみたいなヤツが火を吐きながら飛び回っている。


 そう、私は異世界にいるのだ。


 それは何も問題はない。


 それなりの覚悟(希望)を持って選択したからだ。


 けど、まさか。


 あの真っ白な空間で願ったことは、ありそうでなかった”異世界ふう”な何かと願ったせいでこうなるなんて。


 ただ、せっかく転生するんだから、こすり倒した有名な魔物や高貴な身分の俺TUEEEE系主人公。


 TS転生に悪役令嬢などではキャラ被りして存在が薄れてしてしまう。


 だから、願った。


 ありきたりな存在になりたくないと。


 いや、本当は憧れたし、やっぱり王道が良いなーとか、転生する直前まで思ってはいたよ?


 だが、やっぱりナンバーワンより、オンリーワンになりたい欲が勝ってしまい願ってしまったのだ。


 ありきたりを避けて”異世界ふう”な何かに転生したいと。


 願ったけどさー、これはさすがにないよね。


 いや、もしかして私の中に眠る深層心理とか、汲み取ってしまった系?!


 いやいや、それでもないっしょー! これはさ!


 それは人間の親指ほどの大きさに、赤子が咥えやすいように柔らかくプクっと膨れたフォルム。


 反対側には可愛らしい子グマの描かれた持ち手があり、材質はアレルギーテスト済みの天然ゴム100%と手触りのいい樹脂のみという、シンプルではあるが、ある意味母親の代わりとも言える優しさと愛に溢れたもの。


 そう、おしゃぶり。


 私はおしゃぶりに転生してしまったのだ。


 不幸中の幸いは、自分がおしゃぶりだということを認知できたこと。


 私はよくある異世界ファンタジーのように、《ステータスオープン》と口にしたことでステータスに保有しているスキル一覧と健康状態、個体名が表示されたことで知れたのだ。


 って、ただのおしゃぶりに口なんてないし、確認できたところでって感じなんですけどねー。


 おしゃぶりだから、動くこともできないし。


 おしゃぶりだから、声を発することもできないし。


 とはいえ、悲観するようなことだけではなかった。


 その情報からして、私は空腹状態にも、異常状態にもならないのだ。


 凄くない!?


 だってさ、こういう時って大体、空腹問題と異常状態に頭を悩ませがちじゃない?


 な・の・にっ! その問題から転生直後に解放されているってわけよ!


 まぁ、私おしゃぶりなので当然のことなんだけど。


 ……って、ああぁぁぁー! 何回も自分でおしゃぶりって口にしたせいでストレスが半端ない。


 泣いてもいいですよね? 叫んだっていいですよね?!


《う、うわあぁぁぁーん! なんでこうなったんですかー! 女神さーん、これじゃ異世界ハッピーライフどころか生き残れないよぉぉー!》


 って、泣けないし、声も出ないからなんの意味もないか。


 いや、そもそも泣けるとか、声が出る出ない以前に、これって生きているって言えないような……。


 きっと、傍から見たらおしゃぶりが地面に転がっているだけ、ただそれだけだし……。


 って、嫌だぁぁぁぁー!

 もう、こんなおしゃぶり連呼セルフツッコミしたくない。


 あ、そうだよ。


 こんな時こそ、現状を整理して落ち着こう。


《ステータスオープン》


【個体名】おしゃぶり(転生者)【種族】物

【レベル】 1

【体力】200/200【魔力】1000/1000【攻撃】0

【防御】200【敏捷性】0【知力】0

【健康状態】ー

【空腹状態】ー

【スキル】寄生レベル1 継承レベル1


 はいはい、おしゃぶり(転生者)ですよねー。

 2回目ですからねー、知ってますとも!


 ちなみにだけど、女神さん曰く、スキルって後天的にも発現したりすることも、稀にあるらしい。


 ただ、強敵との戦闘や果てしない努力の末だったり、遺伝的要員が絡んでいたりなど、女神さんでもわからない不確定な要素が多いとのことだ。


《んっ?》


 私は表示されたステータス画面を凝視する。


 って、初めは気付かなかったけどさ、私、一丁前に種族名が付いているぅー!


 いや、でも【物】って!


 そんな雑な紹介あるの!?

 聞いたことないんですけど!


 普通はさ、頭に【魔法の〜】とか【悪魔の〜】とかついたり、もしくは【インテリジェンスウェポン】みたいな誰もが心踊る名前とかにならない?


 ほら、あるじゃん! 転生したら○だったとか、転生したら○○とかさー!


 私は個体名の欄が変わるように念じる。


 あの白い空間で画面をスクロールした時のように。


 しかし、全く変わる気配がない。


 やっぱり変わらないんだ……てことは、これが正式な個体名ということだよね。


 いや、マジでないわー。


 これってどう考えてもさ、転生ガチャ失敗したってことじゃん。


 なんだ【物】って。


 それに【魔力】だけ、異常に高いのってなんで?


 あれかな? 私、おしゃぶりだし【魔力】→【MP】→【ママ味ポイント】みたいな?


 いやいや、どこの世界に【魔力】→【MP】→【ママ味ポイント】みたいな解釈存在するんだっての!


 まぁ、なにはともあれ、高いのはいいよ。


【魔力】って表示されているくらいだから、高いと魔法を使うときに、それなりに良い影響を与えそうだしね。


 けど、なんで【攻撃】・【知力】・【敏捷性】の三項目だけ0なの?


 いや、これは私がおしゃぶりだから、妥当か。


 いや、待て待て【知力】0は酷すぎるっての!


 私、頭そこそこいいから、そこそこね!


 てか、どうやってステータス決めたの?


 能力の平均値はどの辺なの?

 私って強いの?

 弱いの?


 どうやったらレベルは上がるの?


 えーっと、そもそもこの場所って異世界のどこへんなの?


 というか、今後、私どうしたらいいの?


 誰か教えてよぉぉぉぉー!


 危ない、危ない。すぐ情緒不安定になっちゃう。


 これって先が見えてないからだよね。


 こういう時は、景色を見て気分を落ち着かせよう。


 なんか自然って気分を落ち着かせる効果があるっていうもんね。


 リラックス、リラックスー。


 周囲を見渡す。


 うん、一緒だ。

 さっき見た景色と何も変わりはしない。


 いかにもってくらいに異世界。


 ふと、自分の体に視線を向ける。


 うん。

 何かを掴む手もないし、移動する足もない。


 もちろん、誰かから翼を授けられたわけもないので空を飛ぶことも出来ない。


 つまり、ないないずくめだ。


《あはは……やっぱり詰んでる……》


 けど、ふと思った。


 私はおしゃぶりなのに、五感が備わっているんじゃないかと。


 うん、地面の草に触れている感触もある。


 うん、空に輝く太陽を見つめると眩しい。


 すんすん、木の爽やかな匂いもするよね。


 うむ、耳を澄ますと当然、川を流れる水の音も聞こえる。


 味覚は……わからんし、知らん。


 まぁ、名残がここにあったところで、どうしようもないんだけど。


 私、おしゃぶりだし。


 とはいえ、ここで転がっていても、状況は、一向に変わることはない。

 なので、私はテンプレ通り、自身が持っているスキルを使用してみることにした。


 なんせ生き物とは違い、こっちは無機物。


 空腹や睡眠、性欲といった三大欲求にはきっと無縁だし、体のほとんどは樹脂で出来ているんだから、時間の経過による風化なんて起きるわけもない。


 つまり、私には無限の時間があるのだ。

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