誰かとアザフチ

私はこれから、至極簡単に、アザフチなる男の話を皆様に聞かせようと思います。

イヤ、遠慮なさらないで結構。寧ろ、こうやって話す事自体がお天道様に哀れだとお叱りを貰うものでは御座いますが、自分がどうしても話したいので、どうか相手に。

聞いてくださる。それはそれは、有り難き幸せに御座います……。

ですが私は、そのアザフチという男の事を多く知っているわけでも、長く語れる程知識を持っているわけではないので、詰まらないかもしれません。ア、でも一度引き受けたからには戻りませんよ。エエ。必ず。

一先ず。アザフチとは、私の編集担当で御座います。白髪で前髪を丁度真ん中で分けた、凛々しい瞳を持つ男です。私はあの目でヂィッと見られるのが苦手で苦手で……。

話が逸れそうなので、エエ、戻して。私はアザフチの事をヤクザの回しもんと思っているので、原稿が終わらないと理解すれば私を殴って踏むし、要らん右腕をミキサーにかけます。

鼻血も出て顔面はカピカピになって気持ち悪いのに、アイツは濡れたタオルなんかを顔に被せて窒息させてきます。

それに、腹をアイスピックで刺したりします。

そうして一通り殴られたところで私はグッタリと倒れました。首元が痒くなって、手を動かそうとしたのですが、右腕はとうに有りませんでした。骨が剥き出しになっていて、人体の神秘に触れた気がしました。

暴力による制裁を終えれば、アザフチはウーバーでマックやケンタを頼んでくれます。優しいのです。

まだ痛みには慣れましたが、アザフチの拷問紛いのものでも一等嫌いなものがありました。其れは言葉を管理される事です。

例を挙げるとすれば、ごめんなさいやありがとうございますのみ、発言を許されるのです。私の場合は「あ」「う」「つ」でした。

どれだけ痛くても「やめて」とか「ひぃ」と悲鳴をあげることも出来ません。

アザフチは猿が嫌いなので、仕方が無いかと思えば案外受け入れられるものでした。イヤ、今思い出しても背筋が凍るのですけれども(ハハハ)

あ、そういえば薬も打たれる事がありました。違法薬物ですかね。アレは(ハハハ)

脳を直接弄られているような感覚になって、何故か急に頭の中のパパが金糸雀になって飛び立ってしまった。お船さんは急に床が抜けて、空気中の鱗粉が金木犀の香に変わって気持ち良くて。

耳の穴からは何故かカイワレ大根が育つし、どうりで豚が笑うワケですよ。

イヤ、私は非国民では無いですが。

嗚呼……何でしょう。何だろう。早く助かりたい気もするけれど、百円玉を目ん玉イッパイに埋めてみたいのですよ。爪の間から蛇が溢れもれ出して止まらなくて、どうすれば。薔薇は、薔薇は何処ですか。母さんに差し上げなくては、カカアの美を心臓に埋め込んでやらねばならんのです。

アザフチ。字渕って誰だ。私には海水しか…。

海水か、淡水か、知らないけれども、サッサと夢が終われば良かった。

アザフチはここで目が覚めたらしかった。

イヤ、どうですかね。アザフチという男は。

とんでもない男、つまらん男、自分に正直な男と評価なさるかも。結局はね、良い奴なんです。

私が死ぬ既で終わってくれるので、優しいんですよ。彼奴は。

ちゃんと弁えてるんですよ。ハハハ。いや、ここらで終わりましょ。

長く語っては腐るモンですからね。

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