おにぎりとアザフチ

草木も眠る丑三つ時。ぷうぷうと鼻息を立てながら眠る影が3つある。

アザフチ、コヨリちゃん、田口である。

アザフチは普通、枕が変わってしまえば意地でも活動開始まで起きているとかいう不健康極まりない行動にでるのだが、今日は珍しくコヨリちゃんと田口の家で寝ていた。

仕事が終わらなくて持ち帰ろうと考えていたのだが、家には懺悔室に閉じ込めたばかりの小粋な馬鹿とかいう無能がいるし、ここから出せと爪を立てて扉をギィギィされても腹が立つので、どうしようかと悩んでいたところ、コヨリちゃんがうち来ればいいじゃん。と誘ったのである。

他に行き場所もないので、逢食社唯一の癒し枠である鳴を無理やり連れて行く事にしたが、途中で鳴は「終電近いンで帰ります」と宣言してそそくさとコヨリちゃん宅から出ていった。

こういう時はビジネスライクなのである。


すやすやとリビングで雑魚寝する三人。

もう朝日は近いところまで来ている。

「おにぎりたべたい」

「……」

「おにぎりたべたいんですけど」

筈だった。

なんでか知らないけど横で寝てるコヨリちゃんがハッキリとた寝言を言うな、と眠過ぎて未完成の脳内で田口は思った。

寝言、饒舌なんだな。とも思った。

寝言なんだろうなと疑ってまってみたけれど、倍ハッキリ喋っている。

あ、これ起きたんだな。と。

「え?おにぎり食べたい。ふわふわでアチアチの食べたいんですけど……」

コヨリちゃんは、枕の下にしまっていた自分のスマホを素早く取ってクックパッドを開いた。

『おにぎり』『おにぎり ラップ』『おにぎり おかか』『おにぎり 悪魔』『おにぎり お茶漬け』とかいっぱいのサジェストが出る中、コヨリちゃんが食べたいとおにぎりは出てこなかった。

「アラ……出ないわ。たぐっちゃん起きてよおにぎり作るよーッ」

「……あ゛に(なに)、ねさして……」

「もう口ん中おにぎりだわ。作ろ」

「……米なら冷凍庫にあるから……チンして解凍してよ……」

「土鍋で作ろう」

「こだわんなや時々にしか飯作らないから豪華にしちゃう男かよ……」

「おにぎりおにぎりーッ」

「あーうるさうるさ……訴訟……」

「アッ、寝ちゃった。アザフチくんアザフチくんアザフチくん」

「来ると思ったよこっちくんな」

コヨリちゃんは勢いよく布団から飛び出して、アザフチの方へと近寄り揺すった。

アザフチは小指で耳の穴を閉じて完全に聞きたくないという体制に入る。

「おにぎりつくろ」

「無理寝る……」

「じゃボクだけで作れってこと?キッチンが燃えてもいいの?」

「キッチンが燃えるとかそうそうないだろおにぎりで」

「土鍋だし」

「意識高い系も裸足で逃げ出すわ勘弁しろよ。てか後片付け全部田口だろ?」

「エッ俺なの」

その言葉を聞いて田口は勢いよく飛び起きた。

「お前しかいねーだろ……あ、お前キッチンに人入らすの嫌いじゃん。コヨリちゃん入れてもいいの?」

「うわダメだわ。おにぎり禁止」

「えーッなんでなんでなんで!おにぎり!」

結局コヨリちゃんは朝方まで暴れ回り、田口とアザフチは耳栓で対抗したが全然寝ることが出来ず、ずっと起こされたままだった。

田口は腹を括り米を炊くことにし、それを見てアザフチは「ならそれさっさとやりゃ寝れたやろがい」と思ったが口に出さず、ベランダに出てラッキーストライクを吸った。

さてと、今日も社会を大華(さか)せますか……と!と意気込みながら空を仰ぎ見た。

室内ではおにぎりのことなど頭の片隅に放置したコヨリちゃんが千と千尋の神隠しを見ている。

早炊きにしたのか35分あまりで米は炊きあがり、蓋を開けるとほこほこと湯気が立ち上がり艶やかな米が姿を現す。

田口は冷蔵庫から適当におかずを出して、アチアチの米を手に取り握った。

煮卵、きんぴら、たまご焼き、エビマヨ、明太子、シャケ、いくらの醤油漬けからじゃこの高菜炒め。忘れちゃいけない定番の塩。

お皿いっぱいに出来たおにぎりを見て、一同はおお……と感嘆のため息をこぼした。

田口は箸を用意しようとしたが、おにぎりは手で食べるのが一番うまいかもしれない。と箸をしまい、二人に席に着くよう促した。

「いただきます」

「いただきゃーす」

「いただきまーす!」

三者三様のいただきますが部屋中に響き渡った中で、コヨリちゃんは煮卵、アザフチは塩、田口はきんぴらをとった。

「わ、出来たておいし!ふわふわしてる」

「優しく握ったからね〜。ちょっと熱かったからってのもあるけど」

「久々に塩食ったわ。コンビニの塩あんまり好きじゃなかったから食べることなかったんだよなー……」

もぐもぐ、ぱくぱく、と三人は集中しながらおにぎりを頬いっぱいに食べ進めた。

途中で田口が出してくれたインスタント味噌汁を啜りながら、ゆっくり、丁寧に。


おなかいっぱい満足した三人はあったかいお茶を飲みながら一服ついていた。

お皿にはまだ少しおにぎりが残っている。

「コヨリちゃんこれどする?今日会社に持ってく?包もうか」

「ん?うーん……」

コヨリちゃんは暫し黙って、上を見たり下を見たり、アザフチを叩いたりして、田口を真っ直ぐ見た。

「飽きたわ。焼肉食べに行こ」

「テメまじ」

「ふざけるなよおにぎりに謝れ」

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